四月中旬、中学三年生になってまず一つ目の大きな行事、修学旅行を終えて沖縄から帰ってきた。今日から三年生たちは本格的な授業と部活動が再開される。
 沖縄帰りの浮かれた気分のまま、六時間にわたる授業をなんとか乗り越え、ふざけあう男子たちを尻目に掃除をし、部活動が行われているコンピューター室へと少しはずんだ足取りで向かう。
「部活久しぶりやなぁ。うちらいいひん間にごちゃごちゃなってたらどうする?」
 隣を歩いている小学生のころからのつきあいの友人、南梨沙(みなみりさ)が笑って言った。
「うーん。そうやなー」
 梨沙の冗談にどう面白く返そうかと少し考える。その時私はハッとした。
「あれ、ちょっと待って。割とありえるかもしれんで」
 私がそう言うと梨沙も「……確かに」と気づいたようだった。
 私達の所属するパソコン部は、女子は私達二人だけだ。他は全員男子。同級生も、後輩も。その後輩達はにぎやかで元気いっぱいの中学一、二年生だ。……少し嫌な予感がしてきた。
「とりあえず、二つの意味で崩壊してないことを祈ろう」
 二つの意味とは、まず三年生がいないことでの部の機能の崩壊、そしてコンピューター室がぐちゃぐちゃに散らかっている、ということである。  
「うん」
 私達は互いの顔を見合わせうなずいた。

 そんなやりとりをしているうちに、コンピューター室のドアの前まで着た。
 近くにある靴箱から適当にスリッパを取り、履き替え、上靴を代わりに入れた。室内からは楽しそうな声が聞こえている。今日は顧問の先生はいないのだろうか。
 ドアをガラガラと開け、室内に入る。
「あ、先輩! 久しぶり! 修学旅行どうやった?」
 私が入るなり、一つ下の後輩、満行勇人(みつゆきはやと)が声をかけてきた。勇人は人懐っこい性格で、無邪気な笑顔が印象的だ。後輩の中で一番仲がいい。
「要約すると、めっちゃ楽しかった!」
 背負っていたリュックを下ろしながらそう言って辺りを見回してみると、パソコンでタイピングゲームをしていたり宿題に取り組んでいたり、おしゃべりをしたりとみんな自由に過ごしている。よかった、通常運転だ。心配していた二つの意味の崩壊もしていなかったので安心した。
「要約しすぎじゃないですか」
 と笑いながら言ったのは、勇人の友人の小池康平(こいけこうへい)。しっかり者で頼りがいがある。
「まあそれぐらい楽しかったってこと」
「でも阿紀。行き帰りの飛行機乗ってる時めっちゃビビってたやん。ジェットコースター乗ってんのかってぐらい」
 梨沙がニヤニヤしながら会話に入ってきた。
「し、仕方ないやん初めてやったんやからさ! それとあの浮遊感! もう飛行機乗りたくない……」
「何言ってんの、それが楽しいんやん! やのに阿紀ずっと、無理無理無理って言っててちょっとおもしろかったで」
その時を思い出したのか、梨沙が私を見てぷぷっと吹き出しながら言った。
「はいはい、楽しんでいただけて何よりですー」
 ふてくされたように言って視線を動かすと、カタカタ震えて笑いを必死にこらえている勇人と康平が目に入った。
「めっちゃ笑いこらえるやん二人とも」
「いやだって、想像したらおもしろくて」
と勇人が言うと、二人は我慢の限界を突破し大笑いした。
 さすがに結構恥ずかしくなってきた。この二人の気を逸らせる方法はなにかないだろうか……あ、お土産があるやん!
 リュックの横に置いていた紙袋から大きい箱を取り出し、机の上に置いた。
「まあまあ、お二人さん。これでも納めて笑いを静めなさい。あ、ここ飲食禁止やから食べんのは家でな」
「え! いいんすかありがとうございます!」
 私が言い終えるとほぼ同時に康平がピタッと笑うのを止めて言った。驚異的な切り替え力。
「これ俺らが全部食べていいやつ?」
 勇人も笑うのを止め、目を輝かせて言った。
「なわけないやん。みんなで食べて、一人二個はいけるはず」
 そう言いながら箱を開けると後輩たちが我さきにと次々お菓子を手に取った。
 早くも二つ取った勇人が私の隣に来て話しかけた。
「阿紀先輩、これめっちゃおいしそうやな! ありがとう~」
 と言って無邪気な笑顔を私に向けた。
 それに少しドキッとしたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「喜んでもらえて何よりやわ」
 胸の高鳴りをごまかすようにそう言う私をよそに、勇人はいつの間にか席に座ってタイピングゲームで遊んでいる。その少し真剣な表情にも胸が高鳴る。

 去年から散々戸惑っていた。年下が苦手な自分が後輩のことを好きになるはずがない、と。
 実際二年生になった時は後輩ができるのが憂鬱だった。しかし予想以上に仲良くなり、先輩と後輩というより、友達と言った方がしっくりくるような関係になった。
 何より、勇人がいる部活が毎回楽しみで仕方ない。そのために授業を乗り越えているようなものだ。
「はぁ……」
 ため息をつき、勇人の隣の席に座る。私と勇人は仲が良いから隣に座ったって、他の人たちから見ても勇人から見ても不自然ではない。でもなるべく自然に怪しまれないように、さりげなく座る。
「ん? どうしたん?」
 そんな私の胸の内なんて気にせずに勇人が声をかける。その時の優しい表情にも胸が高鳴ってしまう。
「……別になんでも。気にしんとスコア新記録狙っててよ」
「そう? じゃあ先輩の記録抜かせるように本気出そーっと」
 勇人の顔が再び真剣な表情に変わる。それにまたドキッとする。
 こんな状態、どう考えても勇人に恋をしている。
 告白したいかどうかはまだわからない。けど、進展させたいとは思っている。あ、それってほとんど告白したいってことか。
 となると、結構考えないといけない。文化祭が終われば私たち三年は引退だ。そうなると勇人に会う機会も激減するだろう。そして何よりまだ実感がないとはいえ私は受験生だ。部活を引退すれば受験なんてすぐそこに迫っている。
 どうしようか。まあ、まだまだ時間はあるからとりあえず勇人と一緒にいれる時を楽しむか。