涙、滴り落ちるまで

「綾!!」

嫌な予感がして、僕は素早く綾を僕の背中に隠した。僕の腕に、痛みが走る。黒い炎が弾けて、そこから姿を現したのは祐希さんじゃなくて大きな悪霊だった。

「……え?」

僕は綾を連れて、僕らから離れた場所にいる透に近づいた。

「……祐希の死因は自殺か……自殺した霊は、普通の霊よりも悪霊になるのが早い。自殺してすぐに悪霊になるケースが多いんだ」

透の言葉に、綾は驚くと僕を見つめる。

そっか……僕も自殺したからね……でも、僕は自殺してから天国に行くまでの記憶がないんだ。実は、僕も悪霊になっていた……のかもね。

「……それにしても、悪霊になりかけている段階で攻撃してくるとは……」

僕は、右腕にある切り傷に目を移した。

「珍しいね。普通は、完全に悪霊になってから攻撃してくるのに……もしかして、祐希……悪霊の才能がある?」

そう言いながら、透は刀を作り出すと構える。

「瑠依と一緒に戦ったら良いんでしょ?」

「……うん」

僕は透の言葉に頷くと、大きな弓を作り出して構えた。

「……なるほど。普段刀を使って戦う瑠依が、弓を使うってことは……悪霊は任せといて」

僕が弓を作り出したことで何かを察した透は、刀を片手に悪霊に向かって走り出す。
「……綾。僕らから離れて」

僕はその場で弓に矢を番えながら、綾に言った。綾は、頷くと近くに生えてる木に隠れる。

「……」

……思ったよりも素早いな。狙いを定めにくい……。

『使い慣れない武器を使うからだ』

「……っ!」

どこからか声が聞こえてきた瞬間、僕が構えていた弓が弾け飛んだ。

「……誰?」

僕が辺りを見渡しても、誰かがいる気配がなくて僕は小さく首を傾げる。

「……とりあえず、誰かの言う通り……使い慣れない武器は使わない方が良さそうだ」

僕は、悪霊と向き合うと刀を作り出して構えた。そして、悪霊の背後に回り込む。

隙を見つけて僕は刀を振り上げると、悪霊を斬り付けた。悪霊は、光に包まれると僕のブレスレットの中に入ってく。

「……お前、弓で悪霊を倒すんじゃなかったの?」

刀を消しながら、透は僕を見つめた。

「弓を扱うのに慣れてなくて……」

「……そっか。使い慣れてない武器は、大きな悪霊と戦う時は使わない方が良いだろうし……良い判断だったと思うよ」

そう言って、透は微笑む。

「……瑠依、悪霊の気配がしたから来てみたんだけど……」

僕の近くに、ソルと陽菜が着地した。そして、2人は透に目を移す。

「君は、地獄の死神……?」
「そうだよ……もう手伝えることはなさそうだし、僕は帰るよ」

「透、手伝ってくれてありがとう」

僕が微笑むと、透は「別に」と言って僕らに背を向ける歩き出した。

「……そうだ。僕の名字が知りたいって言ってたっけ」

そう言いながら立ち止まった透は、僕らの方を振り返る。

「僕の名前は、星川……星川 透だ」

そう言って、透は姿を消した。

「……星川……?」

いつの間にか僕の隣にいた綾は、そう呟いて首を傾げる。

「星川 透……どこかで聞いた覚えがある……」

「瑠依、一体何があったの?」

ソルの問いかけに、僕は簡単にさっきまでの出来事を話した。

「……なるほど……ちょうど良いかも。瑠依、この子は私が見てるから……瑠依とソルは天国に帰って、仕事して来なよ」

「……そう言うことか……瑠依、今から案内役の仕事を教えるよ。一旦天国へ帰ろうか……」

ソルの言葉に、僕は「分かった」と頷いた。



「とりあえず、天国の入り口に向かおうか」

天国に帰ってきた後、ソルはそう言って歩き慣れた道を歩く。

「瑠依は、久しぶりかな?天国の入り口に行くの……」

「……そうだね。初めて天国に来た時以来かも」

