俺が戻った過去で、彼女が言っていた高校に俺は見事入学した。
胸を高鳴らせながら見たクラス表に、“沢村幸乃”の名前を見つけて泣きそうになるくらい胸が苦しくなった。
やっぱり、縁が繋がっているんだ。
胸を高鳴らせながら行った教室。彼女が座ってるであろう窓際の一番後ろの席に目を向けて、俺は絶句した。
あの頃見ていた笑顔は、そこにはもうなかった。
表情も、感情も。
まるであの過去に置き忘れてしまったかのように、目の前の彼女は無表情のままぼんやりと窓の外を見つめていた。
彼女に、一体何があったのだろうか。
何とか仲良くなろうと話し掛けても、彼女は俯いたまま、目を合わせることもなくずっと作った表情を浮かべるだけだった。
変えたいと思った。
あの笑顔を取り戻したいと思った。
席が隣になったことをチャンスだと思い、めげずに何度も話し掛けた。
それでも、彼女が俺と目を合わせてくれることはなかった。
彼女はいつも本を読んでいた。
俯いて。まるで人と壁を作っているように思えた。
お昼になればどこかへ行ってしまう。
さすがにそれを追い掛けることは出来なくて。
もう無理なのかと諦めそうになったこともあった。
それでも、不意に彼女の鞄から見えたあのお気に入りチョコレートが、俺の沈んだ心を持ち上げてくれた。
まだ、お気に入りなのかな。
俺の鞄にも入ったチョコレート。
それを話題に話し掛けようとしても、結局は失敗に終わった。
2年3年と、彼女とはクラスが離れてしまった。
それでも話し掛けることはやめなかった。
廊下ですれ違えば必ず話し掛けて、休み時間は彼女のクラスへ行って、同級生と話すついでを装って彼女に話し掛けた。
けれど、結局何も変わらなかった。
悔しかった。
悲しかった。
何もできない。
助けてあげられない。
「なんでうまくいかないんだ…。」
そう嘆いても、事態が変わることはなく。
もう3年も終わりに近付いていて、進路が決まっている者が大半だった。
大学への進学が無事に決まっていた俺だが、彼女の進路を俺は知らない。
このままでは卒業して終わってしまう。
そんなことを考えながら、ぼんやりと廊下を歩いている時だった。
「ほんっと腹立つよな。西川の奴。」
教室から聞こえてきたそんな声に、ピタリと動きを止めた。
「ああいう奴は何考えてるかわかんねーよな。誰彼構わず愛想振りまいて。女にモテたいがためだろ?」
「そうそう。顔が良いからって調子にのってな。誰とも付き合わないのもモテてんのに浸ってたいだけだろ?学校の外じゃ色んな女引っ掛けてるよ、ああいう奴は。」
ゲラゲラ笑う汚い笑い声に、自分の心が冷えていくのが分かった。
『人に優しい人間で在りなさい。』
小さい頃に言われた母の言葉が脳裏を過る。
人に優しく、できるだけ分け隔てなく笑顔を絶やさずに接してきた。
だから陰口を言われることは多かった。
女の子は俺を好いてくれて、でも男はみんな俺を嫌った。
罵声を浴びせられた事もあった。
殴られた時もあった。
それでも、俺はそれをやめようとは思わなかった。
でも、いつしか思った。
なんで俺はこいつらのような黒く汚い人間と同じ空間にいるのだろうか。
優しく接しなければいけないのだろうか。
そう思ったら、笑えなくなった。
優しく出来なくなった。
そんな俺に、周りは近付かなくなった。
『西川くんって本当はあんな感じなんだ。幻滅した。』
そう言って話す女の子も、黒く汚いなと感じた。
結局はそう。
俺の外面しか見ていない。
『カッコいいのに勿体ない。』
なんで俺の中身を見てくれない?
