わたくしの名前はクリスティーナ・アインシュロッド。お父様はアインシュロッド子爵と呼ばれております。
ラヴェリット王立学園では高等部三年の特Aクラスに在籍しておりますの。ジークフリート様とは初等部のときからクラスメイトですのよ。
(ああ……今日も大変お可愛らしい……)
遠くからでもわかる神々しいオーラに、わたくしの胸は震えます。
蜂蜜色の長い髪はきらきらと輝いており、悩ましげな表情も気品に満ちています。一見、初等部と思しき身長ですが、そこが大層可愛らしいポイントでもあります。
イザベル様は、一目会ったときから目を奪われた、わたくしの女神なのです。
「クリスティーナ様。どこかお加減が悪いのですか?」
澄んだ高い声に、わたくしは慌てて背筋を伸ばします。
遠目からひっそり見ていたはずなのですが、自分の世界に入っているうちにイザベル様が目の前にいらっしゃるではありませんか。隣にいたジェシカさんも心配そうにこちらを見ています。早く弁解をしなければなりません。
「こ、これはイザベル様……。ちょっと立ちくらみがしただけですわ」
「まあ、それは大変! 保健室まで付き添います」
「い、いいえ。もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
丁寧に膝を折って微笑むと、イザベル様が安心されたように頬をゆるませます。
「ならよいのですが……あまり無理はなさらないでくださいね」
「はい」
意志の強いエメラルドの瞳に見つめられ、わたくしは小さく頷きます。
と、そこにジェシカさんが今思い出したように話に加わります。
「そういえば、クリスティーナ先輩は学生議会長のほかに『イザベル様を慕う会』の会長も兼任されていると聞きましたが、大変ではありませんか?」
「いいえ、毎日楽しく活動させていただいております」
わたくしがふんわりと笑うと、イザベル様がおそるおそるといった体で質問してきました。
「あの……記憶が確かならば、その名は中等部卒業時に解散したはずでは……?」
「高等部でも発足いたしましたの! 毎日の布教活動の甲斐もあり、会員数も着実に増えていますのよ」
「…………」
感動していらっしゃるのでしょう、イザベル様が空を仰いでいます。
そこまで喜んでいただけるなんて地道に活動していた甲斐もあったというもの。
「中等部のように、お茶会も企画していますのよ。ジェシカさんも、ぜひご参加くださいね」
「私もよろしいのですか? 楽しみにしております」
イザベル様は物思いにふけっているのか、今度は足元に視線を落としています。
これは早急にお茶会の段取りをしなければなりませんね。
*
放課後特有の賑やかな会話が飛び交う廊下を通り抜け、わたくしは学生議会のメンバーを引き連れて一年生のクラスへと向かいます。
確保すべき人物はただひとり。この国の王子でありながら、単独行動が目立つ彼を今日こそ捕まえなければなりません。
メンバーがドアを開け放ち、プラチナブロンドの髪を後ろに払いのけて目標人物に狙いを定めます。
(まだ帰ってはいなかったようですね。間に合いましたわ)
ずんずんと彼の席に向かうと、一年生がざわつきます。
「学生議会長のお出ましよ」
「一体、何の用かしら?」
「しっ。目をつけられるぞ」
雑音を聞き流し、呆気にとられているレオン王子の前で立ち止まります。
「これより緊急会議をいたします。レオン王子、お迎えにあがりました」
「なんで俺が……」
「あなたが副会長だからでしょう」
「いや、あれは形式的なものだけだって……」
「形式的だろうと、副会長である以上、参加していただきます」
学生議会は生徒によって結成された組織のことを指します。各行事の段取りから実行まで仕事は幅広く、通常は一般クラスの生徒だけで構成されています。
そのため、長年特別クラスと対抗できる機関としての位置づけでしたが、今年度からは差別を少しでもなくそうという試みがされました。つまり、学園一の権力を誇る特別クラスからもメンバーを選出するように、学園長からお達しがあったのです。
そして、ぜひメンバーにと熱烈に勧誘したイザベル様はなかなか首を縦に振らず、代わりにレオン王子が副会長に選ばれた次第です。推薦者はイザベル様です。
逃げる体勢になっていたレオン王子の腕をすかさず捕らえると、苦々しい顔でわずかな抵抗を見せます。
「…………くっ、見た目以上に力があるな」
「女を見た目で判断するものではありませんわ。では皆さま、失礼いたします。……イザベル様も、いつでも学生議会室に遊びに来てくださいね。特製のお茶菓子を用意しておりますから」
「は、はあ……」
「ごきげんよう」
ずるずるとレオン王子を引きずりながら、学生議会室に向かいます。
王子の扱いがぞんざい? そうですね。ですが、わたくしも最初からこうだったわけではありません。
あれは初夏の季節のことです。
サロンを出て、教師に頼まれた用事を済ませようと裏庭の前を横切ったときにイザベル様とレオン王子の会話が聞こえてきたのです。
孤高の王子という扱いだった第二王子と気さくに話すイザベル様を見て、話しかけづらいと思っていたイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じました。
ぶっきらぼうな口調は相手を威圧するためのものではなく、周囲との距離感をつかみかねているため。鋭い眼光は、王族の自分に取り入って甘い蜜を吸いたい者たちを牽制するため。
そして、見た目とは裏腹に甘いお菓子が好きだということ。
意外な弱点に目が丸くなりましたが、王族といえど、彼も他の生徒と同じ男の子と考えればそれまでの畏怖は消えました。他人と必要以上に関わりたくないオーラに萎縮していましたが、彼と向き合うためには遠慮はいらないのだと思い知りました。
この日のために用意しておいたデザートを見れば、レオン王子の機嫌もよくなることでしょう。副会長は飾り役職でしたが、少しずつでも、これからはイザベル様を見習って王子の壁を取っ払っていきましょう。
*
(まあまあまあ、今日の髪型をご覧になりまして……!?)
