楽しい時間はあっという間に終わった。

母は、沢村がお義母さんと呼ぶ度に、心底嬉しそうな表情を浮かべていた。

家で着替えを済ませ、沢村を送っていくと母に告げれば、母は少し切なそうにしてから、今日はありがとうと口にした。

「いえ。こちらこそ。昨日も今日も、素敵な時間を過ごさせていただきました。」

「良かった…。私も、幸乃ちゃんに会えて良かった。幸せな時間をありがとう。」

そう言って母は、沢村をそっと抱き締めた。

「本当に…ありがとう…。」

密かに震える母の声に、沢村は一瞬切ない表情を浮かべた。

「…明日、お見送りに来ても良いですか…?」

「え…?」

「駄目ですか?お義母さん…。」

目を見開く母に彼女がそう言えば、母は泣きそうになるのを堪えながら、来てと優しい笑みを溢しながらそう口にした。




「ありがとう…。」

帰り道。そう呟いた俺に、彼女はこちらこそと小さく呟いた。

少しだけ、申し訳ない気持ちが生まれる。

母の夢を叶えたいがために、こうして彼女を振り回しているように思えてしょうがなかった。

もちろん、こんなにも素敵な人を、母に会わせたいと思ったのが大半なのだが。

それでも、学生の恋愛を重くしてしまっているように思えた。

「…素敵な人たちに、会わせてくれてありがとう。」

不意に聞こえた声に顔を上げれば、彼女は優しく笑っていた。

「お義母さんとお義父さんと、空くんと色んな話出来て良かった。一緒に料理して、みんなが、西川くんが美味しいって食べてくれたのが嬉しかった。浴衣着させて貰って、お祭り行けたのが楽しかった…。」

震え始めた彼女の声に、胸が痛くなる。

そこで気が付いた。

彼女は知っている。
母がいなくなることを。
それなのに会わせてしまった。
思い出を作ってしまった。

「さわむ」

「怖いよ…。」

「…っ…。」

涙を流す彼女の腕を引いて、すぐに自分の胸へと引き寄せた。
ごめんと何度も言えば、彼女は俺の腕の中で首を横に振る。

「出会えて嬉しい…。本当に…。あんな素敵な人になりたいって思った…。お義母さんがくれた優しさを、思いやりを、幸せを繋いでいきたいって思った…。肉じゃが…私作れるから…。西川くんのために作るから…。西川くんには、私がいるから…。だから…だからこれからは…」

一緒に幸せを作っていこう。

そう呟いた彼女の体を、力強く抱き締めた。

幸せにしたいと思った。
幸せになりたいと思った。

父と母のように。
父と母が与えてくれた幸せを。
作りたいと思った。

ありがとう。

震える声でそう呟いた。

怖い。母がいなくなるのは。
泣いても泣いても、このやるせない思いは変わらない。
それでも時は進んでいくから。
1分でも1秒でも思い出を作ろう。
母が最期の時まで幸せでいられるように。
そして繋いで行く。
与えてくれた幸せを。
作り上げた幸せを。

あなたがくれた愛を、育んでいくから。

だから今は、沢山の思い出を作ろう。