「いやぁ…売れなかったな…。」

項垂れる河村くんに、同じグループの黄金川くんがそんなことないと声を上げた。

「ま、まぁ全体で考えれば射的とわたあめの売上は良いみたいだしさ。明日頑張れば良いじゃん!」

「そうだな…。よし!明日にかけよう!小さい子とか来たらこういうのやりそうだしな!」

黄金川くんの慰めで、河村くんはすぐに浮上した。

文化祭1日目は無事に終了した。

「幸乃、お疲れさま!」

こっちの教室に戻ってきた優奈は、腕が痛いよと顔をしかめていた。

「大丈夫?」

「とりあえずは。明日も頑張らないとな。あ!幸乃わたあめ食べてないでしょ?私作ってあげたかったのに。」

そう言われて、どきりと胸が鳴る。

「あ、ごめんね…。明日は行くから。」

そうは言っても、私は3組の教室には入れないでいた。

優奈がシフトに入っているときに、私はチラッと3組の教室を覗いた。

3組の教室にはわたあめと射的があって、不意に目を向けた射的の当番は、西川くんと黒崎さんだった。

お客さんはその時いなくて、近い距離で笑い合う2人に、また胸が痛くなって私はすぐにそこから逃げ出した。

思い出された2人の姿に、ずきずき胸が痛み始めて息を止める。

「幸乃?」

はっと我に返れば、優奈が心配そうに私を見つめていた。

「あ、ごめ」

「幸乃放課後時間ある?」

「え?」

初めて彼女からそう言われて、思わずキョトンと彼女を見つめる。

「少しで良いんだ。」

優しく笑う彼女に、私はうんと言って頷いた。


HRが終わった途端に、優奈は私の腕を掴んで教室を出た。

「優奈…?」

どこに行くのかもわからず、彼女の名前を呼んでも彼女は何も言わなかった。

連れて来られたのは中庭で、辺りは薄暗く少し肌寒い風が頬を掠めて身震いする。

「ゆう」

「どうして西川くんを避けてるの?」

彼女の名前を言い終わるよりも先に、優奈はそう口にした。

「え…?」

脈打つ鼓動は大きくて、まるで耳の中に心臓があるみたいにより大きく聞こえた。

「もう1回言うよ。どうして西川くんを避けてるの?」

確かに告げられた言葉に、もう聞こえないふりなど出来なくて咄嗟に俯く。

「おかしいよ…。この1ヶ月特に…。西川くんと話そうとしなくて…。でも西川くんのこと気にしてる…。西川くんと黒崎さんが話してるときは、何かに耐えてるような、諦めてるような顔をしてる…。」

彼女に全てを見透かされていたことに恥ずかしさと、僅かに怒りが生まれた。
でも何故だかすっと力が抜けて、顔を上げて呆然と彼女を見つめる。

「見てる私が苦しくなる…。ねぇ…もう耐えなくても良いんだよ…?あの時よりも幸乃は変わったんじゃないの?苦しいなら苦しいって言ってよ。自分の気持ちちゃんと口にしてよ。これじゃあ…これじゃあ幸乃が壊れちゃうよ!」

ぽろっと、彼女の瞳から涙が溢れ落ちた。

どうして、泣いてるの?

そう思うのに、心は何故か穏やかで、ただぼんやり彼女を見据えていた。

「ねぇ…幸乃。色々あって、本当の自分を知って自分が嫌になったって…言ってたよね…?」

その言葉に、私の心がざわめき出すのを感じた。

やめて。

「その時あった事って」

やめて。

「恋愛のことなんじゃないの?」

「やめて。」

ひどく冷めた声が、自分の耳に突き刺さった。
その声を発しているのは紛れもなく自分だと言うのに。

「私は自分で決めた道を歩いてる。」

静かにそう口にして、私は彼女に背を向けて歩き始めた。

もう彼女の口から何かが発せられることはなかった。


私には優奈が分からなかった。

どうしてあなたが泣くの?
どうしてあなたが私を否定するの?

悲しいよ。苦しいよ。
こんな自分を見ているのが。こんな自分を他人にも見せているのが。
情けなくて仕方ないよ。
たかが1つの恋愛でこんなにも苦しんでる自分が馬鹿らしいよ。

私が過去に戻ったのは、自分自身を変えたかったから。
臆病で何も出来なくて、自分を変える勇気もなくて。
けど、みんなに出会って私は変われたよ。
聡美とも優奈とも分かりあえて、笑えるようになったよ。

なのに、どうして私は今こんなにも表情がないのだろう。

「……。」

鏡の中には、孤独を知ったあの頃の私がいた。

恋愛で1つで馬鹿みたい。どこかで私が嘲笑う。

「…ほん…とに…馬鹿みたい…。」

ぼろぼろ涙を流す自分の顔を見てうずくまる。

また壊れていく。また離れていく。
どうしたら良かった?どうしたら私は幸せを手に入れられる?

「幸せって…なに…?」

生きてるだけで幸せだと、誰かは言う。
美味しいご飯を食べられてるだけで幸せだと、誰かは言う。
お風呂に入れて、綺麗な服を着て、布団で眠れるだけで幸せだと、誰かは言う。

どうして人は、それだけでは満足できないのだろうか。

「…ああ…そうか…。」

それ以上の幸せを、知ってしまったからだ。
欲が生まれて、もっともっとと手を伸ばす。
そうして傷付いて泣いて、自分は不幸だと嘆く。

「馬鹿らしい…。」

こんなにも恵まれているのに、これ以上に何を望むと言うのだろう。

「もう何も…考えたくない…。」

瞳を閉じて、瞼の裏にうつる暗闇を、私は何も考えずにただじっと見つめた。