沢村と離れて、母は泣き笑いの笑みを浮かべて言った。

「素敵な子に出会わせてくれてありがとう。夢が叶った。」

ありがとうと何度も頭を下げた。

また会いたいと口にした母の願いは、叶うことはなかった。

その年の冬。
母はこの世を去っていった。
死ぬ間際、母は俺に言った。

「これからどんなことがあっても諦めないで。陸は変われたんだから。」

そう言った母の笑顔を、俺は一生忘れないと思った。

幸せをありがとう。

そう口にして、母は眠りについた。



葬儀を終え、泣きつかれて寝てしまった空をベッドに運んで、俺は自室へ戻った。

スマホを手に取り、沢村へ電話を掛ける。

母が亡くなった日も、俺は彼女に電話を掛けた。

母の最期の言葉を彼女に伝えたくて。

『幸せをありがとう。陸を好きになってくれてありがとう。幸乃ちゃんに出会えて良かった。』

そう伝えてと言った母の言葉を伝えれば、彼女は泣きながら、ありがとうと口にしていた。

プルル…。無機質な電子音が数回なった後、彼女の優しい声が鼓膜を揺らした。

「葬儀終わった…。」

そっかと、少し控えめな声が鼓膜を揺らす。

「ありがとう…。俺のこと、母さんのこと支えてくれて…。」

『…少しでも役に立ててたなら良かった…。』

照れくさそうに笑う彼女に、俺は行きたい場所があるんだと告げた。

「来年で良いんだ…。母さんと父さんの思い出の場所に、連れていきたい…。夕日と、星空が綺麗な場所なんだ。」

家族で行った、最後の場所。

『私も見たい…。楽しみにしてるね。』

「うん…。楽しみにしてて。」

そう口にして、俺たちは電話を終えた。

ベッドに寝転んで、ぼんやりと母のことを思い出していた。

いつでも笑顔を絶やさず、俺が引きこもった時もきちんと向き合ってくれた。
強く当たっても、母は諦めることなく、呆れる事なく俺を見ていてくれた。

視界がぼやけた。
瞬きをすれば、涙が溢れ落ちていく。
何粒も何粒も。

瞼を閉じれば、母の笑顔が浮かんだ。

『幸せをありがとう。』

「…幸せを…ありがとう…。どうか安らかに…。」

そう呟いて、俺は意識を手放した。