「寂しそうですよ……本当はお父様の死を受け入れていないんじゃないですか?」
「そんなはずはない……。父上は死んだんだ。七年も前に」

 エラフが死んでから時間が経っている。その間に、オルキデア自身も様々なことがあった。
 エラフの死を悼む暇もないくらいに。

「時間の流れは関係ありません。何十年も引きずっている人だっています。特に急な別れを経験した人は……」

 身体の前で両手を握るアリーシャもどこか辛そうに見えた。
 それもそのはずだ。アリーシャも病気で母親を亡くしている。きっと急な別れだったのだろう。

「私もなかなか母の死を受け入れられなくて……。いつかひょっこり現れて、私を迎え来てくれるんじゃないかって。
 あの屋敷に住んでいた頃は、ずっと思っていました」
「それなら、どうやって母親の死を受け入れられたんだ」
「オルキデア様に話した時です」
「それは、最近だろう」
「最近です。でも、貴方に話して、貴方を好きになったことで、ようやく母が亡くなったと認められたんです。その時から私の時間は動き出しました。
 母が死んだあの時から、私の時間は止まっていたので……」

 誰かに話すことで胸が軽くなって、前を向けるようになる。
 アリーシャにとって、それはオルキデアに母の死を話してーーオルキデアを好きになった瞬間だったのだ。

「それまでは、ずっと母の死を認められなくて……寂しいと認めたくなくて。
 私の心は思い出の中にいて、ずっとその中で生きていました。
 だから、オルキデア様もそうじゃないかって。オルキデア様もお父様が亡くなった時から、ずっと時間が止まったままじゃないかって思ったんです」
「俺の時間……」

 息をハーッと吐き出して「そうかもしれないな」と独り言ちる。

「ずっと、仕事を理由に屋敷に帰らなかった。軍に配属されたばかりだったから、半分は本当だったんだが……。
 生きている父上と最後に会ったのは、士官学校を卒業した次の日だった。『おめでとう』ってだけ言われて、それなのに俺はまとな会話をしないまま、軍の独身寮の手続きに向かって。
 それから何度も、『顔を見せに帰って来い』って言われていたのに、仕事を理由に帰らなかった」

 二人の頭上で鳥が鳴いた。
 墓石に近くと、アリーシャもその後について来た。

「そうしたらある日、父上が倒れたと連絡が入って、病院に駆けつけたら、ベッドで眠る父上の姿があった。
 俺は父上に付き添ったが、一度も意識が戻らないまま、父上は息を引き取った」

 今でも、目を閉じればあの夜を思い出せる。
 エラフが倒れた日の夜。アルコールと真新しいシーツの匂いがする中、父は一度も目を覚まさないまま、息を引き取った。

「その日から、父を悼む間もなく、葬儀や相続、遺品の整理で忙しくなった。
 それが終われば、軍に復帰して、また忙しい日々が始まった。
 北部に配属が変わって、死にかけて、療養した。
 軍に復帰したら、また戦場に駆り立てられた。昇級するとまた忙しくなって……。その繰り返しだ」
「それじゃあ、お父様を悼んだのは……」
「無かったな。お前に言われるまで、それにも気づかないくらい、忙しくて、悼む余裕さえなくて……」

 いや、違う。多忙を言い訳にしていただけだ。
 本当は目を逸らしていただけだ。父が死んだと認めたくなかっただけだ。
 現実から目を背けていただけだ。