「よーし!作るか!」

HRを終え、グループに分かれたところで、河村くんはそう叫んだ。

私たちのクラスは2つの教室を使って行う。
うちのクラスは釣りゲーム班、もぐらたたき班。隣の3組の教室はわたあめ班、射的班だ。

西川くんが同じ教室ではないことに内心で胸を撫で下ろしながら、河村くんの声に耳を傾けた。

「まずは、土台から作ろう。で、悪いんだけど俺、装飾に使う材料取ってくるから、ここ任しても良いか?」

その言葉に皆が頷いて、すぐに作業に取りかかった。私もそれに習って取りかかろうとしゃがみ込んだところで、河村くんに名前を呼ばれた。

「悪い。こっち手伝ってくれないか?」

「え…うん。」

「悪いなぁ。よろしく。じゃ、物取り行こう。」

そう言って廊下に出た河村くんの後ろを私は付いていく。

「装飾の材料結構あるんだよ。中用と外用。2教室分。軽いけど、何ヵ所かあるんだ。」

「分かった。」

「よし、じゃあ行こう。まずは宮本先生…国語課だ。」

彼がそう言い終わったのと同時に、3組の教室から男子が顔を出して彼を呼んだ。

「なんだよ。」

「清水がお呼び。ちょっと来てだってよ。」

「はぁ?なんなんだよ。悪い。沢村ちょっと待ってて。」

バタバタと3組の教室へ駆け込んでいった河村くんの後を、私はゆっくりと付いていく。

そっと教室を覗けば、各々が作業に取りかかり始めていて、ふと目に入った西川くんも、特に誰と会話をするでもなく作業に取りかかろうとしているのが分かって、何故だかほっとしている自分に気が付いて彼から目を反らす。

視線を黒板の前にいる河村くんに移せば、彼は清水さんと会話をしていた。

どこか怒った様子の清水さんに、河村くんは苦い笑みを浮かべている。

何かあったのだろうか。

そんなことを思っていれば、不意に河村くんはこちらに顔を向けた。

「悪い!沢村!後で行こう!」

そう叫びながらこちらに近付いてきた河村くんは申し訳なさそうに私を見ていたが、その顔には苛立ちが滲み出ているように思った。

「あ…私、取ってくるよ。」

そんな彼の仕事を少しでも軽減しようと、私はそう口にした。

「え?駄目だ!荷物結構あるから、後で一緒に」

「往復するから大丈夫。」

彼の言葉を遮るようにしてそれだけ言って、私は駆け出した。

後ろから河村くんの私を呼ぶ声が聞こえたが、振り返らずにそのまま走った。

少しは誰かを頼った方がいい。
彼の荷は重すぎる。

階段まで来て、走るのをやめた私はゆっくりとその階段を登った。

すると、バタバタと誰かが駆けてくる音が聞こえて足を止める。

まずい。河村くんだ。

そう思い振り返ろうとした時だった。

「沢村!」

その声にピタッと動きを止める。
聞き覚えのある声。いつも聞いていた声。

河村くんではないその声に振り返れば、そこにはやっぱり西川くんが立っていた。



「河村、焦ってたよ。」

一緒に行くと言ってくれた西川くんは、小さい声でそう呟いた。

「荷物、本当に多いみたいだから…。」

「…そっか…。」

気まずい空気が流れて、うまく言葉を紡げずに、また静寂な空気が流れていく。

暫く無言のまま3階の国語課まで行けば、そこには誰もいなくて、代わりに大量の装飾品が置かれていた。

「結構な量だな…。でも、何とか運べそうだな。」

苦い笑みを浮かべる西川くんに、私は咄嗟に謝る。

「ごめんなさい…。」

「え?」

「あ…西川くんも忙しいのに…。手伝って貰っちゃって…。」

「…沢村だって手伝ってる側なんだから、謝る必要ないだろ。」

どこか刺々しい言い方の彼に、胸がズキンと痛くなる。

「あ…いや…。…1人でやろうとして…結局手伝って貰ってるから…その…」

何故言い訳みたいなことをしているのか。
そっと俯きながら、唇を噛み締めて胸の痛みに耐えていた。

「なんで…1人でやろうとすんの?」

「え…。」

先程よりも少し弱くなった彼の声に顔を上げれば、西川くんは悲しげに眉を寄せていた。

その表情にまた胸が痛くなる。

「え…と…」

何故と言われても答えは見つからなくて。
また俯いて床を見つめる。

静寂とした空気がまた私たちの間を流れていく。

どくんどくんと胸が嫌な音を立てる。

どこか苛立ちを滲ませる西川くんが見れずに、ただただ床を見つめた。

もしこれが私じゃなくて黒崎さんだったら、彼は笑ってくれたのだろうか。

そんな事が脳裏を過って、ツンと鼻の奥が痛くなる。

泣きそうだ。

そんなことを考えていた時、不意に視界の隅で何かが動いたのが分かった。

そちらに視線を向ければ、その小さな黒い物体の正体に肩が震える。

「っ」

息を呑んで思わず後ずさりすれば、引いた右足が何かにぶつかって後ろに重心がいく。
左足で支えようと足を動かすが、その足さえも何かにぶつかって、結局余計にバランスを崩しただけだった。

