「目、大丈夫?」

「だ、大丈夫!」

顔を覗き込んでくる彼の視線から逃れるようにして私は顔を背けた。

あれから、後夜祭を抜け出した私たちは2人で帰路を歩いていた。

肌寒い風が頬を吹き抜けてくるのに、何故だかその風が心地よく感じられる。

「…緊張してる…?」

「え…あ…。」

ぎこちない私の状況を不審に思ったのか、西川くんは眉を寄せて私を見つめてきた。

緊張はしている。
想いが通じ合って、沢山泣いて。ずっと彼は抱き締めてくれていて。
その事実が恥ずかしくて、でも嬉しかった。

俯いてゆっくりと頷けば、そっかと吐息混じりに西川くんは笑った。

「俺も…緊張してる…。」

顔を上げれば、頬を染めながら彼は嬉しそうに笑っていた。
その顔が愛しくて、胸がきゅっと締め付けられる。

「考えたこともなかった…。沢村と想いが通じ合えるなんて…。だから、正直現実味があんまりないんだけど…。でも、こうして隣に沢村がいるのが嬉しい…。なんかもう…心臓がやばい…。」

「…っ…。」

その言葉で、私の胸の鼓動が加速していく。

どくんどくん。
彼に聞こえてるのではないかと思うくらいに高鳴る鼓動を抑えたくて、そっと胸の前で手を握った。

「私も…夢みたい…。こうなるなんて思ってなかった…。本当に…西川くんは私を救ってくれた人で、感謝してもしきれないくらい。夏休みの時、1人で悩まないでって…。一緒に悩もう、笑い合おうって言ってくれたの、凄く嬉しかった…。…幸せは1人じゃ掴めない…。西川くんの言う通りだと思う…。だから…あの…私は西川くんと…」

そこまで言って、不意に手をとられた。
顔を上げれば、西川くんは泣きそうな顔で笑っていて。

次の瞬間には、また彼の腕の中に引き寄せられていた。

「幸せを作ろう。一緒に。これから先も、色んなことあると思う。それこそ笑えなくなるくらいのことも。でも、俺がいるから。俺だけじゃない。沢村には支えてくれる人が沢山いるから。だからその時は泣いて、一緒に乗り越えよう。それで、そのあとは沢山笑おう。嫌なことあったら、その倍幸せを作ろう。2人で、幸せになろう。」

じんわりとまた、涙が込み上げてきた。
唇を噛み締めてそれを止めようとしていれば、泣いていいんだよと優しい声が鼓膜を揺すった。

「俺の前では我慢しないで。全部受け止めるから。ありのままの沢村でいて。」

「っ…」

ぼろぼろとまた涙が溢れて、彼の胸に顔を埋めた。

ありがとう。
声にならない声でそう告げた。


色んなことがあった。
自分を見失って。
他人を真似て繕って。
本当の自分を知って。
自分を嫌いになって。
笑えなくなって。
他人を遠ざけて。
孤独を知った。

戻りたかった。ずっと。
過ちを犯した、中学2年のあの冬に。
やり直したかった。
そうしたらなに一つ壊れてなかったのかもしれない。

でもどうして私が戻ったのは“今”だったのか。

その理由が少し分かったような気がした。

あれがなかったら、私は今も自分というものを繕って、本当の自分を見失っていたのかもしれない。

あの出来事を乗り越えるチャンスを、サチはくれたのかもしれない。
見落としていたかけがえのない存在がいることを、サチは教えてくれたのかもしれない。

出会えて良かった。
“今”に戻って良かった。

ありがとう。
目の前の彼にも、支えてくれた友達にも、私を戻してくれたサチにも。
この気持ちが伝わりますように。

涙を流しながら、私は強くそう願った。