急に日名瀬さんが振り返るから、死ぬかと思った。死ななかったけど。当然ながら。
 日名瀬さんは不思議そうに首を傾げる。

 …あれ、緊張しすぎて気づかなかったけど、何か手に持ってる?

「…あのね、近藤くん」

 「えっと…その、えっとね。その…うん」と、日名瀬さんはボソボソ呟く感じで喋る。聞き逃してしまいそうで、僕は耳をそばたてる。

「近藤くん!」

「はいっ!」

 うわかっこ悪…。日名瀬さんが急に大声を出すから、反射的に大声で返事しちゃったわけだけど、ちょっと…いや大分かっこ悪いな。

「これ……」

 後ろに回されていた手が、手に持っている箱のようなものが。

 僕の目の前に差し出される。

「…え?」

 小さく呟いた。だって、可愛らしくラッピングがしてある。

「チョ、チョコレートなんだけど…」

 …チョコ?

 今日、バレンタインだよね?

 思わず日付を頭の中で確認する。何か、別の意味があったら嫌だったから。

 …えっと?

 なんとなく予想がついてしまう自分が嫌になる。だって、ありえないから。

「…えっと、これ、罰ゲームで……その、1日デートしてみろって」

 …へ。

 無駄に喜びの絶頂までのぼって、一気に落ちた。

「わかった」

 最初に言うってことは、傷つけたくないのだろうか。それとも、期待させたくなかったのだろうか。どちらにせよ、僕のことを好きだという意味で渡されたわけじゃないということは確かだ。

『なんでアイツなの? 他にもっとたくさんいるでしょ? 例えば…東くんとか!』

 ああ、なんだ。

『あんた可愛いのに…“1日だけ”だし、“ただのゲーム”なんだから、もっとイケメンにすれば良いのに』

 日名瀬さんの友達の言葉の意味が、今ならよくわかる。

『もう! 勝手にしなよ! どうせ、“1日だけ”なんだから!』