【side日奈瀬】

「あの、ちょっと来てもらえますか? 渡したいものがあって…」

 女子の声に思わず振り向く。よかった、日名瀬(ひなせ)さんじゃない。

 はぁ…と小さくため息をつく。せめて誰かと付き合うことになったという情報は入ってきてほしくない。

 でもどうしても気になってしまって、『来てくれますか』と声が聞こえる度に確認してしまう。

 近藤日奈瀬(こんどうひなせ)。

 好きな人からのチョコレートが欲しいななんて、勝手に夢なんて見ちゃってるただの男子高校生。

 モテるわけでもないけど、モテないわけでもない程度。でも話したことはほとんどないから、彼女が僕にチョコレートをくれる可能性はほとんどない。

 てか、ない。ほとんどじゃない。ありえない。そんな、ソッコーで惚れられるような容姿でもないし。

 …いや謙遜とかじゃなくて。ホントに。

 と、自分で心の中で誰かと会話しちゃう。何がしたいのかと言うと、ただ現実逃避がしたいだけだ。

 ——だって、知ってるから。

 日名瀬さんが、手作りチョコレートを持って来ていること。

この間、日名瀬さんの友達と『手作り作るって言ってたけど、何作るの?』って会話をしてたのを聞いちゃったから。

 お願いだからどうか、どうかどうか、友チョコか義理チョコであってくれ!

 なんてことを本気で心の中で呟くほど、僕はパニクっていた。