次の日。昨日の夜胸を高鳴らせて眠った私の顔は、涙で濡れていた。

はぁ、はぁとまるで走った後のように肩で呼吸をする。
ドクドク脈打つ鼓動が、ひどく大きく聞こえた。

夢を見た。
きっと昔の夢。なのにそこに出てきた人物は、西川くんと黒崎さんだった。

私は西川くんに告白されて、それを受け入れて、黒崎さんには罵倒され、泣いて傷付いて、西川くんはそんな私を慰めてくれて。

私は笑った。
けど、その瞬間に彼は今まで見たこともない冷めた目をして私を見下ろしていた。

『お前なんて好きになるわけないだろ。気持ち悪い。』

呟いた彼の言葉が胸に突き刺さる。

涙を流すことなく、去っていく彼の背中を呆然と見つめた。
暫くして、彼の前に黒崎さんが現れる。
2人は笑い合っていた。楽しそうに。幸せそうに。

そこで思った。
もしかしてこれは、私が過去に戻る前の光景なのかもしれない。
2人は好き合って、恋人同士になった。
今も尚笑い合う2人の姿を、お似合いだなとぼんやり思う。
不意に手を繋いだ2人を見て、密かに胸が痛む。

もう見ていたくなくて、涙が溢れそうになって、唇を噛み締めて俯いた。

その時、私の前に誰かが立つのが分かって、顔を上げた。

そこには私がいた。

怒りも、哀しみも見えない。ただ無表情な私が静かに口を開く。

『気持ち悪いんだよ。』


11月だというのに、私の服は汗で濡れていた。

シャワーを浴びよう。
そう思って時計に目をやれば、時刻はもう6時半を過ぎていた。

「遅刻してもいいか…。」

文化祭は9時からスタート。それまでに学校へ行けば問題はないだろう。

重い体を無理矢理動かして、私はお風呂場へ向かった。

優奈に遅刻することを伝えれば、先生に伝えておくと返信が来た。

朝食を済ませ、家を出ようと時計を見たときには丁度8時15分だった。

学校に着いて、教室へ行けば廊下のところで優奈を見つけた。

「おはよう、幸乃。大丈夫?」

心配そうに眉を寄せる彼女に、申し訳ないなと思いながら大丈夫と口にする。

「あ、河村くん心配してたよ。シフトトップバッターらしいじゃん。大丈夫かなって言ってたけど…。」

「大丈夫だけど…。ちょっと河村くんのところ行ってくる。」

「その方が良いよ。あ!今日一緒に回ろうね!」

笑みを浮かべる彼女に頷いて、私は河村くんを探した。

「沢村!」

教室に入るなり、河村くんはすぐに声を掛けてきてくれた。

「大丈夫か?!」

心配そうに顔を覗き込んでくる彼にまた申し訳ない気持ちが生まれて、出来るだけ心配かけないように笑みを溢して大丈夫と告げた。ついでに寝坊したことを伝えれば、良かったと彼はほっとしたような表情を浮かべた。

「トップバッターだけど大丈夫そうか?」

「うん。よろしくお願いします。」

「おう!こちらこそ。」

河村くんと話を終えて、鞄を置こうともう一度廊下に出た。
鞄をロッカーに締まって、教室へ戻ろうとしたところで不意に教室の前に立っていた西川くんが視界に入った。

バチっと瞳が交わって、胸がどくんと脈打つ。
脳裏に浮かぶのは彼の冷たい瞳で。
動けなくなった私に、西川くんは優しい笑みを浮かべてこちらに足を踏み出した、その時。

「西川くん!」

可愛らしい声と共に廊下に現れたのは黒崎さんだった。
すぐに視線を反らして教室へ戻る。

窓際の方まで行って、ただひたすらに空の青を見つめた。

密かに痛む胸に気付かないふりをしてじっと一点を見つめていれば、不意に目の前に黒い物体を持った手が出てきた。

「わっ!」

思わず一歩後ずされば、どんと背中が何かにぶつかる。

「あはは。びびりすぎ。」

その声に振り返れば、至近距離に河村くんが立っていて、また一歩後ずさる。

「ほら、俺が作ったクワガタ!カッコいいだろ!」

手に持つそれは、先程目の前に差し出された物体で、思わず苦い顔をしてしまう。

「お前ほんとに嫌いなんだな。顔に出過ぎ。」

「だ、だって…。」

苦手なものは苦手だ。それに、彼の作ったクワガタは本当にリアルだ。

「今日の目玉はこいつなんだよ!まぁ、他にも目玉商品はあるけどな!明日はカブトムシにする!」

「そ、そうなんだ…。」

子供のようにはしゃぐ彼に、何だか笑みが溢れて、売れると良いねと口にした。

「おう!頑張るぞ!」