「あれ、名刺ケースがない」

 バッグのポケット、ジャケットの内側、化粧ポーチまでを開いてみるも、愛用している赤い名刺入れは入っていなかった。

 あれは誕生日に愛理に貰ったもので名前が彫ってある。

 大切に使っていたつもりだったがどこかに落としたのかと満はため息をついた。

 心当たりはあるといえばある。

 明日総務課か、いれば本人を尋ねればいいかとため息をついた。幸い自分の名刺しか入っていない。

「どしたん」

「名刺入れ落としたみたい」

「落とした?」

「今日、会社で人とぶつかって、たぶんその時に」

「おおお、恋の予感は?」

「ありませんよーだ」

 エレベーターホールでぶつかった青年を思い出す。

 話したことはないけれど一応知っている。綺麗な顔をしていたような、そうでもないような。 

 どうにも自分には印象が薄い。営業らしくすっきりと髪を整えていて、ずいぶん細身だったなあと考える。

 そりゃ何も考えず体当たりすればよろけるよなあ、と改めて悪いことをしたなと罪悪感にかられた。