どいつもこいつも。
もう人と関わりたくなかった。
面倒だと思った。
下らない。本当に。
未だに俺の悪口で盛り上がる奴等から遠ざかろうとした時だった。
ぽんっと背中を誰かに叩かれて、反射的に振り返る。
「え…」
初めて、彼女と目が合ったように思った。
眉を寄せて、少し気まずそうに沢村はそこに立っていた。
もしかして、話を聞いていたのか。
『学校の外じゃ色んな女引っ掛けてるよ。』
先程口にしていたクラスメートの言葉を思い出して息を呑む。
そんなことしていない。
それだけは弁解しなくては。
そう思って口を開きかけたところで、俺よりも先に沢村が口を開いていた。
「下らないね…。」
「え…。」
目を見開く俺に、彼女は控えめに優しく微笑んだ。
「気にしなくて…良いと思う…。西川くんは…西川くんらしく…。」
それだけ言うと、彼女は俺の横を通りすぎて行ってしまった。
ドキンドキンと、胸が熱くなって大きく脈打っていた。
『西川くんは…西川くんらしく…。』
「…っ…。」
久し振りに見た彼女の笑顔に、顔が熱くなって咄嗟に顔を手で覆う。
下らないと言った彼女に、涙が出そうになった。
そのままで良いと言ってくれた彼女に、胸が熱くなった。
また俺は、彼女に救われた。
悪口を言う声は、もう俺の耳に入ることはなかった。
暫くの間、そこから動くことが出来ずに、ただただ呆然としていた。
それから、自由登校になってしまったことで、彼女の姿を見掛けることはなくなった。
卒業式の日。もう後がなくなった俺は告白することを決意した。
彼女の中で、きっと俺はただの元クラスメートで、忘れ去られてしまう。それが嫌だった。どんな形でも良いから、俺という存在を彼女の中に残したかった。
付き合うのが無理と言われたら、友達になってくれと頼もう。
最後のHRを終えて、彼女の元へ行こうとしたところで、同じクラスの女の子に捕まってしまった。
好きですという言葉に、俺はごめんと言って断る。それが3回程続いて、彼女の元へ駆け出したときにはもう遅かった。
どこを探しても、彼女の姿はなかった。
色んな人に聞いても、知らないと言われた。
頭が真っ白になった。
俺の3年間は、呆気なく散っていった。
何も出来ず、何も残せず。
何をやっていたんだろうと思う。
呆然としたまま、クラスのみんなでご飯に行こうという誘いも断って俺は家に帰って自室に籠った。
日が暮れるまで、俺はただずっと呆然と空を見つめていた。
胸を高鳴らせながら見たクラス表に、“沢村幸乃”の名前を見つけて泣きそうになるくらい胸が苦しくなった。
やっぱり、縁が繋がっているんだ。
胸を高鳴らせながら行った教室。彼女が座ってるであろう窓際の一番後ろの席に目を向けて、俺は絶句した。
あの頃見ていた笑顔は、そこにはもうなかった。
表情も、感情も。
まるであの過去に置き忘れてしまったかのように、目の前の彼女は無表情のままぼんやりと窓の外を見つめていた。
彼女に、一体何があったのだろうか。
何とか仲良くなろうと話し掛けても、彼女は俯いたまま、目を合わせることもなくずっと作った表情を浮かべるだけだった。
変えたいと思った。
あの笑顔を取り戻したいと思った。
席が隣になったことをチャンスだと思い、めげずに何度も話し掛けた。
それでも、彼女が俺と目を合わせてくれることはなかった。
彼女はいつも本を読んでいた。
俯いて。まるで人と壁を作っているように思えた。
お昼になればどこかへ行ってしまう。
さすがにそれを追い掛けることは出来なくて。
もう無理なのかと諦めそうになったこともあった。
それでも、不意に彼女の鞄から見えたあのお気に入りチョコレートが、俺の沈んだ心を持ち上げてくれた。
まだ、お気に入りなのかな。
俺の鞄にも入ったチョコレート。
それを話題に話し掛けようとしても、結局は失敗に終わった。
2年3年と、彼女とはクラスが離れてしまった。
それでも話し掛けることはやめなかった。
廊下ですれ違えば必ず話し掛けて、休み時間は彼女のクラスへ行って、同級生と話すついでを装って彼女に話し掛けた。
けれど、結局何も変わらなかった。
悔しかった。
悲しかった。
何もできない。
助けてあげられない。
