暗くなった空の下。
オレンジ色のキャンプファイアが辺りを照らしていた。

文化祭は無事に終了し、後夜祭が幕を開けた。
自由参加の後夜祭の出席率はほぼ100%に近いと、優奈は先輩から聞いたと言っていた。

キャンプファイアの炎を見つめて、こんな光景見たことないと思った。

辺りを見渡して、私は西川くんを探した。
3学年4クラス。
出席率が100%なら、この中から彼を見つけるのは至難の技だった。

この2日間、私は彼をまともに見ていない。
今日の文化祭終わりも、私は1人空き教室で心を落ち着かせていた。
教室に戻った頃には誰もいなくて、グラウンドの人だかりを目の当たりにしてすぐに駆け出した。

どこを探しても彼はいなくて、連絡をしてみようとポケットのスマホを手に取ろうとしたが、そこに目的のものはなくて絶句する。

だんだんと焦りが私の中に生まれてくる。

もしかしたら今、彼は告白されてるかもしれない。

そう思ったらいてもたってもいられなくなって、もう一度走り出そうとしたとき、右肩を誰かに叩かれて振り返る。

「よ!」

「河村…くん…。」

彼はいつものようににかっと笑うと、暇か?と口にした。

「あ…私いま」

「少しだけ。」

言葉を遮られて、思わず息を止める。
あまりにも低い彼の声に、私は呆然と彼を見つめた。

「5分でいい…。お前の時間をくれない?」

そう言った彼の顔からはもう笑みはなくて、真剣なその眼差しに思わず胸が鳴った。

河村くんに連れられて、端にある芝生までくると彼は腰を下ろした。
その横に少し間をあけるように座って、彼の方に視線を向ける。

「あー…。うん…。何て言うか…。文化祭で同じ班になってから…気になり始めた、お前のこと。」

告げられた言葉に胸が熱くなった。

「俺がイライラしてるのとか気付いてくれて、毎日大丈夫?って気に掛けてくれて、嬉しかった…。なんかもう…すげー好きだなって思った…。」

まっすぐとキャンプファイアを見つめる彼の表情は、少し強ばっているように思えた。
見ていられなくなって、思わず視線を反らす。

「文化祭準備の日も…わざわざ手伝わせて、2人になりたくて…。放課後も、手伝ってくれるって分かってて、わざと帰り際に声かけて忙しいことアピールした。今考えると、自分最低だなとか思う…。でもさ…そうでもしないと敵わないと思ったんだ。」

「え…。」

思わず顔を上げて彼の方に視線を向ければ、河村くんもまたこちらに視線を向けていた。
視線が交わる。
あまりにも切なそうに揺れるその瞳から視線を反らすことができなくて、呆然と彼の瞳を見つめた。

「好きなんだろ?西川のこと。」

「…っ…。」

息を呑んだ私に、彼は肯定と捉えたのかやっぱりと言って笑った。

「好きな子目で追ってると、嫌でも分かんだよ。」

ははっと笑いながら、彼はまた視線をキャンプファイアの方に向けた。
私も前を向いて、そのオレンジ色の炎を見つめた。

「告白すんの…?」

その問い掛けに、うんと小さく声を漏らして頷く。

「…俺応援とかしないから。叶うなって思ってる。フラれて、俺んとこ来れば良いのにって思ってる。」

彼のその言葉に、何故だか笑みがこぼれた。

「…なに笑ってんだよ…。俺まじで性格悪いからな…。本当、傷付いて泣いて、やっぱり河村くんが良いって言ってくれんの願ってるから。」

「傷付いて泣いたら、友達のところに行くって決めてるから。」

「はっ…来いっての…。ほんと…絶対叶うな…。」

そう言うけれど、彼の声音は優しくて、また笑みが溢れた。

「ありがとう…。」

好きになってくれて…。こんな私を想ってくれて…。
そんな想いを込めて呟いた私の言葉に、彼は盛大なため息をついた。

「お前…。ほんと好きだわ…。普通ここはごめんなさいだろ?」

「え…あ…ごめんなさ」

「今言うなよ!もういい…。あーあ…これやるよ。」

そう言って彼はポケットから何かを取り出すと、それを私の方に差し出してきた。

「え…?」

「手出せ。」

言われるがまま手を出せば、パッと開いた彼の手から何かが落ちる。
それは見覚えのあるあの黒い物体で、思わずうっと声を漏らす。

「あはは。落とさないだけ偉いな。それやるよ。それ持って告白行ってこい。そしてフラれて俺んとこ来い。」

ぱっと私から顔を背けて、彼はあははと笑った。
その顔を見てはいけないような気がして、私はまっすぐと前を向いた。

胸がずきずき痛み始める。
私は今、彼を傷付けているのだろうか。
それでも、私は彼を選べない。
傷つけないようにと、必死に頭を巡らせて言葉を選ぶ。

「本当に…ありがとう…。性格悪いって言うけど、私はそうは思わない。みんなのために文化祭のことすごく考えていたのを、私は知ってる。みんなの負担にならないように自分が全部背負い込んでたのを、私は知ってる。私のこと気に掛けてくれる、優しい人だってこと、知ってる…。ありがとう。好きになってくれて。私の自信に繋がった。」

そう言って立ち上がる。一歩前に出て彼の方は見ずに言葉を続ける。

「クワガタのこと、少しだけど好きになれるかもしれない。」

もう一度ありがとうと伝えて、私は走った。
胸がいっぱいになって、涙が溢れそうになるのを必死に堪える。

ありがとう。本当に。
あなたは優しい人だから、すぐにいい人が見つかる。幸せになってと、心から思う。

自信を持って、まではいかないけれど、それでも河村くんに言われた好きが、私に自信を持たせてくれた。
叶うかどうかなんて分からない。それでもあなたのように、きちんと想いを伝えられる人に、私はなりたいと思った。

ありがとう。



「クワガタじゃなくて、俺を好きになれっつーの…。あーあ…。心が痛いわ…。」

たった1粒。そう呟いた彼の頬に涙が伝ったのを、私は知らない。