リリリリリリリッ!とけたたましい目覚ましの音が鳴る。
そして私はいつものように目を覚ました。
「ん…」
布団からすぐに出て体を伸ばす。それからカーテンをシャーっと勢いよく開けて朝日を浴びた。
今日もとても体が軽い。
あんな夢を見ているが、どうらや体はしっかり休めているようで寝足りないことも体が重いこともない。
私自身は全然寝ている感覚なんてないので、おかしな感覚である。
毎日のことなので流れるようにテキパキと出勤の準備をする。顔を洗って、化粧をして、目に入った服を適当に着る。それからその間を縫うようにとりあえず前日に買っておいたパンを口に入れた。
夢の姫様な私とは大違いな朝。
優雅さもなければ、時間なんて当然ない。
まあ、それが普通なんだけどね。
準備を手早く済ませると私は一人暮らしのマンションの扉を開けた。
「いってきます」
そして誰もいない部屋に挨拶をして私は会社へ向かった。
*****
「彼氏できた?もしくは恋?」
「え?」
出勤後、いつものようにゆるゆるとデスクワークをしていると隣で同じように仕事をしていた5歳上の女の先輩、カオリさんが私に興味深そうに声をかけてきたので不思議に思いながらカオリさんを見た。
カオリさんは新人の時からお世話になっている方で仕事でもプライベートでも仲良くさせてもらっている。
非常に姉御肌な美人さんだ。
私も外見は強気美女なので2人で並んで歩く姿は圧巻らしく、逆に近寄り難いらしい。
そういう噂を何度も耳にしたことがある。
「どうしたんですか?急に」
質問の意図がわからず私はカオリさんに首を傾げる。
「あらら?自覚なし?ここ数ヶ月かな、ずっと思ってたんだけどエマちゃんすっごく綺麗になったよ?」
「へ?」
「しかも絶対男が絡んでいると思うんだよね」
「えぇ?」
意地悪く笑うカオリさんに私は表情を歪める。
一体どこからそんな根拠のない自信が湧くのか。
「カオリさん…。カオリさんも私のプライベートはよく知ってますよね?恋人も居ませんし、そう言った浮いた話なんてものも残念ながらありませんよ」
軽く私はカオリさんに笑う。
浮いた話なんてなくても夢の中では恋人が、しかも超美しい恋人が3人もいるからいいのだ。
私はそれだけで十分満たされている。
「ええー。本当に?私そういうのは見る目あるんだよ?」
「本当ですよ…ん?」
「ん!なになに?」
私の返事を聞いて残念そうにしていたカオリさんだったが、私が考える素振りを見せると今度は期待の目で私を見つめてきた。
「いや、えっと」
思い当たる節はある。だが、それをどうやってカオリさんに伝えればいいのかわからない。
恋かはわからないが、私には確かに恋人が3人もいる。
夢の中でだが。
それが現実に影響を与えているってこと?
え?嘘?
