「 あたしな、引っ越してきた
時、校則守らんって言われて
ずっと不良扱いうけとってん」

そう言って、
いくつもジェットライナーが
停泊する静謐な川を目の前に、
チョウコは『目はり寿司』を
頬張った。

大台ヶ原を源流に流れるこの川。

流水が滝を織り成し、
その滝つぼが消失した跡地に
奇怪な地形が残った場所が
瀞峡と呼ばれ、

その地が示すのは
滝とは
若い川の特徴で、川が老齢すると
滝壺が後退しやがて、消える
ものだという、
自然の壮麗さだ。

「 ほんでもな、あたし浜っこの
お嬢学校やったやん。もともと
革靴なんよ。で、生徒手帳に、
白い運動靴いうから、白の
オールスター買うてんで。」

チョウコは、投げ出して
土手に座る足に
履く、泥だらけのスニーカーを
揺らす。

「 ほんだら、洒落たんはアカン、
不良が履くもんやていうん。
前髪は目にかからんで、
長い髪はまとめるっていうや、
ほんだら、眉に髪ついたら
アカン、高いポニーテールは
アカン、極めつけが、髪は黒。
あたし、もともと地毛が茶色
やねんで、染めなアカンて。
靴下はくるぶし見えたらアカン
しハイソックスもあかんて!
そんなん、わからんやん!」

チョウコ達3人は 川を眺めながら
小口の宿で作ってもらった
『目はり寿司の弁当』を
並んで食べている。

「 そぉない怒らんでもやわぁ、
て、チョウコさんの髪って、
この真っ黒なん、カラーやの」

真ん中に座るチョウコの
ストレートの黒髪を、
キコがサラリと触ると
川風にそれが揺れる。

「 そやねん。新しい学校でやれ、
前髪はオンザや、黒や言うから
ワンレンして黒カラーして、
してたら、なんや、性におうて
今も、ワンレン黒ポニテやわ」

アハハと軽快に笑って、
チョウコは
つけあわせの赤大根の漬物を
「しょっぱいのん、美味しいわ」
と、
ボリボリかじった。

獣道のような山こぎから、
急な坂をなんとか下り、
出てきた
林道を跨いで
山道を降りた先に、
ようやく舗装された
国道に出ると、
合流点には
ジェット船乗り場がある
道の駅についたのだ。

「 そんでも、あんな獣道。
中学以来やわ!!勘弁やで。
まあ、リュウちゃんと仲良う
なったんも、獣道やったわ!」

「へぇ?!」

「獣道でお付き合い、、Vシネ」

チョウコが嬉しそうにする顔を
キコが引きつつ、
リンネは確認するように
相づちを打って

自分たちの目はり寿司を
口に運ぶ。

目の前のジェットライナーは
生憎運行を休んでいる。

ウィルス蔓延防止で、
ゲストは見当たらない。

東北で地震津波があった年、
台風でこの川が氾濫。
大水害にあったが、
震災ニュースでその被害は
影に潜めてしまった。
人的被害も大きく川の容貌も
酷かったにも関わらず、、と

この川に
山からようやく出てきた時。
そのあまりに、
綺麗なメラルドの水と
真っ白い河原のコントラスト
山々の青さが
畏怖を覚えるほど
鮮やかで、

チョウコとキコが感嘆の声を
上げたけど
リンネは川の猛々しさを、
そう
説明をした。

今も昔も
伊勢路はこの川を越えなければ
ならない
禊の川だとも。



「 あたしがな、不良やて言われて
たのん、いっつも遅刻する
ギリギリで車に乗ってたんも、
あるねん。車ん中で、パン
かじっとたわ。ウケるやろ。」

「 あの、逆に車で送迎って、不良
じゃなくて、いかにもお嬢様っ
て感じるの、わたしだけです?」

一瞬、腕時計を確認しながら
チョウコの言葉に、リンネが
キコに疑問を投げた。

「 うちも思うぅ!やけど車でパン
ってぇ、漫画やわ~。ようある
トースト口に走るヒロイン!」

キコは弁当を食べ終てから、
電話を静かなる
ジェットライナーの群れに
しきりに向けていたのを

「 そないなお嬢のチョウコさんが
どないなりはって、獣道で
リュウさんとランデブーに
なりますのん?あぁ、山賊さん
ネタ、ここかかりますのん?」

わざとらしく口に手を当てて
おちょくってくる。

「 キコさん、悪いなぁ。さすが
やわ。ちゃうねん、うちの
中学って、山ん上にあって、
すっごい坂やねん。やから、
車はズルわからんように、
門の近くで降ろして
もろとったんやけど、なんや
遅刻間際の生徒がみんな、
近道やゆーて、獣道を上がる
んよ。そしたら、門の先生に
遅刻でもつかまらんねん。」

チョウコを挟んでキコの反対に
座るリンネも、食べ終え
静かにチョウコの話を
聞いて

「 それがわかって、あたしも
獣道を探して上がってこーって
思ったんがアカンかってんな。
迷ってもーて、よーわからん
薮ん中歩いてたら、山の上に
出てしもてん。そこにおったん
が、リュウちゃん。友達と
缶コーヒーしてたんよなぁ。」

「それ、タバコ吸ってません?」

リンネが突っ込む。

ただ、今度ばかりは
キコも大人しめにチョウコへ

「 それ顔の絵がついたぁコーヒー
ですのん?飲んではったの。」

確認する。

「 アハハ、リンネさん言うとおり
やろな。キコさん、そやであの
コーヒーやねん。海出る時も、
缶コーヒーとタバコだけやし。
あ、漁師ってなあ、そんなんや
ねんて、海おる時なんかはさ」

その瞬間、
チョウコの口が戦慄くのが
両側に座る
キコとリンネにも わかった。

「 なあ、あたしへんなんかなあ。
いつまでもこんなんで。
なんでやろなあ。
あんなんなって、はじめて
海って雷、よー落ちるやって
知ってん。ほんでも、ふつう
ないやん。そんなん。
ワルやから、丘で逝かれへん
のやとか、言うのんおったり
するんやで。関係ないやろ。」

チョウコの目には
いっぱいの涙が溢れていても
話す口は淀みなく
吐露する。

キコが、リンネを見る。
リンネが、それを受けて
チョウコの背中を
トントンと撫でた。

「 この川の河原、白くて綺麗
でしょ。でもとても、つまりや
すい砂利なんで、昔から船が
立ち往生するんです。だから、
海からの入口に宝印塔を立てて
中に経を書いた小石を沢山入れ
て、舟の安全を祈念して
るんです。同じ様な塔が、分岐
にあった首なし地蔵。本当は、
宝印塔だって、学生さん言って
たでしょ?覚えてますか?」

声を上げるでもなく、
両の目に溜まる涙を
落とすことなく、
エメラルドの川を見つめる
チョウコに、リンネは
続ける。

「 わたしたち、ある意味逆に
歩いて来ましたけど、あれが
宝印塔なら、亡者の出逢いの
入口はあそこからになります。
そして 先は、お寺も越えて
海なんですよ。もう、海です」

チョウコの口が曲がる。
キコが、手拭いを渡すと
黙って、チョウコは使う。

それを見届けて、
リンネが

ゆっくり 立ち上がった。

「 さあ、行きましょ。呼んでた
タクシー、来ましたから。」


「リンネさん、何処いきはるん」

キコもチョウコを助けて
腰を上げると、
白装束をパンパンと
はたく。

「 この国で1番古いといわれる
社です。古道三山信仰より
遥かに古い聖地。
日本人のルーツの場所です。」

リンネも白装束を
キリッと直して

黒光りするタクシーを指差した。