着々と進んでいく景品作りも、そろそろ終わりを迎えようとした頃。
文化祭まであと3日というところまで来ていた。
いつも通りの時間に登校した私は、教室へ入るなりいつもはいないはずの優奈の姿に目を見開いた。
「おはよ!幸乃!ちょっといい?」
笑みを浮かべる優奈に連れられて、私たちは屋上に来ていた。
「どうしたの?屋上なんかまできて…。」
そう言えば、彼女は難しい顔をして俯いた。何かあったのだろうかと思い彼女の顔を覗き込めば、彼女はすぐにぱっと顔を上げて笑った。
「え…」
「完成した、絵。」
その言葉に目を見開く。
「なんか…あれ以上ではないけど、うまくいったような気がする。自分なりに絵が描けた。ありがとう。幸乃のお陰。」
そう言って微笑む優奈に、私も笑みを溢した。
彼女が悩んで悩んで描いた絵。きっとそれだけで、私には価値のある絵だと思えた。
「文化祭の2日目。一般公開で展示するの。来てほしい。名前とか記載してないから、私の絵、探してみて。」
少し悪戯っ子のように笑う優奈に、何それと私も笑う。
2人で笑いながら、暫くして落ち着くと、ふと優奈は眉を下げて笑った。
どうしたのかの首を傾げれば、彼女はどこか言いづらそうにしていたが、すぐにそっと口を開いた。
「…西川くんと…話してる…?」
彼女が口にしたその名前に、私の胸がきゅっと締め付けられる。
「何か…あったの…?文化祭の準備始まった辺りから…全然話してないように見えるけど…。」
心配そうに私の顔を覗き込んでくる優奈に、私は控えめに笑みを溢す。
「席も離れたし、特に話すこともないからだよ。」
「でも」
「何もないよ。」
その声は酷く冷めているような気がした。
けれどそんな事は気にしない。
だって本当に、何もないのだから。
眉を寄せる優奈にもう一度微笑んで、気にしないでと口にする。
彼女は何か言いたげにしていたが、今度は何も言わなかった。
2人で無言のまま教室へ戻りながら、私は数日前のことを思い出していた。
ー数日前ー
その日は河村くんがバイトということで、放課後の景品作りは無しになった。
いつも通り教室を出て、昇降口へ向かった私はあることに気がついた。
スマホがない。
取りに戻ろうと種を返したときだった。
誰もいない階段の隅で、女の子が泣いていて、もう1人の女の子がその子を慰めていた。
何だろうと思いながらその場から動くことは出来なくて立ち止まる。
幸いにも彼女たちから私は見えていないようだった。
ここを通るのはやめよう。
そう思って別のところから行こうと足を動かした時だった。
「かおりちゃんも西川くんが好きなんだよ。」
涙声になりながらも、しっかりと聞こえたその声に私は足を止めた。
「西川くん…誰にでも優しいから…。」
そう口にした泣いている女の子を、私は知っていた。
黒崎さん。
西川くんと同じ班で、西川くんと仲の良い女の子。今日だって2人が笑い合っていたのを、私は見てしまっていた。
「私絶対無理だよ…。」
「そんなことないよ。西川くん、あすなに対しては特別だと思うよ。絶対あすなのこと好きだって。」
その言葉に、胸がドクンと嫌な音を立てる。
確かに、そうなのかもしれない。
彼が向ける笑顔は、彼女に対しては特に優しいように思えてしょうがなかった。
その笑顔を、私は向けられていたのだろうか。
『西川くん幸乃のこと好きそうっていうか…。絶対気がある。』
優奈に言われた言葉が蘇って、泣きたくなるくらい胸が痛み始める。
違う。違うよ優奈。
私はあの笑顔、向けられたことない。
自惚れていた自分が恥ずかしくなって、同時に気持ち悪さがわいてくる。
どれ程私は図々しい人間だったのだろう。
彼が私なんかを好きになるはずがない。
涙はもうすぐそこまで来ていて、思い切り唇を噛み締める。
「だって、結構あすなのこと気に掛けてるじゃん。あすながやってた作業も手伝うって言ってやってくれたりさ。絶対あすなのこと好きだよ。」
そこまで聞いて、私は走り出した。
靴に履き替えていないのもお構いなしで、走って走って。
