食い千切りはしなかった。美兎を殺したいわけでは無かったから。彼女の喉元から血が滴り落ちているが、致命傷ではないハズだ。

 美兎を正気に戻すにはこれしかなかった……

 彼女は勇樹から手を離すと、喉元の溢れる血を押さえた。痛みに眉を歪め私を睨みつけるが、その瞳からは狂喜の色が消えてゆく。だけど……


「――――兎月……?」


 自分の口にも付いた美兎の血をぐいと拭うと、彼女の向こうから、私を呼ぶ小さな声が聞こえた。


「り、く…………」

「卯月……お前…………?!」


 気を失った勇樹を抱えながら見つめてくる陸の瞳に浮かぶのは、困惑、そして――――恐怖。

 私はふいと目を逸らした。鬼になった私を見てそうなる事は分かっていた。だけど、そんな化け物を見るような視線には耐えられなかったんだ。

 するとゆらりと美兎が動く。正気を取り戻してからずっと、放心したように立ち尽くしていたのに。

 彼女は喉元をいまだ押さえながら、この場を離れてゆく。私は急いでその後を追った。

 陸の視線から逃れるように……

 彼は座ったまま勇樹を抱えながら、私を凝視していた。