『1番好きな人の、1番になること』





「おい…何やってんだよ。」


 頭上から、不機嫌な声が降ってくる。

 私は恐る恐る顔を上げ、声の主と目を合わせた。


隼人(はやと)…。ご、ごめんっ…。」


 目の前に立つ隼人のジャージは、上下ともにびしょびしょに濡れていた。


「ごめんで済むのかよ。」


 隼人は眉間にしわを寄せ、顔を近づけてくる。


「俺、今日ジャージしか持ってきてないんだけど?」

「せ、制服は…。」

「昨日お前が汚したんだろーが!」


 そういえば。

 昨日、校庭の掃き掃除をしていた時。

 雨上がりだったせいもあって、校庭には、そこらかしこに大小様々な水たまりができていた。

 私は間違って、その水たまりにホウキを突っ込み、掃いてしまったのだ。

 そしてその跳ねた泥が、そばにいた隼人のブレザーに、まともにかかって…


「ああ!そういえば、汚したね。」

「汚したねじゃねーんだよ。で?どーすんの?」

「どうするって…。」


 先ほど、教室の拭き掃除を終えた私は、水を捨てに行こうとバケツを持ち上げた。

 バケツは想像していたよりもずっと重く、私は持った拍子にバランスを崩した。

 バケツに入っていた水は、そばにいた隼人のジャージに、まともにかかって…


「あ!じゃあ、私は制服持ってるから、私が今着てるジャージを隼人が着て帰る…っていうのはどう?」

「えっ、」


 隼人の眉間のしわが、一瞬ゆるんだ。

 彼の顔は、少し赤いような気もする。

 …どうしたんだろ?


「じゃ、じゃあそれでいいや。今度から気をつけろよ。」

「うんっ。本当にごめんなさい。今着替えてくるね!」


 私は制服の入っているかばんを掴むと、女子トイレへと向かった。