そんな会話をしながら歩いてると、村の隅の方にある小さな泉の前に立ち止まった。泉の中には、天使の羽に輪っかが付いた石像が建ってる。

「……これは『祈りの泉』と呼ばれてる泉で、ここでお祈りをすると、行きたい場所まで連れて行ってくれるんだけど……死神しか使えないんだ」

そう言いながら、ソルは泉の中に入って石像の前に立った。

「ほら、瑠依も」

ソルに促されて、僕は泉の中に入るとソルに近づく。思ったよりもこの泉は浅くて、僕の足首が浸かる深さ。

僕よりも10cmくらい背の低いソルは、ふくらはぎ近くまで浸かってるけど。そういや、ソルって……背は低いけど、イケメンなんだよな……。

「……じゃあ、始めるよ」

僕がソルの隣に立つと、ソルはそう言って石像に手を触れると目を閉じる。

「……天国の入り口まで導きください」

「……っ!」

ソルがそう呟くと、石像に生えていた天使の羽が弾けた。光の粒となって、僕らに降り注ぐ。
次の瞬間、体がふわりと宙に浮いた。

「え……?」

ソルの方を見てみると、ソルの背中には光り輝く翼が生えてる。

「……この羽が行きたい場所まで自動的に導いてくれる。着くまで、空の散歩を楽しんだらいい。死神は、地上でしか飛べないから」

そう言った瞬間、僕とソルは空高く飛び上がった。

「……」

初めて天国を空から見たけど、すごく綺麗だな。

しばらく空を飛んでいると、僕らはさっき見たのと同じ石像の前に降り立つ。泉に足が着いた瞬間、ソルの背中に生えていた翼が弾け飛んだ。

「……この景色、久しぶりに見るでしょ?」

そう言って、微笑んだソルは近くにある建物を見つめる。

「……そうだね」

「とりあえず、泉の方まで行こう。今なら、瑠依が保護した霊は泉にいるはず……案内役の死神がいなかったらの話だけど」

そう言って、ソルは天国の入り口にある建物とは反対方向に向かって歩き出した。

「……いるのは、祐希さんだけか……」

ソルは、立ち止まると泉を見つめる。泉のほとりには、祐希さんが目を閉じた状態で立っていた。

「……祐希さん」

ソルは祐希さんに近づくと、祐希さんに声をかける。祐希さんは、目を開けるとソルを見上げた。

「……ここは?」
「ここは、天国です」

「……そっか。ボク、死んで……死ぬ前の記憶が無くて地上を彷徨っていたら、死神のお兄ちゃんが助けてくれて……って!死神のお兄ちゃん……いや、瑠依さん!?」

僕の方を見た祐希さんは、驚いた顔で僕を見る。ソルは「……死んでからのこと、覚えてるんだ」と祐希さんを見つめた。

「覚えてるよ?瑠依さんと透さんが、悪霊になったボクと戦っていたことも……瑠依さんと透さんの会話で、ボクは悪霊になったんだなって感じた」

そう言って、祐希さんはソルに目を移す。

「悪霊になった霊って、ほとんどが死んだ後のことを覚えてないんだ……祐希さん、今何歳なの?」

「12歳」

「……」

祐希さんがそう答えると、ソルは何かを考え込むような表情をすると黙り込む。

「ソル?」

「……ごめん。とりあえず、天国に行こうか」

そう言って、ソルは歩き出した。その後を、僕と祐希さんはついて歩く。

「え?ここ……天国なんでしょ?」

祐希の問いかけに、ソルは「一応ね」と返した。

「ここは、難しく言うと天国と地上の狭間になるんだ。死神は、ここを『天国の入り口』と呼んでいる」

「……そうなんだ……」

「ここも含めて天国、ということかな」

そう言ったソルは、建物の中に入った。
「……やぁ。今日も暇そうな案内役の死神くん」

ソルは、暇そうに頬杖を付いた死神の男性に近づく。死神さんは「……暇じゃない」とソルを見つめた。

「……それで、その子は?どうして、瑠依も一緒に……?」