「なんでうまくいかないんだ…。」
そう嘆いても、事態が変わることはなく。
もう3年も終わりに近付いていて、進路が決まっている者が大半だった。
大学への進学が無事に決まっていた俺だが、彼女の進路を俺は知らない。
このままでは卒業して終わってしまう。
そんなことを考えながら、ぼんやりと廊下を歩いている時だった。
「ほんっと腹立つよな。西川の奴。」
教室から聞こえてきたそんな声に、ピタリと動きを止めた。
「ああいう奴は何考えてるかわかんねーよな。誰彼構わず愛想振りまいて。女にモテたいがためだろ?」
「そうそう。顔が良いからって調子にのってな。誰とも付き合わないのもモテてんのに浸ってたいだけだろ?学校の外じゃ色んな女引っ掛けてるよ、ああいう奴は。」
ゲラゲラ笑う汚い笑い声に、自分の心が冷えていくのが分かった。
『人に優しい人間で在りなさい。』
小さい頃に言われた母の言葉が脳裏を過る。
人に優しく、できるだけ分け隔てなく笑顔を絶やさずに接してきた。
だから陰口を言われることは多かった。
女の子は俺を好いてくれて、でも男はみんな俺を嫌った。
罵声を浴びせられた事もあった。
殴られた時もあった。
それでも、俺はそれをやめようとは思わなかった。
でも、いつしか思った。
なんで俺はこいつらのような黒く汚い人間と同じ空間にいるのだろうか。
優しく接しなければいけないのだろうか。
そう思ったら、笑えなくなった。
優しく出来なくなった。
そんな俺に、周りは近付かなくなった。
『西川くんって本当はあんな感じなんだ。幻滅した。』
そう言って話す女の子も、黒く汚いなと感じた。
結局はそう。
俺の外面しか見ていない。
『カッコいいのに勿体ない。』
なんで俺の中身を見てくれない?
どいつもこいつも。
もう人と関わりたくなかった。
面倒だと思った。
下らない。本当に。
未だに俺の悪口で盛り上がる奴等から遠ざかろうとした時だった。
ぽんっと背中を誰かに叩かれて、反射的に振り返る。
「え…」
初めて、彼女と目が合ったように思った。
眉を寄せて、少し気まずそうに沢村はそこに立っていた。
もしかして、話を聞いていたのか。
『学校の外じゃ色んな女引っ掛けてるよ。』
先程口にしていたクラスメートの言葉を思い出して息を呑む。
そんなことしていない。
それだけは弁解しなくては。
そう思って口を開きかけたところで、俺よりも先に沢村が口を開いていた。
「下らないね…。」
「え…。」
目を見開く俺に、彼女は控えめに優しく微笑んだ。
「気にしなくて…良いと思う…。西川くんは…西川くんらしく…。」
それだけ言うと、彼女は俺の横を通りすぎて行ってしまった。
ドキンドキンと、胸が熱くなって大きく脈打っていた。
『西川くんは…西川くんらしく…。』
「…っ…。」
久し振りに見た彼女の笑顔に、顔が熱くなって咄嗟に顔を手で覆う。
下らないと言った彼女に、涙が出そうになった。
そのままで良いと言ってくれた彼女に、胸が熱くなった。
また俺は、彼女に救われた。
悪口を言う声は、もう俺の耳に入ることはなかった。
暫くの間、そこから動くことが出来ずに、ただただ呆然としていた。
それから、自由登校になってしまったことで、彼女の姿を見掛けることはなくなった。
卒業式の日。もう後がなくなった俺は告白することを決意した。
彼女の中で、きっと俺はただの元クラスメートで、忘れ去られてしまう。それが嫌だった。どんな形でも良いから、俺という存在を彼女の中に残したかった。
付き合うのが無理と言われたら、友達になってくれと頼もう。
最後のHRを終えて、彼女の元へ行こうとしたところで、同じクラスの女の子に捕まってしまった。
好きですという言葉に、俺はごめんと言って断る。それが3回程続いて、彼女の元へ駆け出したときにはもう遅かった。
どこを探しても、彼女の姿はなかった。
色んな人に聞いても、知らないと言われた。
頭が真っ白になった。
俺の3年間は、呆気なく散っていった。
何も出来ず、何も残せず。
何をやっていたんだろうと思う。
呆然としたまま、クラスのみんなでご飯に行こうという誘いも断って俺は家に帰って自室に籠った。
日が暮れるまで、俺はただずっと呆然と空を見つめていた。