お昼休憩にサロンに行くと、わたくしはすぐに異変に気がつきました。イザベル様の髪型がジェシカさんとお揃いになっているのですよ。いつもは隠されているうなじをさらしているだけでなく、どこか恥ずかしそうな表情を見せていらっしゃいます。
わたくしは何度も心のカメラでシャッターを切りました。眼福です。今日まで生きていて本当によかったと思いました。
ジークフリート様とイザベル様が見つめ合い、話し込んでいらっしゃるご様子を不躾にならない程度に観察します。
一時期、喧嘩でもしたのか、よそよそしいお二人でしたが、今日は以前のように和やかな雰囲気です。夏休みに何かあったのでしょうか。
あ、イザベル様が根負けされたようです。ジークフリート様は「白薔薇の貴公子」と言われるくらいに完璧な貴公子ですが、婚約者の前ではただの男になるのでしょうね。わかります。イザベル様はあんなに可愛らしいのですからね。
さあ、今夜は「イザベル様を慕う会」の会報に載せる記事を全力で書き上げなければ。わたくしの使命は小さな女神の素晴らしさを皆さんに知っていただくことなのですから。
ラヴェリット王立学園では高等部三年の特Aクラスに在籍しておりますの。ジークフリート様とは初等部のときからクラスメイトですのよ。
(ああ……今日も大変お可愛らしい……)
遠くからでもわかる神々しいオーラに、わたくしの胸は震えます。
蜂蜜色の長い髪はきらきらと輝いており、悩ましげな表情も気品に満ちています。一見、初等部と思しき身長ですが、そこが大層可愛らしいポイントでもあります。
イザベル様は、一目会ったときから目を奪われた、わたくしの女神なのです。
「クリスティーナ様。どこかお加減が悪いのですか?」
澄んだ高い声に、わたくしは慌てて背筋を伸ばします。
遠目からひっそり見ていたはずなのですが、自分の世界に入っているうちにイザベル様が目の前にいらっしゃるではありませんか。隣にいたジェシカさんも心配そうにこちらを見ています。早く弁解をしなければなりません。
「こ、これはイザベル様……。ちょっと立ちくらみがしただけですわ」
「まあ、それは大変! 保健室まで付き添います」
「い、いいえ。もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
丁寧に膝を折って微笑むと、イザベル様が安心されたように頬をゆるませます。
「ならよいのですが……あまり無理はなさらないでくださいね」
「はい」
意志の強いエメラルドの瞳に見つめられ、わたくしは小さく頷きます。
と、そこにジェシカさんが今思い出したように話に加わります。
「そういえば、クリスティーナ先輩は学生議会長のほかに『イザベル様を慕う会』の会長も兼任されていると聞きましたが、大変ではありませんか?」
「いいえ、毎日楽しく活動させていただいております」
わたくしがふんわりと笑うと、イザベル様がおそるおそるといった体で質問してきました。
「あの……記憶が確かならば、その名は中等部卒業時に解散したはずでは……?」
「高等部でも発足いたしましたの! 毎日の布教活動の甲斐もあり、会員数も着実に増えていますのよ」
「…………」
感動していらっしゃるのでしょう、イザベル様が空を仰いでいます。
そこまで喜んでいただけるなんて地道に活動していた甲斐もあったというもの。
「中等部のように、お茶会も企画していますのよ。ジェシカさんも、ぜひご参加くださいね」
「私もよろしいのですか? 楽しみにしております」
イザベル様は物思いにふけっているのか、今度は足元に視線を落としています。
これは早急にお茶会の段取りをしなければなりませんね。
*
放課後特有の賑やかな会話が飛び交う廊下を通り抜け、わたくしは学生議会のメンバーを引き連れて一年生のクラスへと向かいます。
確保すべき人物はただひとり。この国の王子でありながら、単独行動が目立つ彼を今日こそ捕まえなければなりません。
メンバーがドアを開け放ち、プラチナブロンドの髪を後ろに払いのけて目標人物に狙いを定めます。
(まだ帰ってはいなかったようですね。間に合いましたわ)