確かに気持ち的には現実でも彼らのおかげで満たされていたけど。
それをカオリさんに伝えるのはどうだろうか。夢で恋人が3人もいます?痛すぎませんか。
「思い当たる節はあるんですけど…」
「うんうん」
「ちょっとどう伝えればいいか」
「え?もしかして未成年に手ぇ出しちゃった?」
「ん!」
どう伝えようかと悩んで言葉を選んでいるとカオリさんにとんでもない勘違いをされて変な声をあげてしまった。
でもルークは現実でなら高校3年生、未成年。
あながち間違ってはいない。
「違います!いや、違わないんですけど!違いますから!」
未だに何と言えばいいのかわからなかったがとりあえずカオリさんの言葉を否定する為に私はまた声をあげた。
カオリさんの誤解をなんとか解いた後、またいつものように仕事をして、今日も何事もなく1日を終えた。
そして1日の中で一番楽しみな睡眠の時間がやってきた。
私は布団の中に入って瞳を閉じる。
ああ、今日はどんな甘い夢が待っているのかな。
夢で今日も会えるであろう恋人たちのことを思いながら私は意識を手放した。
*****
「エマ?」
「…っ」
夢で意識が覚醒する。私の目の前には不思議そうに私を見つめるリアムの姿があった。
リアムの後ろに広がるのはそれはそれは美しい花たちの園。
リアムは白い2人がけの可愛らしいベンチに座っており、私もその隣にピッタリとくっついて座っていた。
リアムから視線を逸らして前を見れば机があり、そこには私好みの様々なお菓子とティーセット。
視覚だけの情報からここはこの宮殿自慢の中庭で、今はリアムと2人でお茶会をしていた、と何となく状況を理解した。
「急に黙ってどうしたんだい?」
「あ、いえ、アナタの美しさに見惚れていたのよ」
「ふふ、エマ」
どう考えても様子がおかしい私を不思議そうにリアムが見てきたので私は妖艶に微笑んでリアムの頬に触れた。
するとリアムは嫌な顔をせず、むしろ嬉しそうに微笑み自分の頬に触れる私の手に優しく触れた。
「嬉しいよ。キスをしても?」
「ええ」
そしてリアムは懇願するように私を見つめてきたのでそれを私は許した。
触れるだけの甘酸っぱいキスをリアムが私に落とす。
「リアム、アナタは本当にキスが好きね」
「エマだからだよ。エマのキスだから僕は欲しい」
「ふふ、そう」
触れるだけのキスを終え、私の紅がついたリアムの唇を指で拭いながら満足げに私は微笑む。
そんな私を見て甘い笑顔を浮かべるリアムに私はさらに満たされた。
100点の答えである。
「アナタの部屋でならもっと先のこともできるのに」
「そうね。だけど私はアナタと楽しくお話もしたいわ」
「僕じゃエマは満たされない?」
「何を言っているの。十分よ」
物欲しそうに私を見つめるリアムだが私はそれには答えなかった。するとリアムは不満そうに私を見つめてきたので私はリアムの頬に優しくキスをした。
「エマはずるいね」
「あら?今更?」
困ったように笑うリアムに私は意地悪く笑う。
「今晩の相手は僕がいいな」
「考えておくわ」
「いい返事を楽しみにしているよ、エマ」
笑い続ける私を愛おしそうにリアムが抱きしめてきたので私はその背中に手を回して優しくそう囁いた。
広く、しっかりとしたリアムの胸に体を預ける。
何と落ち着く胸なのだろう。
「さて、離れて、リアム。お茶会にしましょう」
「名残惜しいけどわかったよ」
私がリアムの胸を軽く押すとリアムは名残惜しいそうに私の頭に軽くキスをして私を離した。
そして美しい中庭の景色と美しいリアムを眺めながらの、なんとも贅沢なお茶会が始まった。
*****
「それでその時彼はこう言ったんだよ「今度こそ絶対大丈夫」だって」
「ふふっ、何それ。不安しかないじゃない」
リアムが甘い笑顔を浮かべたままそれはもうおかしな話を面白おかしく私に話す。私はそれが本当におかしくてお腹を抱えて笑い続けていた。
リアムは隣国の王子様であり、外交官だ。何でもできる彼の体験談は山の様にあり、何より外交に必要な話術に長けている。
リアムの話は本当に面白くて飽きない。
ずっと私はリアムの話に夢中になっていた。
「あぁ、ははっ、笑い疲れちゃったわ。休憩よ、休憩」
「え?もう?まだあるよ?」
「ダ、ダメよ。死んじゃうわ」
「死んでも大丈夫だよ。僕がずっと側にいる」
「嫌よ。死にたくはないもの」
笑いっぱなしだったので私はさすがに体力がなくなり休憩をリアムに申し出るとリアムは残念にそうに私を見つめた。