「仕事の説明だよ。たまに、案内役の死神が全員不在の時あるでしょ?その時のために……」

「……そうだな。忙しい時は忙しいからな……俺は、いつも通りにすれば良いんだな?」

「うん」

「分かった……じゃあ、そこの幽霊くん。俺の前の椅子に座って」

死神さんの言葉に、祐希さんは頷くと椅子に座る。死神さんは「ちょっと待っててね」というと、立ち上がって僕に近づいた。

「……瑠依、こっちに来て」

死神さんは僕に向かってそう言うと、歩き出す。僕は、死神さんの後をついて歩いた。死神さんは、小さな扉を開くと真っ暗な部屋に入る。

扉が閉まる音がした瞬間、周りが明るくなった。部屋には、色々な物が置かれている。

「……それじゃあ、今から流れを説明するぞ」

そう言って、死神さんは僕の方を向いた。



「……瑠依さん。ありがとう……」

住む場所を死神さんに決めてもらって、正式に天国に入れることになった祐希さんは、建物に空いた穴を通った所にある泉の中に立っていた。
この泉から、霊たちは自分の住む村に行くんだって。

僕の方を向いた祐希さんは、泣きそうな顔をする。

「……祐希さん。綾……じゃなくて、僕と一緒にいたお姉さんは『辛い時は、辛いって言わなきゃダメ』って言ってたけど……僕は、そうは思わない。笑いたきゃ笑え……その代わり、誰も気づかないよ……自分が、どれだけ辛い思いをしてても、助けて欲しくてもね……」

「……」

僕の言葉に、祐希さんはじっと僕を見つめた。そして、祐希さんは「ありがとう!」と笑う。次の瞬間、祐希さんは光に包まれると空高く飛び上がった。

そして、祐希さんの住む村のある方向に向かって飛んでいく。僕は祐希さんの姿が消えても、さっきまで祐希さんがいた場所を見つめていた。

「……じゃあ、瑠依……任務に戻ろうか」

ソルの言葉に、僕はソルに目を移す。そして、無言で頷いた。



僕とソルが綾と陽菜の所に戻ると、2人は楽しそうに話していた。

「……陽菜、そろそろ帰ろうか」

ソルの言葉に、陽菜は「そうだね」と返すと綾に手を振ってどこかへと消えていった。ソルも陽菜の後を追いかけるように、どこかへと消えていく。

「瑠依……近くの公園で少し話そう」

綾は、そう言って僕を見つめる。僕は「……分かった」と頷いた。



「……今日は、何だか疲れたな」

綾は小さな公園にあるベンチに座ると、体をぐっと伸ばした。

「祐希の未練を解決するのを、手伝ってもらったからね」

「そうだね。祐希くんの未練、一体何だったんだろ?」

「さぁね」

僕がそう答えると、綾は僕から目を逸らすと少し黙る。そして、僕をもう一度見た。

「……瑠依は、好きな人いるの?」

「……知ってどうするの?言ったら、綾を傷付ける」

僕は、綾の好きな人を知ってる。綾の好きな人は、僕。前、綾に告白されたから。あの時は、ちゃんと本心を言って断ったよ。

「それでも、教えて欲しい……私は、ずっと瑠依が好きだった……もう一度、言いたかったけど……もう遅い、のかな……」

「……」

綾の悲しそうな顔を見ながら、僕は黙る。

……ごめんね。僕は……僕は、誰にも恋をしたことがないんだ。

「……分かってる。瑠依は、誰にも恋をしたことがないってこと……私を、恋愛対象として見てないってこと……それでも、私は……瑠依が好き。その想いは、今でも変わらないんだ」

「……」

「瑠依のサーカスを初めて見た時、私……すごいな!って思ったんだ……私も瑠依みたいに、皆を笑顔にできる人になりたいって……きっと瑠依のパフォーマンスを見て、そう思った人は多いと思うよ」

涙、滴り落ちるまで

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