「…水瀬さん、帰る時間とか大丈夫?」

「あ、忘れてた」

迷走していた思考が一瞬で消える。


祖母には少し遅くなる、と言ったけれど外はもう結構暗いし、早く帰った方が良さそうだ。

それに天沢のことをもっと知りたいとは思うけれど、勝手に探って決めつけるのは悪い。

これ以上ここにいたら、思考が止められなくなりそうだ。

「今日は帰ろっかな。

…土曜日、来ても良い?その、ノートのお礼も兼ねて順位とか、良いお知らせができたらいいなって思うんだけど」

「…嬉しい。待ってる」

私が覚悟を決めて吐いた言葉を、天沢は驚きつつも、優しく受け止めてくれた。

彼の素直さが欲しいな、とかなり真剣に思いながら椅子から立ち上がる。

「ねえ、水瀬さん」

いつも天沢はドア越しにまたね、と送ってくれるのだが、今日はそうはいかなかった。

「今日は暗いし、送らせて欲しいな」

予想はしていたものの、少女漫画のような展開と、二次元も驚くレベルの顔面偏差値の高さに心が落ち着かない。

少し迷って、言葉を濁しながらも断ることに決めた。

いくらなんでも、一昨日散々最低なことを言ったわけだし、送ってもらうとなると心が痛む。

こんな口が悪い女に誰も興味なんてないだろう。

「すぐそこだし。ほんと、五分くらい」

「じゃあ、君の五分間を僕にくれる?」

天沢らしくない粘り強さに、なんだか言い表すことのできない甘酸っぱい気持ちになる。

セリフも顔もイケメンだし、はっきり言うと断る気持ちは失せていた。

美少年っていうのは酷い生き物だ。

「…狡い。案外天沢ってそういうの似合う」

「…うーん、褒めてもらってるのかな。ここは喜ぶ場面?」

「そうですね、存分に喜んでください」

揶揄う気持ちで言ったのだが、彼は楽しそうに笑って私の耳元で言葉を溢した。

「やった、水瀬さんに褒められた」

透き通った軽やかな声に、全身がぼっと燃え上がるみたいに熱くなる。

狡い、これはわざとでしょ。