ニコラウスと別れて、都市部で待ってくれていた皆と合流した。
「神官殿と話はついたのか?」
「うん、二手に分かれるのも問題ないよ」
「よかった。」
 瑠果ちゃんがレオンハルト、アルフレートと話している間、バルトルトが私に話しかけてくる。
「ということは、ユウキさんは私たちと共に行ってくださるのでしょうか?」
「……そうなりますね……」
 実際ファンの身としては言葉に出来ないくらい嬉しいのだけど、それ以上に複雑な心境だ。旅慣れていない不安は少しずつなんとかなっていくだろうけど……テオドールについては、もう本当に、極力個人的な迷惑をかけないように頑張るしかない。今でも緊張でまともに喋ることができないのはどうにかしないといけない。テオドールは、私の『彼』ではないのだから、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 バルトルトは私の視線に合わせて、少し離れたところにいるテオドールを見ながらこちらに気遣わしげな様子を見せる。どうやら、私の反応からテオドールのことを苦手に思っている、と思われているような気がするんだよね。それはそれでテオドールとの間に入ってくれるだろうから助かるんだけど。
 でも、しばらくはまだ他の皆とも一緒だ。その間に可能な限り自分のことは自分でできるようにしていかなくては。

 道が比較的整っているから、ということで、ひとまず皆で南の方角へ進むことになった。南の方向は気候も温暖で、南端にレオンハルトの故郷の街もある。
 ざっくりとしたこれからのプランは、まずはレオンハルトの故郷を目指し、そこから西側と東側に二手に分かれる。ぐるっと進んで北端の、こちらはアルフレートの住んでいた場所に近い村があるので、そこで合流する。穢れは人の居るところに出やすいので、道が整えられている場所を進んでいく方が人里での被害をなるべく減らすことができるということもある。
 南端には、馬車でも二ヶ月くらいかかるらしい。そこからぐるっと大陸を回っていくとなると、結構な期間になりそうだ。中央都市で色々物資を買い足して、私たちは早速出発した。

 都市部をぐるりと囲むような壁から外に出ると、次に人の住む場所へ向かうには平地だったり森だったり、全体的にとてものどかな雰囲気だった。中央に着くまでは精神的にもいっぱいっぱいだったので、少しは周りを見る余裕も出てきたかな。整えられた道ということもあって、ウサギやシカのような動物を見る程度で、幸い危険なことはなく進んでいた。夜の寝ずの番は男性陣が交代で担当していた。基本的な体力も対応力も敵わないので、それは『神の御使い』同行者の役割ということで、有り難く体力回復に努めている。

 その夜、何か胸のざわつく気配が近付く気がしてハッと目を覚ました。同じく目を覚ましたらしい瑠果ちゃんと目が合う。どちらともなく頷くと、テントの外を伺った。
「どうかしたのか?」
 今の火の番はテオドールだったようだ。すぐにこちらに話しかけてくれる。
「何かが、近づいてくるような気がするんです」
「複数か?」
「正確な数はわからないけど、ひとつではないと思う」
 私と瑠果ちゃんの言葉に、テオドールが武器を手に取る。別のテントで休んでいた面々も、音を聞き付けて起きてきた。
「兄さん」
「ひとまず警戒だ」
「わかった。」
 皆は、私と瑠果ちゃんを背にする形で囲み、周囲を警戒する。冷えた夜の風のせいもあって緊張に体が震える。これから何が起こるのだろう。
 がさがさと、茂みの奥から何かが近づいてくる音がする。ぐるる、と唸り声とともに姿を現したのは──
「──犬?」
「いや、ただの犬じゃないな」
 三匹の、大きな犬。首輪をしているから何処かで飼われていたのかもしれない。レオンハルトの言葉通り、その体からはもやもやとした黒い霧のようなものが出ていた。どの犬の目も赤く光っていて、今にも飛びかかってきそうだ。
「穢れにあてられているようですね」
「とりあえず大人しくさせるぞ」
 飛びかかってきた犬たちを、風の塊でまとめて弾き返す。アルフレートの魔法だ。はね飛ばされてもすぐに起き上がり、唸り声を上げて再び向かってきた。今度は他の皆がそれぞれの武器ではね返した。
 何度か攻防を繰り返し体力が削られたのか、犬たちはついに倒れたまま向かってこなくなった。体から出ていた黒い霧はさらに多くなっている。このまま放置しておくと、穢れにより体が消滅していくらしい。……できるならその光景は見たくない。
 瑠果ちゃんと私は、犬の穢れが祓えるか試してみることにした。万が一起き上がってまた向かってくるとも限らないので、少し距離を置いた場所に並んで立つ。
「いくよ、悠希さん」
「うん」
 魔法と同じように、なるべくはっきりと想像するように努める。この犬たちから、穢れを追い払いたい。体を蝕む黒い霧が、外に出て消えていくイメージ……
 ぽう、と、私たちの体から光が流れ出て、犬の体を包み込む。大きな光から小さな光に少しづつ分かれてぽつぽつと浮かんでは、それぞれの浄化のアクセサリーに吸い込まれていった。
 光がすっかり消えると犬たちの体から溢れだしていた黒い霧も消えていた。犬たちはまだ生きているだろうか。ずっと胸に感じていた、ざわつく嫌な気配も消えていた。
「あ、れ……」
 急に視界がぐらりと歪む。力が抜けて、その場にへたりこんだ。瑠果ちゃんも同じように、息を荒げて膝をついている。
「ルカ、ユウキ、大丈夫?」
 大丈夫と答えようとしたけれど、息があがってうまく言葉が出ない。魔法の時と違って、ものすごい疲労感だ。
「とりあえず休んだ方がいいな。……二人とも、動けそうか?」
「……なんとか」
「良ければ掴まってください」
「ありがとう……」
 レオンハルトとバルトルトが手を貸してくれたので、瑠果ちゃんと二人何とかテントに戻ると、すぐに横になった。
「悠希さん……浄化、思ったより大変だね……」
「うん……瑠果ちゃんもおつかれさま……」
 瑠果ちゃんと手を繋ぐと、お互いの魔法効果か、じんわりと体力が回復していく気がした。