「優奈!」

文化祭もそろそろ終わりを迎えようとしていた頃。
ようやく見つけた優奈は、桐島さんと2人で歩いていた。

目を見開いて私を見つめる優奈の前まで行き、桐島さんに向き直る。

「優奈のこと、少しお借りします。」

「え、」

「もちろん。」

「え?!」

桐島さんに頭を下げて、今度は優奈の方に向き直る。

「少し話がしたい。」

そう口にすれば、彼女は少し不安げな表情を浮かべながら頷いた。

人のいない空き教室を見つけて、私たちは窓際の席に腰を下ろした。

窓の外へ目を向ける彼女に、私はごめんなさいと口にする。

「優奈を傷付けた。」

「違う!傷付けたのは私…。昔のこと…掘り返して…。踏み込んじゃ駄目だって分かってたのに踏み込んで、幸乃を傷付けた…。本当に…ごめんなさい…。」

頭を下げる彼女に胸が苦しくなる。
優奈は何も、悪くないのに。

「…優奈は悪くない…。本当に。優奈が私のことを思って言ってくれたこと、泣いてくれたこと、嬉しかった。でもあの時、向き合えなかった。昔のことに囚われすぎてて、思い出したくなくて…。桐島さんに言われた。相手のこと、自分のことを立ち止まって考えてみてって…。優奈のこと考えて、もし立場が逆だったら、私も同じことをする。そう思った。友達の苦しい顔なんて見たくないし、何かあるなら相談に乗りたい。ごめんなさいを言うのは私。差し伸べてくれた手が嬉しかった。ごめんなさい…。そして、ありがとう。」

泣くのを我慢しながら、私は笑った。
彼女の方に視線を向ければ、彼女は俯いていて。けれど次の瞬間そんな彼女に抱き締められて目を見開く。

「ゆう…な…?」

彼女の名を口にするが返答はない。
代わりに聞こえてきた嗚咽を漏らすような声に、彼女が泣いていることに気がついて笑みが溢れる。

「ありがとう…。」

もう一度呟けば、彼女はゆっくりと顔を上げて笑った。

それから、私は全てのことを話した。
中学2年生の頃に起きたこと。彼と付き合って自分が嫌いになったこと。恋愛に臆病になったこと。西川くんとのこと。

泣きそうになりながらゆっくりと話す私の言葉を、彼女は静かに聞いてくれた。

「辛かったね…。でも、幸乃の選択が間違っていたとは私は思わない。だって、誰だって幸せになりたいのは当たり前。ただ、私はその彼が納得いかない。嫉妬させようとするのは本当に嫌。」

口を膨らませながら怒りを露にする彼女に、思わず目を見開く。

「でも、そういうのって付き合ってみないと分からないよね。私もね、たくさん嫉妬して、泰地くんに当たったこともある。当たったって言っても、事情は何も言わないで勝手に怒って嫌な態度を取ってた。すごく後悔したし、自分のこと嫌いになった。泰地くんにも嫌われるのが怖くて、遠ざけて。でもね、彼は向き合ってくれた。何のために言葉かあるの?口にしてくれないと分からないよって…。全部話したら、謝られた。不安にさせたねって。でも自分もそういう時があるから、ちゃんと言葉にするねって。それからちゃんと会話するようになった。自分は今こう思ってるとか。そしたら不安とか少しずつなくなって、こうして高校離れてもやっていけてる。会話って大事なんだなって本当に思う。彼のお陰で私は変われた。幸乃もさ、そういう人に出会えると思うんだ。みんながみんな良い人ではないから、傷付くこと沢山あると思う。でも諦めちゃ駄目。この世界には沢山人がいるから、合わない人もいるけど、必ず合う人もいる。何度傷付いたって大丈夫だよ。だって幸乃には、私たちがいるから。」

こんなにも温かい人たちがいる。
傷付いても、一緒に乗り越えてくれる友達がいる。

どうして私は今まで臆病になっていたのだろうか。

ゆっくりでいい。少しずつでいい。
変われたら、自分を支えてくれる人が必ず現れる。

いつかサチが言っていた言葉が、脳裏に浮かんで泣きそうになる。

何度傷付いたっていい。
支えてくれる人が、今ここにいるから。

「ねぇ幸乃。西川くんのこと、好き?」

どこか嬉しそうにそう尋ねてきた優奈に、私はゆっくりと頷いた。

「何度も助けてくれた…。優しさをくれた…。手を差し伸べてくれた…。笑顔に救われた…。そんな西川くんが、好き…。」

「ふふ…。大好きだね。」

その言葉に、一気に頬に熱が集まるのを感じて俯く。

「告白はしないの?」

「え?!」

くすくすと笑う彼女に、私はどうしていいか分からずにえ、いやと声を漏らす。

「あはは。それは幸乃のペースで良いんだよ。…なんか、こうして幸乃と恋ばなしてるのが嬉しい。」

優しく笑う彼女に、私も笑みが溢れる。

「でもひとつ心配なのが…ライバルが多いよね…。」

「え、あ…」

「西川くん、結構告白されてるらしいけど、好きな人がいるとかで断ってるらしくて、付き合った人はいないみたい。」

初めて聞く事実に、胸が騒ぎ始める。

好きな人がいる。
思い浮かぶのは黒崎さんで。
お似合いな2人の姿が脳裏に浮かんで、胸がずきずきと痛み始める。

「…さっきは幸乃のペースで告白しなって言ったけど…。この文化祭で告白する人多いみたいだよ?」

「え…?」

「イベント事があると、やっぱり急接近するからっていうのもあるけど、この学校ジンクスあるの知ってる?」

「ジンクス…?」

3年間この学校に通っていたが、そんな話は聞いたことがない。
でもそれは、私が人と関わっていなかったせいだろうか。

「後夜祭のジンクス。私は美術部の先輩から聞いたんだけど、後夜祭でやるキャンプファイアの前で告白して、両想いだとずっと一緒にいられるってジンクス。」

「え…?じゃあ両想いじゃないと意味ないってこと…?」

「意味ないことはないと思うけど…。でもまぁ、そうなるよね。結構成り行きで付き合っちゃう人多いから、すぐに別れたりするみたいだしね。」

さすがジンクスというところだろうか。
結局そこで両想いでも、合わなければ別れてしまうし、成り行きで付き合ったとしても合えばその関係は長く続くだろうし。

「でも、そのジンクスで行動に移す人は多いから。女の子なんて特に。」

その言葉にまた黒崎さんを思い出す。

もしかしたら彼女も…。

そう思ったらもう私は声を上げていた。

「私…告白する…。」

無理かもしれない。
いや。彼に好きな人がいるのなら、断られるのが落ちなのは分かっている。

それでも伝えたかった。
いつだって優しくて、手を差し伸べてくれて、救ってくれた彼のお陰で変われたことと、そんな彼が好きだということを。

何よりもありがとうを伝えたい。

「応援してる。」

優しく笑う彼女に、ありがとうと告げる。

「駄目なときは慰めてね。」

「もちろん。聡美ちゃんと3人でぱーっとやろう!あ、成功してもやるけどね。」

「ふふ…。ありがとう…。」

ゆっくりと緊張が押し寄せてきて、どくんどくんと胸が痛いくらいに脈打ち始める。

怖い。怖い。怖い。
でも、伝えたい。
この想いを。感謝の言葉を。

「よし。」

そう呟いて、暗くなり始めた空を見つめた。