「ただいま。」

いつもよりも大きな声でそう口にした。

案の定、早いわねという声とともに、母がこちらに顔を出してきた。

「え…。」

そして、母は目を見開いたまま俺ではなく後ろにいる沢村に視線を向けていた。

「こんにちは…。」

控えめな、けれどいつもより声を上げた彼女に、密かに申し訳ない気持ちが生まれる。

「え、あ、え?あ…こんにちは!」

完全に戸惑っている母はあたふたと足を動かすと、こちらまで歩み寄ってきた。

一昨日。母に会ってほしいと言った俺のお願いに、彼女は暫くの沈黙のあと戸惑いを見せながらも頷いてくれた。

母に会ってほしいと言うよりも、正確に言えば家族に会うことになってしまったことを申し訳なく思う。

幸いなことに、今日明日は祖父母がいないため、彼女が会うのは母と父と、そして弟の空になるのだが。

母の戸惑いぶりに、父と弟がどうしたとこちらに顔を覗かせて、益々混乱した状況が生まれる。

「えと…沢村…幸乃です…。あの、私」

「兄ちゃんの彼女!!」

彼女の言葉を遮るように、空が声を上げる。

目を見開いた母と父が、一斉にこちらに視線を向けた。

「え…あ…そ、そう…。」

顔に熱が集まるのを感じながらなんとか頷けば、母が息を呑むのがわかった。

「よ、よろしくお願いします。」

頭を下げた彼女に、母はびっくりしたような顔をしていたが、すぐに目を細め、嬉しそうな笑顔を浮かべて彼女を見つめた。

「陸の母です。よろしくね、幸乃ちゃん。」

いつもより弾んだような母の声に、沢村は顔を上げると控えめに微笑んだ。

「幸乃ちゃん上がって。お昼ご飯は食べた?」

「あ、食べてきました。すみません、お邪魔します。」

靴を脱いで、彼女はもう一度お邪魔しますと口にして上がった。

「こんにちは、幸乃ちゃん。陸の父です。よろしく。で、こっちが陸の弟の空だ。」

「こんにちは!」

元気よく挨拶する空に、沢村は視線を合わせるようにしてしゃがみこんで、よろしくねと照れくさそうに口にした。

「はは。こんな可愛い子連れてくるなんて、陸やるなぁ。」

「え、あ!そ、そんなことは…。」

謙遜する沢村に、リビングの方から母が彼女の名前を呼んだ。

「ここに座って。今お茶淹れるわね。日本茶と、紅茶とコーヒーがあるけど何が良いかしら?」

「えと…おすすめ下さい…。」

そう言って笑った彼女に、母はじゃあ紅茶と言って台所の方に向かった。
そんな母を追い掛けるように、持ってきたお菓子を沢村は母に渡していた。

「…ほんとに、いい子連れてきたな。」

小声でそう言う父に、まぁと照れ隠ししながら呟く。

「ふっ…何照れてんだか。じゃあ、幸乃ちゃんにお義父さんって呼んで貰おうかな。」

「は?!」

声を上げる俺の事など無視して、父は母の手伝いをしている沢村の方に歩みよる。

「幸乃ちゃん。俺の事はお義父さんって呼んで良いからな。」

「え?!」

案の定驚く沢村に、今度は母が瞳を輝かせながら私も!と声を上げた。

「お義母さんって呼んでね!」

「え!あ、あの…」

「おれもー!あ!おれは幸乃ねーちゃんって呼ぶ!」

まだ意味も分かってないであろう空が声を上げて、混乱状態の沢村が助けを求めるように俺の方に視線を向けた。

その光景がなんだか嬉しくて、あたたかくて。

笑みを溢しながら、あんまり困らせるなと俺もその輪に入っていった。