私の名前はフローリア・ルルネ。父親は成り上がりの男爵で、貿易商という仕事柄、ほとんど家を留守にしています。
早くに母親が病死した娘のために、と貴族のお嬢様が通う学園に通わせてくれたのは親心、ということはわかっているつもりです。
ご令嬢からは毎日のように嫌がらせされてはいるものの、下町育ちの私にとっては「品のいい嫌がらせ」としか思えないレベルなので大したことはありません。
それよりも選りすぐりの教師陣の授業は奥が深く、勉強になります。たとえ、友達はいなくとも、どこの世界にも優しい人は一人ぐらいいるものです。哀れんだ気弱な生徒が影ながら手助けしてくれることもありました。
そんなわけで、親から譲り受けた商売魂を発揮し、雑草根性でそれなりに学園生活を謳歌していました。
ただひとつ、懸念事項があるとするならば上流階級のしがらみです。
学園に君臨するのは、貴族社会のトップであるその息子や娘でした。その中でも、イザベル様は別格です。さすが伯爵令嬢と思わせる気品を持ち、その存在は教師陣や学園長からも一目置かれています。
彼女がイエスと言えばイエスなのです。この学園において、彼女の意見を覆す答えは存在しません。それほど圧倒的な権力を持っていました。
蜂蜜色の長い髪は、遠目からでも、きらきらと輝いて見えました。
ただ、ひとつ残念なところといえば、低すぎる身長でしょうか。本人も相当気にしているらしく、彼女の前で「低い・身長・小さい」というキーワードは禁句というお達しが全校生徒に出ているほどです。
唯一の例外は、イザベル様のお友達であるジェシカ様。見た目は淑女としか思えないお姿なのに、中身は並みの男よりも凜々しい。本人も女性を愛でるのが好きと豪語しており、なんというか、一風変わった方です。
しかしながら、初等部と思わせるような身長は本人には悪いですが、大変可愛らしいのです。うっかりすると、頭をなでなでしてしまいそうになるほど。ついつい愛でたくなる対象として、熱い視線を送ってしまうのだから油断なりません。
けれど、彼女を年下扱いした下級生がたどった末路は、想像するのもおそろしいというのはもっぱらの噂。
だというのに、これは一体何の因果でしょうか。
普通科クラスの棟の端っこにある花壇の隅で、うずくまるイザベル様を発見しました。体調が優れないのかと後ろからそっと様子を見ていると、何かをつぶやいておられるご様子。
気になって、そろりそろりと足音を立てないように、絶対見つからないような位置を確保しました。
「また初等部に間違えられたわ……どうしてわたくしの身長は一向に伸びないの……牛乳だってたくさん飲んでいるのに」
地を這うような嘆きの声が聞こえてきて、ぴしりと体に緊張が走ります。
こっそりと様子を窺うと、いつも自信に満ちあふれた横顔は今にも泣きそうな雰囲気で、悲しげに瞳を揺らめかせているのではありませんか。
私は見てはいけないものを見てしまったのです。
きっと、その栄養はすべて胸に注がれているのだと思います。話の内容から察するに陰で涙ぐましい努力をしているらしいですが、悲しいかな、身長には反映されていません。
しかし、元庶民の私ごときが彼女をなぐさめられるわけがありません。それに今出て行けば、こっそり聞いていたことを自ら暴露するようなものです。
イザベル様の秘密は墓まで持っていこう。私はそう決心し、静かに後退してその場から脱出しました。
早くに母親が病死した娘のために、と貴族のお嬢様が通う学園に通わせてくれたのは親心、ということはわかっているつもりです。
ご令嬢からは毎日のように嫌がらせされてはいるものの、下町育ちの私にとっては「品のいい嫌がらせ」としか思えないレベルなので大したことはありません。
それよりも選りすぐりの教師陣の授業は奥が深く、勉強になります。たとえ、友達はいなくとも、どこの世界にも優しい人は一人ぐらいいるものです。哀れんだ気弱な生徒が影ながら手助けしてくれることもありました。
そんなわけで、親から譲り受けた商売魂を発揮し、雑草根性でそれなりに学園生活を謳歌していました。
ただひとつ、懸念事項があるとするならば上流階級のしがらみです。
学園に君臨するのは、貴族社会のトップであるその息子や娘でした。その中でも、イザベル様は別格です。さすが伯爵令嬢と思わせる気品を持ち、その存在は教師陣や学園長からも一目置かれています。
彼女がイエスと言えばイエスなのです。この学園において、彼女の意見を覆す答えは存在しません。それほど圧倒的な権力を持っていました。
蜂蜜色の長い髪は、遠目からでも、きらきらと輝いて見えました。
ただ、ひとつ残念なところといえば、低すぎる身長でしょうか。本人も相当気にしているらしく、彼女の前で「低い・身長・小さい」というキーワードは禁句というお達しが全校生徒に出ているほどです。
唯一の例外は、イザベル様のお友達であるジェシカ様。見た目は淑女としか思えないお姿なのに、中身は並みの男よりも凜々しい。本人も女性を愛でるのが好きと豪語しており、なんというか、一風変わった方です。
しかしながら、初等部と思わせるような身長は本人には悪いですが、大変可愛らしいのです。うっかりすると、頭をなでなでしてしまいそうになるほど。ついつい愛でたくなる対象として、熱い視線を送ってしまうのだから油断なりません。
けれど、彼女を年下扱いした下級生がたどった末路は、想像するのもおそろしいというのはもっぱらの噂。
だというのに、これは一体何の因果でしょうか。
普通科クラスの棟の端っこにある花壇の隅で、うずくまるイザベル様を発見しました。体調が優れないのかと後ろからそっと様子を見ていると、何かをつぶやいておられるご様子。
気になって、そろりそろりと足音を立てないように、絶対見つからないような位置を確保しました。
「また初等部に間違えられたわ……どうしてわたくしの身長は一向に伸びないの……牛乳だってたくさん飲んでいるのに」
地を這うような嘆きの声が聞こえてきて、ぴしりと体に緊張が走ります。
こっそりと様子を窺うと、いつも自信に満ちあふれた横顔は今にも泣きそうな雰囲気で、悲しげに瞳を揺らめかせているのではありませんか。
私は見てはいけないものを見てしまったのです。
きっと、その栄養はすべて胸に注がれているのだと思います。話の内容から察するに陰で涙ぐましい努力をしているらしいですが、悲しいかな、身長には反映されていません。
しかし、元庶民の私ごときが彼女をなぐさめられるわけがありません。それに今出て行けば、こっそり聞いていたことを自ら暴露するようなものです。
イザベル様の秘密は墓まで持っていこう。私はそう決心し、静かに後退してその場から脱出しました。