次の日。
沢村を家に連れていけば、母はすぐにこっちと言って沢村を連れていってしまった。

なんだろうか。
このとられた感じは。

実の母親に僅かな嫉妬をしていることが恥ずかしくて、それを紛らすために、俺も用意された浴衣に着替え始める。

「兄ちゃん見て!」

父に着せて貰ったのか、空はぴょんぴょん跳ねながら浴衣を俺に見せびらかしてくる。

「お、カッコいいじゃん。」

「へへ!幸乃ねーちゃんもカッコいいって言ってくれるかなぁ?」

「こら、空。あんまりそういうこと言うな。おにーちゃんがヤキモチ妬いちゃうからなぁ。」

「妬かねーよ…。」

少しぶっきらぼうに言えば、父さんはクスクスと笑っていた。

「母さんにとられて妬いてるくせに。」

図星をつかれたことに何も言えなくて、俺はそのまま無視をして浴衣に着替えるのに専念した。

暫くして、隣の部屋から母のはしゃぐような声が聞こえてくる。

「ねー見て!幸乃ちゃん可愛いの!」

そう言って勢いよく襖を開けた母は、ほら!と、まるで自慢するかのように沢村を俺たちに見せた。

「おー!幸乃ちゃん似合うなぁ。可愛い。」

「幸乃ねーちゃんかわいー!」

照れくさそうに笑う沢村から、目を離すことが出来なかった。

「なに見惚れてんだよ。」

その言葉と共に頭を叩かれて、ふと我に返る。

「どう?陸。可愛いでしょ?」

自慢げにそう言う母から視線を外して頭を掻いた。

「ど、どうって…。か、可愛いよ…。」

白と赤の鮮やかな百合が咲き誇る浴衣は、彼女にとても似合っている。

チラッと沢村に視線を向ければ、彼女は頬を染めながらも、照れくさそうに俺に向かってありがとうと口にした。

その笑顔にまた胸が高鳴って、鼓動が加速していく。

そんな俺に気が付いたのか、父と母はからかうような笑みを浮かべながらこちらを見ていて、視線を外して俯く。

「も、もう行こう…。」

そそくさと玄関へ向かえば、照れんなよという父の愉快そうな声が聞こえてきたけれど、無視をした。

「母さんも似合ってる。幸乃ちゃんと並ぶと本当に親子みたいだなぁ。」

「ありがとう。お父さんも似合ってる。カッコいい。」

「ねー幸乃ねーちゃん!おれはカッコいい?」

「うん、カッコいい。とっても似合ってるよ。」

母と父はいちゃつき、空は沢村になついていて、何とも言えない疎外感を感じて振り返る。

沢村を見れば、俺の視線に気が付いたのか空の頭を撫でるとこちらに近付いてきた。

「…西川くんもカッコいい…。」

「っ…。あ、ありがとう…。」

言われるとは思っていなかった。
照れくさそうに笑う彼女に、俺も笑みを浮かべる。

祖父と祖母に行ってくると言って、俺たちは家を出た。


前を歩く母と沢村を、俺はぼんやりと見つめた。

「ねぇ幸乃ちゃん。」

「はい。」

「…私のこと、お義母さんって呼んでみて。」

冗談混じりに、母はそう口にした。え!と声を上げる沢村に、冗談だよと母は笑う。
それでも一瞬、母は切なそうな表情を見せて、でもすぐにいつもの笑みに変わった。

『お義母さんって、そう呼んで貰いたい。』

父が口にした、母の叶えられない夢。

密かに胸が痛んで俯けば、不意に肩に手が置かれて顔を上げる。

見上げれば父がどこか切なそうに笑っていて。
会話を聞いていたのかと悟った。

「陽向さん。」

信号で立ち止まったとき、ふと沢村が母を呼ぶ声が聞こえてもう一度そちらに視線を向けた。

なぁに?と嬉しそうに返す母に、沢村は少し気恥ずかしそうに口を開いた。

「お、お義母さん…。」

呟いた言葉に、俺も母も目を見開く。

「…今日はそう呼んでも、良いですか…?」

よく気が付く子だなと思った。
きっと、彼女はさっきの母の切なそうな表情を見逃さなかった。

母さんに会って欲しい。
俺が言った事が、母さんが叶えたかった事だと彼女は悟ったのだろうか。

「ありがとう…。」

少し震えた声を発しながらも、母はすぐに嬉しそうに笑ってもちろんと口にした。

信号は青に変わって、俺たちはまた歩き始める。

隣を歩く父が密かに、良い子だなと言葉を漏らして、俺は深く頷いた。