でも……

 あの動物園での出来事。そこで見た、兎月と美兎の姿。

 あれは夢じゃない。昔話や漫画でもない。確かに俺は、鬼を見たんだ……

 どうにも気持ちの置き場が無くて、近くに伸びていた木の枝をバシンと殴った。その手の痛みが、これは現実だと思い知らせてくる。

 ……好きになりかけていた。

 クラスにいる女子とは違う、純粋さや素直さに惹かれていた。彼女が笑うと嬉しくて、病気で辛そうにしていると守ってやりたいと思った。

 それなのに……

 森の出口で足を止めた。夜空を見上げたが、やはり月は見えなかった。




 次の日、学校へ行ったが勇樹はまだ休みだった。どうやら熱が下がらないらしい。クラスのみんなは事情を知らないから、バカが風邪引くと長引くんだな、なんて呑気に笑っている。

 何度か勇樹の家まで見舞いに行ったが、会う事は出来なかった。彼の母親は困った顔で『まだ熱が下がらないから……』って言ってたけど、多分ウソだ。

 俺には会いたくないんだと思う。あの動物園の事を思い出すから。

 でも、勇樹にも兎月と美兎の事をちゃんと話さないとならない。それには、学校へ出てくるのを待つしかないか……

 だけど、かえって良かったのかもしれない。その間に考える時間が出来るから。