あ、これ倒れる。

今この瞬間がスローモーションのように感じて、痛みに耐えようとぎゅっと目を閉じる。

「沢村!」

西川くんのそんな声が耳に届いたのと同時に、思い切り左腕を引っ張られるのを感じた。

「っ」

気付けば目の前は真っ暗で、優しい香りが鼻を掠める。

「大丈夫か?!」

先程よりも近くで聞こえる彼の声に顔を上げれば、今までの中で一番彼の顔が近くにあって息を呑む。

目を見開く私に、近くにいる彼の目も徐々に見開かれていく。

「ご、ごめんなさい!」

そう言ってパッと離れようとしても、掴まれた腕にそれを静止されて。

「っ…」

ただ動けずに足元を見つめるしかなかった。

至近距離のまま何も言わない西川くんに、緊張で鼓動がどんどん速くなっていく。

ゆっくりと顔に、全身に熱が集まって来たとき、足元に来たその黒い物体に、私の熱は一瞬にして引いていく。

「っ!!」

声にならない声が空を流れる。
もう何も考えられなくなった私はそのまま目の前の彼の胸にしがみついた。

「さ、沢村?!」

半ば押すような形で彼の方に重心をかければ、よろめいた西川くんはそのまま後ろへ数歩進んで止まった。

「沢村…どうし」

そこまで言って、彼は言葉を止めた。

「…あれか…。」

彼の声に視線を先程の床へ向ければ、黒い物体は、さっきまで私がいたところでじっとこちらの方向を見つめていた。

「く、来る…?」

「………どうだろう…。」

微動だにしないそれはずっとこちらに視線を向けている。

その時。

「…お前ら何やってんの…?」

「っ?!」

聞き慣れた声に扉の方へ視線を向ければ、眉間にしわを寄せた河村くんがこちらを見据えていた。

「河村、悪い…。ほうきであれを。」

「あれって…。……あれか…。」

すぐにそれを認識した河村くんは近くにあったほうきで黒い物体を一撃で撃退した。

捨ててくると言って出ていった河村くんを見送って、見えなくなったそれに肩の力が下りれば、ふと今の状況に我に返った。

「っ!ご、ごめんなさい…!」

すぐに西川くんから離れて距離をとる。

ずっと彼にしがみついていた事実に恥ずかしさと、小さな黒い物体にビビっていた自分に情けなさが生まれる。

彼の方を見れずに床を見つめていれば、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

「え…」

ゆっくりと顔を上げれば、案の定西川くんはどこか楽しげに笑っていた。

久し振りに向けられた笑顔に胸が高鳴って、呆然と彼を見つめてしまっていた。

「捨ててきたぞー…って、西川何笑ってんの?」

戻ってきた河村くんは不思議そうにこちらを見つめていて、その視線から咄嗟に目を反らす。

「いや…何でもない。」

穏やかにそう口にした西川くんはひとつため息をついて、運ぶかと言って荷物を持ち上げた。

そんな彼に習うように私も慌てて荷物を持ち上げた。

未だに高鳴る胸の鼓動はそのままに、私たちは準備室を後にした。


準備室を出てすぐに、そういえばと思って河村くんに向き直る。

「そうだ…。清水さんは大丈夫そう…?」

「え?ああ…逃げてきた…。」

どこか疲れたように言う河村くんに、私はえ?と声を漏らす。

「あいつ何も出来ないって言うか…。全部どうすれば良いの?って聞いてくんの。しかもなんか怒った感じで。まじでイラつく。俺何回も説明したし。というか本当だったらそっちの教室の事は清水が考えてやるはずだったのに。あの態度はなんなんだよ…。」

そう言って深いため息を溢す河村くんに、大丈夫?と声を掛けるが、彼は大丈夫としか口にしなかった。

「もういっそのこと清水じゃなくて別の誰かに頼もうかな…。あいつじゃ指示できそうもないし…。」

「でも誰かいい人いるのか?」

西川くんの言葉に河村くんはうーんと唸るが、すぐに何かを思い付いたようにパッと顔をあげた。

「いるじゃん!西川!お前だ!」

「は?」

「だってお前しかいないじゃん、あそこでまともなやつ。頼むよ…。」

懇願する河村くんに、西川くんは少し考える素振りを見せたがすぐに2つ返事で了承した。

教室へ戻れば、みんな黙々と作業に取りかかっていた。

「河村くん、あとは…?」

「え?あー…あとは理科室と家庭科室だな。って、1人で行くなよ?量あるんだから。それと、お前ら人の話ちゃんと聞けよな。話聞かずに走り出しやがって。」

「それは…ごめん。」

そう言う西川くんに目を見開く。
西川くんが話も聞かずに飛び出してきたのが意外だった。

てっきり、河村くんに頼まれて来たのだと思っていた。

「ま、次行く前に、西川に説明するわ。沢村ちょっと待ってろよ。絶対1人で行くなよ。」

「で、でも…手分けしてやった方が…」

「じゃあ、俺もてつだ」

「お前は駄目だ。」

西川くんの言葉を遮るように、河村くんは声をあげる。

「じゃあ、暇そうな男とか連れて手分けした方が良いんじゃないか?」

その言葉に河村くんは息を呑むと、小さい声で手分けすると口にした。

「とりあえず沢村はそこで待ってろ。」

その言葉に頷いて、隣の教室へ向かう2人の背中をただ見つめた。