そんな甘い顔をしてもダメなものはダメよ。このままでは笑い死んでしまう。
まぁ、明日、腹筋が死ぬことは決定してしまったけど。
「リアム。私はアナタの話が一番好きよ」
「いつもそう言ってくれるね。僕はエマの一番?」
「ええ。一番よ。アナタの話が一番楽しいわ」
「そっか」
残念そうに肩を落とすリアムに私は微笑む。
するとリアムはいつものように甘い笑みを私に見せて、最後にほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
私は彼と過ごす、この楽しい時間がとても好き。
彼がたまに見せるこのどこか嬉しそうな顔も。
「エマ、愛しているよ」
「私もよ」
リアムが私の耳元で甘く囁く。私はそれを受け止めて微笑んだ。
「今晩の相手は絶対僕を選んで、エマ」
焦がれるような声が私に届く。そしてリアムは私の耳を優しく舐めて甘噛みをした。
「ん、こら、リアム」
いきなりのことで私から甘い声が漏れる。
「可愛い。可愛いよ、僕のエマ」
そんな私を見てリアムは満足げに笑った。
そして私をとても愛おしそうに見つめた。
甘い。まるで毒の様に私を麻痺させるリアムの言葉と行動。
欲しいものを欲しい時に全てくれるリアムが私は大好きだ。
それが例え全て私が縛り付け、強要させた偽りのものだったとしても。
****
「えー!それがエマちゃんの綺麗になった秘密だったの!?」
「秘密って…。まあ、そうなんですよ」
「すごーい!面白い!」
ある日の昼休み。
あまりにもカオリさんが私の恋愛事情について聞いてくるのでついに私はとある喫茶店でカオリさんとランチを食べながら夢についてカミングアウトした。
最初は引かれると思っておどおどしながら話した私だったがこの目を輝かせているカオリさんのリアクションを見る限り引かれてはいないようだ。
むしろ興味深々である。
「まぁ、面白い話ですよね」
「そこら辺のドラマや漫画より面白い話よ!」
カオリさんのリアクションに対してうんうんと頷いていると興奮気味でカオリさんがそう言う。
私もそう思います。
夢の中ではなく、現実であの夢のことを考えれば当事者の私でもこれはドラマか?と思えるくらいよくできた話だと思う。
権力も魔術の力もある完全無欠の美女が美しい男を3人も軟禁して愛を強要させている。
そしてこの美女ただの悪女ではなく、きちんと悪女になってしまった背景もある。唯一1人だけ家族の誰からも愛されてこなかったからこそ彼女は愛に飢えているのだ。
たかが夢のはずなのに細かい設定までよくできている。
夢ならばただの男好き、彼らもただの恋人たちでもよかっただろうに。
私、実は凝り性なのかな?
「エマちゃんと恋人たちの難しい関係の今後が気になるわ!甘い話も素敵だけど恋人たちの本当の想いは?エマちゃんの偽りでもいいと欲した愛の結末は?」
夢のことを1人で考えていると変わらず興奮しているカオリさんが水を一気に飲み干した後、私に再び問い詰めてきた。
「え、えーっと…」
その勢いに押されて私は困ったように笑顔を浮かべながらも今思っていることを話し始める。
「恋人たちは私のことを恨んでいます。私の気持ちは自分のことなんですけどよくわからないんです。所詮夢だからと私は男たちを侍らすことを全力で楽しんでいます。しかも夢の私は現実の私とは性格が全然違ってそれもうふしだらで傲慢で気が強すぎるんです」
「あら〜。確かにそれは正反対の性格ね。見た目はまさにふしだらで傲慢で気が強い感じがするんだけど」
「カオリさん!失礼ですよ!」
「嘘ついても仕方ないでしょー。その見た目で何人の男が泣いてきたことか」
冗談っぽく笑うカオリさんに怒ってみたがカオリさんは特に気にする様子はない。私も流れ的に怒っただけで別に言われ慣れていることなので特に何も思わなかった。
この遊び慣れていそうな見た目が悪いのだ。例え美女だったとしても。
「でも本当に恋人たちはアナタを恨んでいるの?そう言われた?」
「恨んでいますよ。言われたことはないですけど軟禁して愛を強要させているんですよ?恨まない方がおかしくないですか?」
「んー。でもエマちゃんの話的にはその恨みが見えないって言うか」
「私の夢ですよ?その辺はきっといい感じになっているんです」
「そう」
首を傾げているカオリさんの言葉を私はバッサリと否定する。カオリさんはそんな私の言葉を聞いてもどこか引っかかっているような表情を浮かべて何かを考え始めた。
夢の話なのに何故そんなにも真剣に考えているのだろうか。