『この先、私は幸乃と関わることはないと思う。』

高校の卒業式の日。
なんの前触れもなく言われたその言葉は、私の心を傷つけるには十分な刃だった。

何も言わない私に、聡美は無表情のまま、じゃあとだけ言うと行ってしまった。
今でも思い出す度にあの頃の傷が疼いて、どうしようもなく泣きそうになる。

彼女と初めて会ったのは中学3年生の時だった。
同じクラスで、たまたま席が隣になったのが始まりだった。
それまで私は彼女の素性など一切知らず、名前すらも知らなかった。だから彼女が私の名前を口にした時、彼女の名前を言えずに焦ったのを今でも覚えている。

それからだった。彼女が他愛もない話を口にして、私がそれを聞く。
彼女にとって私が仲の良い友人の枠に入っていたかどうかは分からないけれど、その時から私にとって彼女は確かに仲の良い友人だったのだ。

高校が一緒だったのは偶然だった。
中学2年生の頃、母の知り合いの娘がここの高校に通っており、もし行くなら制服をゆずるという約束をしたのが、私がこの高校を行くことにしたきっかけだった。
その話をしたとき、聡美も同じ高校に行こうとしていたことを教えてくれた。

無事に私達はこの高校に入学し、3年間クラスが同じになることはなかったが、お昼ご飯は自然と一緒に食べることが多かった。

考えてみれば、その時の私と聡美の関わる場はそれしかなかった。段々と彼女の口数が減っていっていたことに薄々気付いていたけれど、それでも私から何かを話すことはなかった。

それが間違いだったと気が付いたのは、卒業式であの言葉を言われてからだった。

もしかしたら高校生活の最後の方は、私に同情して一緒に居てくれていたのかもしれない。
友達のいない私を、可哀想だと思って。
今さら彼女の優しさに気が付いて、同時に自分に対して失望した。
自分がどれ程彼女に対して心を開いていなかったか。
自分がどれ程彼女を知ろうとしなかったか。
社会に出て、完全に孤独になってからそれを知った。

ガコンッ。
高校生の頃によく買っていたお茶のパックのボタンを押しているはずの指は、隣の桃のジュースのボタンを押していた。

「甘そう…。」

とりあえずそれを拾い上げてぼんやりと見つめる。

「聡美…飲むかな…。」

お昼は必ず持参したお茶を飲んでいる彼女が、桃のジュースなんて飲むのかとも思ったが、そういえば彼女は甘いものが好きだったことを思い出す。

桃のジュースを片手に、もう一度お金を入れて今度こそお茶のボタンを押す。

ほんの少し、この桃のジュースで彼女と仲良くなれないだろうかと考えてしまう。
それでもこのジュース1本で仲良くなれるなんて到底思えなくて。こんな事を考えてる自分に嫌気がさした。


後悔が渦巻いて、自分の心を蝕んでいく。
どうしてもっと会話をしなかったのだろう。
どうして自分の事を話さなかったのだろう。
どうして相手の事を知ろうとしなかったのだろう。
どうして他愛のない話も出来なかったのだろう。
どうしてこんなにも自分は駄目なのだろう。

よみがえりそうになった嫌な記憶に蓋をするように、そこで考えるのをやめた。
結局自分はどうしようもなく駄目な人間なのだ。

「おねーさんは何で過去に戻ったのか分からないの?」

「っ?!!」

不意に聞こえた声に、自分の心臓が飛び跳ねるように鳴ったのを感じた。
声のする方に振り返れば、そこには見覚えのある少女、サチが優しい笑みを浮かべて立っていた。

「え…なんで…」

「諦めたふりをして、おねーさんは望んでた。過去に戻ることを。」

告げられた言葉に目を見開いた。

何を…言ってるの…?

私のことなどお構いなしに、サチはそのまま言葉を続けた。

「あの時ああしていれば、こうしていれば。後悔だけがおねーさんの心を蝕んで。でも過去に戻ることなんて出来ないから、おねーさんはいつも自分を責める。じゃあ今度は自分を変えよう、心を入れ替えよう、そう思うのに、今度は変わることを恐れた。そして諦めて。また自分を責めて。無限ループ。」

「………。」

気付けばサチの方から視線を外して、私は俯いて呆然としていた。
全てが事実だった。

「聡美さんの言葉で、自分がどれ程心を開いていなかったか、世間でいう友情というものを育んでいなかったか気がついた。それだけじゃない。過去の過ちのせいで、自分はまともに会話ができず、表情も表に出せないことも知った。」

「っ…」

過去の過ちという言葉で、胃が熱くなり、胸の辺りが気持ち悪くなっていく感覚がした。

やめて。聞きたくない。

そう自分の心が叫ぶのに声をうまく発する事が出来なくて息苦しくなっていく。

「社会に出てもそれは変わらず。なんならもっと悪化して、自分がどれ程孤立しているかをより一層自覚させられた。そうしておねーさんは毎日涙と後悔ばかりの生活を」

「やめて!!!」

はぁ、はぁと、走ってもいないのに息が上がっていた。
脈打つ鼓動は正常の速度を保っていなくて、加速していくばかりだった。

「怖いよ、おねーさん。」

無意識にサチを睨み付けていた私に、彼女は小さくため息をついてそう言った。

「本当に、自分がなんで過去に戻ってるのかをきちんと考えてみなよ。」

それだけ言うと、サチはそのまま風景に溶け込むかのようにスッと消えてしまった。

「………。」

1人取り残された私は、呆然と先程までサチがいた場所を見つめ続けていた。