和製アマルフィといわれる
目的の場所に
3人がついたのは夕方で、
すっかりあたりは
海の紺色にカシスカラーの空と
海岸線に
キャンドルが灯るような
トワイライトタイムに
なっていた。

『ブォーー
ポンポンポンポン』

カーラジオを止めた車内に
時々、舟の音が響く。

白い灯台が見える、
高台の道からは
向かいの港や
マリーナシティの夜景が見えて、

ここへくるまでの道も
ライトアップされた
海岸建造物や工場が、
幻想的な光で
揺れていた。

「すごいやん!切り立ってる湾に
漁師家が段になってるって!」

チョウコが後ろの座席から声を
上げた。

軽トラックで走るほどに、
辺りは地中海を意識した
観光物や、
景勝の風景が目に入る。

「いやぁ、ほんまやわぁ。家の明かりがツリーみたいに、可愛えらしいて、まるで、箱庭やわぁ。」

何より、
高台を走る道から
下をらのぞけば
釣り人が入江の防波堤に鈴なりに
なって糸を落としているのが
どこか祭みたいで

旅情的だった。

「紀州釣りのメッカなんですよ。
黒鯛に真鯛、今は鱚と鯵もです
けど 他のシーズンなら太刀魚
とか鰆に騁とかカサゴも釣れ
ますから、海に人がいない時間
は、ないんじゃないですかね」

船で漁に近場へ出れば
アシアカ海老、アカシタひらめ
ハモなんかも採れると

今はハンドルを握るキコの隣で
リンネが答えて、
チョウコの人形の仕上げを
終える。

「なんか所々、おっしゃれな
カフェっぽいのんあるし!なあ
夜に飲みにいっちゃう?!」

チョウコが出来上がった
等身大藁人形の肩を抱いて、
前に座るリンネの肩を
つついた。

「とりあえず今日泊まるとこに
行ってからです。ご飯は、
ご希望どおりカフェですから」

入江の底まで道を降りると、
釣り人の静かな熱気を
感じる。

「なんやろか。すごい、雰囲気
いうんやろか。釣り大会みたい
やいに、よぉさんいてはる。」

あ、人!!

ふいにキコが ブレーキを踏んだ。
急に脇から人影がふらふらと
出てきたからだ。

軽トラックが止まる。
荷台の藁が、運転席に
寄ってくる感覚が3人に
わかった。

「そないスピード出てへんかって
良かったわぁ。驚くわぁ。」

「一応、外、見ますね。藁束を
落としてないか見ないと。」

ぶつかってはいない証拠に、
人影は何もなかったかのように
ふらふらと
海へと歩いていった。

その後ろ姿に一瞥してリンネは
助手席に戻る。

「リンネさん、どないやった?
藁束落ちてはらなんだ?」

キコが再びエンジンを掛ける。

「藁は大丈夫でしたよ。車も問題
なくです。ただ、相手は、、」

「お婆ちゃん、あれー、ちょっと
様子、ちゃうんちゃうかな」

人影の主について、チョウコが
リンネの不審さを代弁した。

軽トラックはゆっくり走り出すが
チョウコもリンネも
ウインドウ越しから相手の背中を
見定める。

「リンネさん、道なりにぃ
下降りてきたよぉ。あと、どな
い行きはるのん?なんやろ、
ぐるぅって周りこんでるわ。」

「あ、ここの港の駐車場で止めて
下さい。この辺りは、道が迷路
に細いんで。車入らないんで」

小さな港の駐車場らしき所に
軽トラックを止めて、3人
荷物をもつ。

といわいえ、山谷袋だけの
相変わらずの白装束。

藁を積んだ軽トラックから、
菅笠を被る巡礼女が出てくると、
夕方の釣り人が何人か
チラチラと見てくる。

「浮いとるんちゃう?あたしら」

「山からえろぉ離れて、海やし
古道のルートやないもんなぁ」

「さきに宿行って、また藁、
取りにきますよ。さ、こっち」

チョウコとキコがボソボソ話す
うちに、リンネは脇の道を
指差す。

「えっ!道あるん?壁やろ!」

「ありますよ、階段。よく見て
ください。ほら、狭いんで。」

見れば、所狭しと
取り囲むように港に並ぶ
壁や建物の隙間
1メーターほどの幅の
階段が、並ぶ壁の間に見える。

「いゃあ、ほんま上から家ぇ
降ってきはるりそうに迫って」

「そうですね、家の上に家がある
みたいですよね。道がなくて、
斜面路地と階段しか、ここの
集落はないんで、湾曲して
見えるから、よけいですね。」

対向者が来れば、
肩と肩がふれ合うほどの道。

「え!ここ、何?!めっちゃ
カラフルやん。どこ?って
感じやー。キコさん、写真!」

古道歩きから自然と
先頭をリンネにチョウコが続き、
キコがシンガリ。

リンネの後に続くチョウコが
横手の脇道を見て
キコを手招く。

「ほんまやわぁ。これぇ、
どこぞ外国っぽいわぁ。リンネ
さん、ちこっと待って、
ここ、撮ってええやろか。」

キコの言葉にリンネが

「別にかまいませんけど、
もう日も暮れますし、明日の方
が綺麗に撮れますよ。明日、
ここに来るつもりですから。」

「ほんなら、明日にしよや、キコ
さん。なぁ、ここってお店なん」

あ、ほんまやわぁ、
真っ黒に写るわぁと、
残念がるキコの肩越しにチョウコ
がリンネを見やる。

「観光交流の場所ですよ。
アマルフィとかけて、いろいろ
地域起こししてるんです。この
集落の特別な歴史とかを、
プロジェクトマッピングとかし
てて、カフェもあるんですよ」

その奥にある脇道の空間は、
まるで地中海みたいな
カラフルペイントがされている。

「遅くなると、この路地真っ暗に
なって、藁をはこびにくく
なりますから、急ぎますよ。」

リンネは更に奥へ進む。

こんな所に、たこ焼き屋が、
この上が、お寺?!

そんな風に進んだ先に、
離れを一棟貸しする民宿に着く。

「はえたえないのぅ。ユアさん。
ハジメあにゃんから、
連絡もろてます。どーぞ。
おっかいのう、大荷物やし。」

よく日焼けをして、前掛け姿の
若大将が白い歯で笑って
出迎えてくれた。

「お世話になります。ユアです」

リンネが頭を下げると、
チョウコとキコも挨拶をする。

「「お世話になりまーす、」」

暖簾が掛かる戸口は、
昔の家をリフォームしたのか、
モダンながらも、土間がある。

「ここは、代代漁師をされてる、
お家を宿にリフォームした
ばかりなんです。藁は土間に」

若大将が開けてくれた
戸口から、土間にリンネが
少し持ってきた藁束を置く。

「漁師さんしてはるのん?
ちこっと、鰻の寝床長屋な
雰囲気あるわあ?ええわあ。」

キコは土間にある
青い石で作られたミニキッチンを
撫でる。

「まあ、違うんは、入ってすぐ
使えるようシャワーが土間に
あるんが、漁師小屋で名残
ですかねぇ。じゃあ、これ。」

若大将は、玄関戸口横の
引戸を開けて、
洗面とシャワー室を説明した。

「ここの若旦那さんもそうです
けど、この地域の人達は、
昔、『旅漁師』って言われて」

別名を 海のジプシー

とも呼ばれました。と、
リンネは
チョウコとキコに紹介した。