もしも願いが叶うのならば、私は君の光になりたい














肌を刺し、体温を奪い、心を冷やす、雨。


でも、心地よいのは何故だろう。




多くの人は雨を嫌うけれど。


僕は、雨が好きだ。




空は暗い。

でも、優しく切ない音がする。



息を吸う。

君を、僕自身を、変えるために。




「ねえ」



──どうか、この想いが届きますように。






































「騒がしい…」

私の嫌味は一瞬にして虚空に消えていく。

それくらい、全く中身の違う生き物が集められたこの空間…教室という名の牢屋は音に溢れていた。

誰もが必死に口を動かしている姿を見て、今度はため息を一つ溢す。


「早く終わらないかな…」

クラスでの決定権を持つグループが大きな笑い声をあげて、私の小さな願い事ははたまた虚空に消された。









電車に乗った瞬間に、即座にスマホにパスワードを打ち込む。

車内はこの時間帯、密度がそれほど高くもないがやはり低くはない。

周りを見渡して一番人との接触が少ないと思われる端に腰掛けた。


長い間揺れに体を預けなければならない登下校の四十分間は、高校に入ったばかりの頃は苦痛で仕方がなかった。

だが、今となっては“彼女”とゆっくり話すことができる絶好の時間だ。

『雨音(あまね)、学校終わったー?』

字面を見るだけで思わず頬が緩んでしまう。

絵文字があるわけでもないのに、彼女特有の優しさが滲み出ている気がするのは、流石に気のせいだろうか。

『今終わったところ。急遽、委員会の活動で集められちゃって…』

私が遅れて返信したにも関わらず、すぐに新しい文面が表れる。

『そうなの?大変だったねー、お疲れ様!
それにしてもさすが県内トップの高校…気合が違うねー』

彼女の誰もが聞き惚れる甘い声が頭の中で再生される。

だけれど、私は少しだけ返信に困った。

県内トップ、という言葉は誇れるものだろうが、それ以上に重みでもある。

街を歩いていても、電車に乗っていても、制服を着ているだけで視線を感じることが多々。

他の生徒からしたら嬉しいことかもしれないけれど…私は制服を脱げばどこにでもいる平凡な高校生。

そう思うと自分の存在価値がわからなくなる。









私は中学に入ったばかりの頃、独りだった。

休み時間は机で俯いて存在を消して、忘れ物を借りる友達さえいない。

毎日が白紙のよう。

変哲がなく、孤独で、本当につまらなかった。


そんな時彼女が話しかけてくれたのだ。

たくさんの優しい言葉をくれて、長い時間を共にして…

やっと自分の居場所を見つけた。


それなのに、彼女と離れて有名な高校に入って…

やっぱり得たのは孤独だけだった。

自分で選んだ道なのに、後悔してばかりで。

情けない。本当に。


自分の惨めさをこれ以上ないくらいに実感しながら、私の返信を待っているであろう彼女のために手を動かす。

少し迷ってから、やっぱり正直な気持ちを伝えることにした。

『流石なんて…そんなことないよ…私、なかなかクラスに馴染めないし…。
今更だけど一緒の高校に行けば良かったなぁ』


彼女…花咲 七菜香(はなさき ななか)は地元の高校に進んだ。

私はギリギリまで自分の進む道を迷ったが、七菜香に頼りきりではダメだ、と勇気を振り絞って難関校を受験した。

その結果、クラスで孤立。

二月になり、高校に進学してから十ヶ月ほど経った今でも、友人と呼べる人が誰一人いない。
『そうなの!?もっと早く相談してくれれば良かったのに、、、私は雨音(あまね)の味方だからできることがあったらなんでも言って!』

七菜香が自分のことのように心を痛めてくれているのがわかって、気持ちが軽くなる。

七菜香の存在があるから、私はどんなに辛くても前を向いて歩くことができるのだ。

出会った時からずっと、彼女の優しさに助けられてばかりで…本当にいくら感謝しても仕切れない。

『ありがとう、七菜香。こうやって話せることが、何よりの心の支えだから大丈夫!』

『そんなこと言ってもらえるなんて私は幸せ者だなぁ…雨音、大好き!』

本当に同じ人間とは思えないほど優しくて可愛い七菜香。

そんな彼女に大好きと言われるたびに、私は言葉では表せないほど温かい気持ちになる。

本当に本当に、ありがとうなんかじゃ全然足りないほど、彼女に感謝していて…


──いつまでも一緒にいられると、そう信じていた。









「水瀬(みなせ)さん」

次の日。休み時間にいきなり話を振られた。

私の名前が教室に響いた瞬間、ざわめきが一斉に姿を消す。

教室内で声を発することなんて、一ヶ月に一回あるかも怪しい私だ。

明らかに顔が熱くなるのがわかった。

「水瀬さんって頭良さそうだよねー順位どれくらいなの?」

「えっと…高くも低くもないよ」

正直に言ったのだが、彼女は納得がいかない顔をする。

「え〜?一位は王子様で決定として、その下くらいにいるんじゃないのー?」

王子様、という響きに半ば呆れながら私は首を振る。

だいたい、私のような人間がトップ高校で一桁なんて取れるわけがない。

本当に感想を言い難いほどに普通の成績だ。

何かを言ってくる親とも別居していて、相手も特に私に興味がない。

これくらいが安泰。

努力はしているつもりだし。

上を目指すことにあまり意欲がない。