会社まで行ったは良いものの、どうして良いか分からなかった。
時刻を確認すれば、あと10分で20時になろうとしている。
社内は電気が付いているものの、受付は閉まっているようだった。
彼女はもう帰ってしまっただろうか。
「沢村…。」
小さく彼女の名前を呟いた、その時だった。
チリンッ。
「え…。」
聞き覚えのある鈴の音に、思わず自分のポケットに触れた。
俺の持っている風鈴はポケットにある。
でも今鳴ったのは、これじゃない。
「…今のは…」
“離れ離れになったとき、この風鈴の音で2人を引き寄せる。”
夏祭りの屋台で出会ったおじさんの言葉を思い出して、俺は音のした方へ走り出した。
チリンッチリンッ。
鳴り響く鈴の音は段々と大きくなっていって、それに合わせて自分の鼓動も高鳴っていっているように感じた。
チリンッ…。
「…あ…れ…。」
数十メートル先。しゃがみこんでいる人影を見つけて足を止めた。
その人が立ち上がった瞬間、俺は目を見開いた。
チリンッチリンッ。
「沢村!!!」
声を上げた俺の声が響き渡って、ゆっくりと彼女がこちらに目を向けた。
目を見開く彼女が、確かに俺の名前を口にしたのが分かった。
沢村だ…。
じんわりと涙が込み上げてきそうになって、必死に堪えながら笑みを溢す。
息を整えてから、ゆっくりと彼女の方へ歩み寄った。
息を整えても、加速した鼓動は落ち着かずにより一層速度が増していく。
近づけば鮮明に見えてくる彼女の姿に、胸が高鳴った。
あの頃よりも少し大人びて、綺麗になった彼女の表情は少し柔くなったように思う。
彼女の目の前で足を止めた、その時だった。
俺の脳裏に何かが浮かぶ。
それは見たこともない光景。
赤く、オレンジ色に染まる教室に、制服を身に纏う彼女が立っていた。
『好きです。』
そう確かに口にした彼女に目を見開いた。
体が勝手に動いてるような感覚に襲われる。
彼女の元まで行くと、暫くしてその華奢な体を自分の胸へと引き寄せた。
これは…俺の記憶…?
分からない。
こんな記憶、俺の中には存在していない。それは確かなのに。
でも、それでも。
目の前で不安げに顔を歪める彼女を、抱き締めたいと思った。
そう思ったらもう彼女の腕をつかんで、自分の胸へと引き寄せていた。
「え…。」
困惑している彼女などお構いなしで、俺は彼女を強く抱き締めた。
この温もりを、優しい香りを、俺は知っている。
実現しなかった過去で、俺は彼女を何度も抱き締めた。
でも違う。
それだけじゃない。
それだけではなくて、俺は高校生の時も。
そう思うのに、もう何も思い出せなかった。
それでも先程の記憶は、自分のものなのだという確信があった。
「会いたかった…。」
あの時から、ずっと…。
俺の言葉に、ふと彼女の力が抜けるのが分かった。
「にし…かわくん…。」
少し震えた彼女の声が鼓膜を揺らしたのと同時に、控えめに背中に腕が回されたのを感じた。
「私も…会いたかった…。」
「っ…。」
優しく響くその声に、堪えていた涙が溢れ落ちた。
俺の方に体を預けてきた彼女の体を、先程よりも強く抱き締める。
嫌いだった。
理不尽に人を傷付ける他人が。
塞ぎ込んで、母に当たって。
かけがえの無い存在が亡くなって、自分の不甲斐なさを知った。
絶望に呑み込まれた時。
そこに現れた一筋の光が、俺をここまで導いてくれた。
母さん。
あなたに伝えられたごめんなさいもありがとうも、全て無くなった。
『幸せを一緒に作っていこう。』
彼女が言った言葉も、俺の中にしかない。
それでも。
あの出来事が全て夢でも、夢じゃなかったとしても。
俺が変われたのは紛れもなく現実だから。
伝えられなかった言葉を全部、俺は人に言える人間になる。
『幸せを一緒に作っていこう。』
無くなってしまった言葉は今度、俺が君に伝える。
縁を繋いでくれてありがとう。
脳裏に浮かぶコウの姿に、俺は笑みを溢した。
チリンッ。
