頭を打ったのだろうか、かすかなうめき声が聞こえ、それをかき消すようなサイレンが遠くに聞こえる。
「しき、」
「救急車が来るからな、しゃべらなくていい、きっと助かるからだから」
「しきと、さん」
「満、大丈夫だ、大丈夫……」
「わたし、あなたを、あいしています」
音が消える。どうして今、そんなことを言うんだ。助かるのに、まだこれからがあるのに、いまここで忘れられてしまったら
「満、満? 満!」
「通してください! 関係者の方ですか?」
真っ白な車体と、救護服を着た隊員たちにやんわりと制止される。
いつのまにか視界が酷くクリアになってきて、世界の半分が濁っていたんじゃないかと思うほどだった自分の目線の先には横たわった彼女と、その手をとって首を振る救急隊員の姿があった。
「あなたはケガしてませんか、聞こえますか? どこかケガをしていますか?」
「俺は、どこも……満が、彼女が……」
息を飲む音が聞こえる。
十数年ぶりに世界の姿を見た。
「あ、あ……あああぁ……ああああああああっ」
フィルターの外れた世界は残酷なまでに美しく、世界で一番好きな人を彩る色はそれはそれは綺麗な赤色をしていた。