「あら、見て満。野良猫なんて珍しいわね」
「猫? あれ猫っていうの?」
「なに、お母さんのことからかってるの?」
「ちがうよ、わたしあんな生き物初めて見た」
「…何言ってるの、あなた猫好きでしょう?」
「すき…?」
満の好きなもの。
猫。ショートケーキ。この間選んできたぴかぴかの自転車。お母さんの卵焼き。部活の友達。国語の授業。牛乳。絵をかくこと。家族。赤い色。
少しずつ、だが確かに彼女はなにかのはずみでそれを忘れていった。
「だれ、あなたたち誰! わたしなんでこんなところにいるの!」
錯乱状態に陥ったのは彼女が小学六年生の時だ。
なんでそうなったのか、きっかけはいまだにはっきりしないが、彼女がそのとき、家族を忘れてしまったのだけは確かだった。
父の知人に奇病の研究家がいた。それを思い出してあわてて連絡をとると、あれよあれよと彼女は総合病院の奇病科に連れていかれたのだ。