密かに鳴り響く鈴の音が2つ、確かに重なったような気がした。
時刻を確認すれば、あと10分で20時になろうとしている。
社内は電気が付いているものの、受付は閉まっているようだった。
彼女はもう帰ってしまっただろうか。
「沢村…。」
小さく彼女の名前を呟いた、その時だった。
チリンッ。
「え…。」
聞き覚えのある鈴の音に、思わず自分のポケットに触れた。
俺の持っている風鈴はポケットにある。
でも今鳴ったのは、これじゃない。
「…今のは…」
“離れ離れになったとき、この風鈴の音で2人を引き寄せる。”
夏祭りの屋台で出会ったおじさんの言葉を思い出して、俺は音のした方へ走り出した。
チリンッチリンッ。
鳴り響く鈴の音は段々と大きくなっていって、それに合わせて自分の鼓動も高鳴っていっているように感じた。
チリンッ…。
「…あ…れ…。」
数十メートル先。しゃがみこんでいる人影を見つけて足を止めた。
その人が立ち上がった瞬間、俺は目を見開いた。
チリンッチリンッ。
「沢村!!!」
声を上げた俺の声が響き渡って、ゆっくりと彼女がこちらに目を向けた。
目を見開く彼女が、確かに俺の名前を口にしたのが分かった。
沢村だ…。
じんわりと涙が込み上げてきそうになって、必死に堪えながら笑みを溢す。
息を整えてから、ゆっくりと彼女の方へ歩み寄った。
息を整えても、加速した鼓動は落ち着かずにより一層速度が増していく。
近づけば鮮明に見えてくる彼女の姿に、胸が高鳴った。
あの頃よりも少し大人びて、綺麗になった彼女の表情は少し柔くなったように思う。
彼女の目の前で足を止めた、その時だった。
俺の脳裏に何かが浮かぶ。
それは見たこともない光景。
赤く、オレンジ色に染まる教室に、制服を身に纏う彼女が立っていた。
『好きです。』
そう確かに口にした彼女に目を見開いた。
体が勝手に動いてるような感覚に襲われる。
彼女の元まで行くと、暫くしてその華奢な体を自分の胸へと引き寄せた。
これは…俺の記憶…?
分からない。
こんな記憶、俺の中には存在していない。それは確かなのに。
でも、それでも。
目の前で不安げに顔を歪める彼女を、抱き締めたいと思った。
そう思ったらもう彼女の腕をつかんで、自分の胸へと引き寄せていた。
「え…。」
困惑している彼女などお構いなしで、俺は彼女を強く抱き締めた。
この温もりを、優しい香りを、俺は知っている。
実現しなかった過去で、俺は彼女を何度も抱き締めた。
でも違う。
それだけじゃない。
それだけではなくて、俺は高校生の時も。
そう思うのに、もう何も思い出せなかった。
それでも先程の記憶は、自分のものなのだという確信があった。
「会いたかった…。」
あの時から、ずっと…。
俺の言葉に、ふと彼女の力が抜けるのが分かった。
「にし…かわくん…。」
少し震えた彼女の声が鼓膜を揺らしたのと同時に、控えめに背中に腕が回されたのを感じた。
「私も…会いたかった…。」
「っ…。」
優しく響くその声に、堪えていた涙が溢れ落ちた。
俺の方に体を預けてきた彼女の体を、先程よりも強く抱き締める。
嫌いだった。
理不尽に人を傷付ける他人が。
塞ぎ込んで、母に当たって。
かけがえの無い存在が亡くなって、自分の不甲斐なさを知った。
絶望に呑み込まれた時。
そこに現れた一筋の光が、俺をここまで導いてくれた。
母さん。
あなたに伝えられたごめんなさいもありがとうも、全て無くなった。
『幸せを一緒に作っていこう。』
彼女が言った言葉も、俺の中にしかない。
それでも。
あの出来事が全て夢でも、夢じゃなかったとしても。
俺が変われたのは紛れもなく現実だから。
伝えられなかった言葉を全部、俺は人に言える人間になる。
『幸せを一緒に作っていこう。』
無くなってしまった言葉は今度、俺が君に伝える。
縁を繋いでくれてありがとう。
脳裏に浮かぶコウの姿に、俺は笑みを溢した。
チリンッ。
密かに鳴り響く鈴の音が2つ、確かに重なったような気がした。