「お前なんかあったの?」

「っ!!?」

掃除の時間。1人ゴミ捨てに来ていれば、ふと後ろから声が聞こえて振り返る。

誰もいないと思っていたそこには、田中くんが立っていて目を見開く。

「えと…」

「西川となんかあったの?」

その質問に胸がドクンと鳴る。

どうして、そんなことを彼が…。

「一言もしゃべんねーし。見ててイライラする。」

はっきりと告げられた言葉が胸に刺さる。
彼は気にかけてくれたのか。
なんて返せば良いのかが分からずにいれば、田中くんは私の前まで来ると無表情のまま口を開いた。

「放課後、暇?」

「え?」

予想外の質問に聞き返せば、彼は暇か暇じゃないかどっち?と少し苛立ったように呟く。
そんな彼に思わず暇ですと呟けば彼の顔から苛立ちが消えた。

「放課後空けとけ。聞きたいことがある。」

「え?」

それだけ言うと、彼は私に背を向けて行ってしまった。
そんな彼の後ろ姿を、私は見えなくなるまでただ呆然と見つめていた。


“昇降口で待つ”

ただその一言のメッセージに、ぱっと田中くんの席に目をやれば、彼はすでにいなかった。

すぐに私も帰り支度を始めれば、前の席の河村くんがくるっとこちらに振り返った。

「沢村!今日でき」

そこまで言うと、河村くんは私が帰り支度をしていることに気が付いて眉を寄せる。

「悪い。今日無理だったか。なんか用事?」

「え、あ…うん…。」

少し曖昧に答えれば、彼は何故か不安そうな顔で私を見つめてきた。

「え…まさか…デート…とか?」

「え、」

予想外の言葉に一瞬思考が停止したが、すぐに違うと否定する。

「なんだー。そっか、そっか。まぁ色々あるよな。気を付けて帰れよ。」

「うん…。あ…景品作りやらないでね…。河村くんも今日は休んで…。」

一瞬目を見開いた彼は、すぐに笑顔になると、そうだなと口にした。

「じゃ、明日やるか。気を付けてな。また明日。」

「うん…。また明日。」

そう言って、私はそそくさと教室を出た。

昇降口に行けば田中くんはスマホをいじりながら待っていてくれて。すぐに靴に履き替えて彼の方へ近づく。

「近くに公園あるから、そこで。」

それだけ言って歩き出す田中くんの後ろを私は付いていく。

歩いて5分くらいのところに、公園はあった。
その公園はこの間私が駆け込んだところで。
あの日の出来事が思い出されそうになってすぐに考えるのをやめた。

一番手前のベンチに田中くんは腰掛けて、私は間を少し空けて座った。

「で、本題なんだけど。」

そう口にした田中くんの方へ視線を向ければ、彼もまたこちらに視線を向けていた。

「お前って何歳なの?」

その質問に、私の思考は停止した。

暫く続いた静寂のなか、私は彼の視線から目を反らすことが出来なかった。

質問の意味が分からない。
どうして彼はそんなことを聞くのか。
だって普通に考えれば、同じクラスにいるのだから年齢なんて分かるはずなのに。
15歳か16歳かを知りたかったとしても、聞く質問は誕生日いつ?とかだと思う。
彼がそんな質問を聞きたかったとは到底思えなくて、私の脳裏に過ったのはサチだった。

「15歳だけど…。」

3月が誕生日の私はまだ15歳だ。
震える声で呟いた声に、田中くんは盛大なため息をついてそうじゃないと口にした。

「質問変える。お前、未来から来たんだろ?」

「っ…」

ドクンと胸が大きく鳴る。
どうして、分かったの…?

「その顔やっぱりそうなんだ。びっくりだわ。で?お前いくつなの?」

同じ質問をもう一度されて、けれどそんな質問、私の頭には入っていなかった。
どうして彼は分かったのか。どうして素直にそれを受け入れているのか。

目を見開いて見つめる私に、田中くんは視線を外してゆっくりと口を開いた。

「1番最初におかしいと思ったのは本を貸そうと思って連絡したとき。発売したばかりの本を、俺はその日に買ってその夜読んで面白くないと思ってすぐやめた。で、すぐに沢村に連絡して読むかどうか聞いたら、読んだことあるって返ってきた。」

「え…?」

「発売したその日に買って読んだなら、今読んでるとか読み終わったとかって言うよな。少なくともお前はそう言う。おかしいなとは思ったけど特に気には止めなかった。けど、それが何度か続いて、さすがにおかしいって思った。だから1回カマかけた。まだ発売直前の本を、読んだことあるか聞いたら、お前はまた言った。読んだことある。挙げ句ここが良いとか言って。発売日にその本読めば、お前が言ったシーンが確かにあった。」

何も言えず呆然とする私に、彼はそれだけじゃないと言って続けた。

「この本知ってるかって送ったとき、お前、知ってる、アニメも面白いよねって言ったんだ。なんでアニメ化も決まってない作品をお前はそう言えるんだ?そしたら昨日出たよ。その本のアニメ化情報が。」

そう言った田中くんは、スマホ画面を私に差し出した。
その画面には、確かに私が見たことあるもので、内容も覚えている。
けれどそこにはアニメ化決定の文字としか書かれていなかった。

私はそういった情報をあまり調べる方ではなかった。
それは過去に戻ったら特にだった。
本だって、発売情報も調べなければ自分で買うこともなくなって、田中くんが貸してくれるものを読んでいた。