ずんずんと彼の席に向かうと、一年生がざわつきます。
「学生議会長のお出ましよ」
「一体、何の用かしら?」
「しっ。目をつけられるぞ」
雑音を聞き流し、呆気にとられているレオン王子の前で立ち止まります。
「これより緊急会議をいたします。レオン王子、お迎えにあがりました」
「なんで俺が……」
「あなたが副会長だからでしょう」
「いや、あれは形式的なものだけだって……」
「形式的だろうと、副会長である以上、参加していただきます」
学生議会は生徒によって結成された組織のことを指します。各行事の段取りから実行まで仕事は幅広く、通常は一般クラスの生徒だけで構成されています。
そのため、長年特別クラスと対抗できる機関としての位置づけでしたが、今年度からは差別を少しでもなくそうという試みがされました。つまり、学園一の権力を誇る特別クラスからもメンバーを選出するように、学園長からお達しがあったのです。
そして、ぜひメンバーにと熱烈に勧誘したイザベル様はなかなか首を縦に振らず、代わりにレオン王子が副会長に選ばれた次第です。推薦者はイザベル様です。
逃げる体勢になっていたレオン王子の腕をすかさず捕らえると、苦々しい顔でわずかな抵抗を見せます。
「…………くっ、見た目以上に力があるな」
「女を見た目で判断するものではありませんわ。では皆さま、失礼いたします。……イザベル様も、いつでも学生議会室に遊びに来てくださいね。特製のお茶菓子を用意しておりますから」
「は、はあ……」
「ごきげんよう」
ずるずるとレオン王子を引きずりながら、学生議会室に向かいます。
王子の扱いがぞんざい? そうですね。ですが、わたくしも最初からこうだったわけではありません。
あれは初夏の季節のことです。
サロンを出て、教師に頼まれた用事を済ませようと裏庭の前を横切ったときにイザベル様とレオン王子の会話が聞こえてきたのです。
孤高の王子という扱いだった第二王子と気さくに話すイザベル様を見て、話しかけづらいと思っていたイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じました。
ぶっきらぼうな口調は相手を威圧するためのものではなく、周囲との距離感をつかみかねているため。鋭い眼光は、王族の自分に取り入って甘い蜜を吸いたい者たちを牽制するため。
そして、見た目とは裏腹に甘いお菓子が好きだということ。
意外な弱点に目が丸くなりましたが、王族といえど、彼も他の生徒と同じ男の子と考えればそれまでの畏怖は消えました。他人と必要以上に関わりたくないオーラに萎縮していましたが、彼と向き合うためには遠慮はいらないのだと思い知りました。
この日のために用意しておいたデザートを見れば、レオン王子の機嫌もよくなることでしょう。副会長は飾り役職でしたが、少しずつでも、これからはイザベル様を見習って王子の壁を取っ払っていきましょう。
*
(まあまあまあ、今日の髪型をご覧になりまして……!?)
お昼休憩にサロンに行くと、わたくしはすぐに異変に気がつきました。イザベル様の髪型がジェシカさんとお揃いになっているのですよ。いつもは隠されているうなじをさらしているだけでなく、どこか恥ずかしそうな表情を見せていらっしゃいます。
わたくしは何度も心のカメラでシャッターを切りました。眼福です。今日まで生きていて本当によかったと思いました。
ジークフリート様とイザベル様が見つめ合い、話し込んでいらっしゃるご様子を不躾にならない程度に観察します。
一時期、喧嘩でもしたのか、よそよそしいお二人でしたが、今日は以前のように和やかな雰囲気です。夏休みに何かあったのでしょうか。
あ、イザベル様が根負けされたようです。ジークフリート様は「白薔薇の貴公子」と言われるくらいに完璧な貴公子ですが、婚約者の前ではただの男になるのでしょうね。わかります。イザベル様はあんなに可愛らしいのですからね。
さあ、今夜は「イザベル様を慕う会」の会報に載せる記事を全力で書き上げなければ。わたくしの使命は小さな女神の素晴らしさを皆さんに知っていただくことなのですから。