オルキデアは考えながら、口を開く。

「そう言われてみれば、ここでクシャースラとパレードを見たのは、思い出と言われれば思い出だな」

 パレードを見られる場所を探して、通りを彷徨ったのも、この建物の鍵を壊して、屋上に登ったのも。
 全て、オルキデアの思い出の一つとなっている。

「その思い出も、その人を形作る大切なピースなんです。そのピースが沢山集まると、パズルの様に一枚の絵になって、その人を形作るんじゃないかなって思います」

 通りを真っ直ぐに見ながら話すアリーシャに、「そうだな」とオルキデアは返す。

「それなら、俺たちはこれからパレードを見て、思い出を作るとするか」
「そうですね」

 微笑み返したアリーシャは、すぐに通りに目を戻すと、一点を指差した。

「あっ! あそこの屋台で兎や鳥の形をした飴細工が売られていますよ! あっちの屋台には、串に刺したパンみたいな物も!」
「わかったから。あまり身を乗り出すと、下に落ちるぞ」

 アリーシャの腰を抱き締めながら背後に回って、痩躯が落ちないようにしっかり抱える。
 柵に寄り掛かって前のめりになり、地面から足が浮いていたアリーシャは、「すみません……」と言って、トンとコンクリートの床に降りたのだった。

「気持ちはわかるが、少しは落ち着け。転落して、怪我をしたらどうするんだ?」
「すみません。つい、楽しくて……」

 今のアリーシャには、見るもの聞くもの触れるもの、全てが真新しく感じているのだろう。
 幼い子供の様にはしゃいでしまう気持ちも、わからなくもなかった。

 思えば、初めて祭りに来た時のクシャースラも、今のアリーシャと同じ様に興奮していた。
 真面目で堅物そうに見えていた優等生が、祭りで興奮して、今にも羽目を外しそうな年相応な姿を見せた時は、他人に興味が無いオルキデアでさえ驚いた。
 同年代の自分たちと何も変わらないと、ますますクシャースラに親近感が湧いたものだった。

「パレードが通過したら好きなものを買ってやる。百貨店の裏側に広場があってな。そこにはもっと屋台や出店が出ているぞ」
「そうなんですか!?」

 普段は大きな噴水がある百貨店の裏側の広場も、祭りやイベントの時は、郊外や各国から出店した屋台や出店で賑わう。
 催し物がある時はテラス席も用意されるので、いつも広場は人手が多く、活気で溢れているのだった。

「お祭りってこんなに楽しいんですね! 毎日がお祭りならいいのに……」
「そんなことをされたら、警備が大変そうだ」

 笑いながら柵を掴むアリーシャの手に触れると、ひんやりと冷たかった。

「こんなに冷えていたのか、だんだん秋も深まってきたからな」

 両手で包む様にアリーシャの手を取ると、自らの掌で温めようとする。

「あっ! 今日は手袋を持って来たんですよ!」

 振り向いたアリーシャはポケットに手を入れると、赤紫色の生地に白いファーがついた手袋を取り出す。
 両手に手袋をすると、今度はオルキデアの手を包んだのだった。

「オルキデア様は手袋は……?」
「また持って来なかったな。いつも家を出てから思い出すんだ」

 アリーシャは両手で包んでいたオルキデアの手を自分の頬に当てる。
 外側はひんやりと冷えているが、内側から熱が伝わってくる。

「……こうすれば、多少は温かいですよね」
「……そうだな」

 もう片方の掌を反対側の頬に当てて、アリーシャの顔を両手で挟むように触れたのだった。