「あとさ、ずっと引っ掛かってたことがある。もう何ヵ月も前だけど、国語の時間に、沢村が指されて先生に自分にとっての困難を聞かれた時、お前社会に出ることって答えたよな?」

その言葉にあの日の過去に戻った時のことを思い出す。
咄嗟に出た言葉に自分でも何を言っているんだと自己嫌悪に浸っていたが、周りの人たちもその返答が変だということは分かったのだろう。

「なんか面白いこと言う奴だなって思ってたけど、今思えばあれ、本心だろ?」

「……。」

何も言えなかった。

そんな私に、田中くんはまた同じ質問を投げ掛けてきた。

「お前は何歳なんだ?」

誤魔化すことなんて出来なくて、私は素直に20歳になる年と答えた。

息を呑む田中くんの方を向くことができずに俯く。

「そうか…。何で…過去に戻ってんだ…?あとどうやって…。」

少し控えめにそう口にする田中くんに、私は事の経緯を話始めた。

1人暮らしの部屋にサチという女の子が突然現れたこと。その子の手から光が放たれ、それをぶつけられたら過去に戻っていたこと。私が過去に戻りたいと強く願ったことで過去に戻してくれたこと。

彼は私が話終えるまで、ただ黙って聞いてくれていた。

「成る程…。」

暫しの沈黙のあと田中くんはそう呟いた。
チラッと田中くんの方を見れば、彼は難しい顔をして地面を見つめている。
そんな彼に、私は恐る恐る口を開いた。

「あ…の…信じて…くれるの…?」

私の言葉に、田中くんは顔を上げるとこちらに顔を向けてキョトンとした顔をしていた。

「だ、だって…普通じゃあり得ないことだよ…?過去に戻るなんて…。私だって未だに夢なんじゃないかって思うし…。」

俯きながら、小さな声でそう呟く。
そんな私に、彼はそうだなと口にした。

「確かに、俺は体験したことないから実際にあるかなんてわかんねーけど。でもだからこそ、それがないのかも分からない。まぁ、実際あったらいいとは思う。それに、お前が嘘つくとは思えないし。」

信じるよと、彼は言った。

「で?お前は何で過去に戻りたかったの?」

その質問に、ドクンと胸が大きく鳴る。拳を握り締めて、私はそっと唇を開く。

「…変わり…たかった…。変えたかった…。独りになって、自分が嫌になって…変わることも出来なくて…。もし過去に戻れるならやり直して、変わりたいと思った…。もしあの時変わっていれば、私の今は変わったんじゃないかって…。独りぼっちにはなってないんじゃないかって…。」

そこまで言えば、隣からクスッと笑ったような声が聞こえて顔をそちらに向ける。
案の定、田中くんが笑みを浮かべていて思わず目を見開く。

「じゃあ、お前はその願い、少しは叶ったんじゃねぇの?」

「え?」

「少なくとも最初の席替えしたての頃より、お前は笑うようになって、明るくなった。それに、今お前独りじゃないだろ?」

「っ」

胸が、だんだんと熱くなっていくのを感じた。

俯いて、人の目をまともに見れなかったのに、こうして目を見て話している。
友達と言ってくれた人がいる。こうして話をしてくれる人がいる。
あの寒い一人暮らしの部屋を思い出して思う。

私は今、独りじゃない。

「なんか、あの話みたいだな…。」

「え…?」

「あげただろ、本。俺が一番好きなやつ。」

そう言われて、タイムスリップを題材とした“光”の本を思い出す。

確かに、あの主人公のお婆さんも孤独になって、過去に戻り人と関わって変わっていく。最期は人に囲まれながら息をひきとった。
私も、あの主人公のお婆さんのようになれるだろうか。

「じゃあ、変われたお前にもうひとつ。」

ふと立ち上がって、田中くんは私の方に向き直った。
いつもの無表情に戻った彼は、私を見据えて言った。

「西川とはこのままでいいのか?」

「…っ…。」

言われた言葉に、私は深く息をのんだ。

「好きなんだろ?なんかよくわかんない奴にとられて良いのかよ?お前の過去の中に西川がいたのかは知らないけど、今はこうして関わってるだろ。本来の目的は恋愛のことじゃないのかもしれない。けど、今しんどそうな顔してるなら過去に戻った意味ないんじゃねぇの。」

「……。」

「お前の問題だからとやかく言うつもりはないけどさ…。さっきも言ったけど、前に比べて沢村は変わったよ。笑うようになった。目見て話してんなって思う。けど…西川に対しては駄目な方向に変わってる。このままで良いのかよ。」

田中くんの声が、すっと耳に入ってくる。
普段こんなにも話さない彼がこうして話してくれるということは、自分は相当なのだろうと、冷静になった自分が言う。

このままで良い?
良い訳ない。
そう思うのに、恋愛に臆病になった私が警報を鳴らす。

もうやめてと。

「別に…大丈夫だよ…。」

呟いた声が、やけに疲れきっているように思えた。

「皆と話せるようになって、良かったって思ってる。過去の私は会話すらしてなかったから…。こうやって田中くんと話せてる。それだけで私、十分なんだ…。」

そう言って笑うけど、彼はどこか納得していない様子で深くため息を溢した。

「それでいいなら良いよ…。決めるのは沢村だから…。けど、何もしないで立ち止まってるのは違うんじゃねぇの?」

「っ」

息を呑む私を一瞥して、彼は鞄を持ち始める。

「帰るか…。」

田中くんの言葉に、私はただ頷いただけだった。