疎らにいる生徒は私のことなんて気にもとめていない。
そんな生徒達を通りすぎて、私はそのままバスにも乗らずに駆け出す。
近くにあった公園にたどり着いて、誰もいない公園で1人うずくまる。
ただ恥ずかしかった。自惚れていたことが。
ただ嫉妬した。優しい笑顔を彼女に向けていることが。優しさを見せていたことが。
ふと思う。
彼は高校の時、誰かと付き合っていたのだろうか。
記憶を巡ったって、それが自分ではないことは一目瞭然で。
彼女だったのか。
西川くんと笑い合う黒崎さんを思い出す。
お似合いの2人。
彼女じゃなくても、きっと彼にはそれ相応の女の子がいたはずだ。
自分ではない。そんな誰かが。
無意識に唇を噛み締めた。
流れてくる涙はまるで止まることを知らずに、ただただ流れ続けていた。
はっと我に返ればまた唇を噛み締めていて。
気付けば教室へ着いていた。
「あ…絵、楽しみにしてる。」
笑顔を作って、隣にいる優奈にそう告げれば、彼女はどこかぎこちなく笑った。
そんな彼女を見てみぬふりをして席につこうとすれば、私は無意識に彼を目で追っていたのか、西川くんが視界に入る。
自席に座る彼の周りには同じ班の男子もいれば、彼のすぐ近くには黒崎さんもいた。
ズキン。
痛む胸に気付かないふりをして、私は俯きながら席に着くと、静かに顔を伏せた。
文化祭まであと3日というところまで来ていた。
いつも通りの時間に登校した私は、教室へ入るなりいつもはいないはずの優奈の姿に目を見開いた。
「おはよ!幸乃!ちょっといい?」
笑みを浮かべる優奈に連れられて、私たちは屋上に来ていた。
「どうしたの?屋上なんかまできて…。」
そう言えば、彼女は難しい顔をして俯いた。何かあったのだろうかと思い彼女の顔を覗き込めば、彼女はすぐにぱっと顔を上げて笑った。
「え…」
「完成した、絵。」
その言葉に目を見開く。
「なんか…あれ以上ではないけど、うまくいったような気がする。自分なりに絵が描けた。ありがとう。幸乃のお陰。」
そう言って微笑む優奈に、私も笑みを溢した。
彼女が悩んで悩んで描いた絵。きっとそれだけで、私には価値のある絵だと思えた。
「文化祭の2日目。一般公開で展示するの。来てほしい。名前とか記載してないから、私の絵、探してみて。」
少し悪戯っ子のように笑う優奈に、何それと私も笑う。
2人で笑いながら、暫くして落ち着くと、ふと優奈は眉を下げて笑った。
どうしたのかの首を傾げれば、彼女はどこか言いづらそうにしていたが、すぐにそっと口を開いた。
「…西川くんと…話してる…?」
彼女が口にしたその名前に、私の胸がきゅっと締め付けられる。
「何か…あったの…?文化祭の準備始まった辺りから…全然話してないように見えるけど…。」
心配そうに私の顔を覗き込んでくる優奈に、私は控えめに笑みを溢す。
「席も離れたし、特に話すこともないからだよ。」
「でも」
「何もないよ。」
その声は酷く冷めているような気がした。
けれどそんな事は気にしない。
だって本当に、何もないのだから。
眉を寄せる優奈にもう一度微笑んで、気にしないでと口にする。
彼女は何か言いたげにしていたが、今度は何も言わなかった。
2人で無言のまま教室へ戻りながら、私は数日前のことを思い出していた。
ー数日前ー
その日は河村くんがバイトということで、放課後の景品作りは無しになった。
いつも通り教室を出て、昇降口へ向かった私はあることに気がついた。
スマホがない。
取りに戻ろうと種を返したときだった。
誰もいない階段の隅で、女の子が泣いていて、もう1人の女の子がその子を慰めていた。
何だろうと思いながらその場から動くことは出来なくて立ち止まる。
幸いにも彼女たちから私は見えていないようだった。
ここを通るのはやめよう。
そう思って別のところから行こうと足を動かした時だった。
「かおりちゃんも西川くんが好きなんだよ。」
涙声になりながらも、しっかりと聞こえたその声に私は足を止めた。
「西川くん…誰にでも優しいから…。」
そう口にした泣いている女の子を、私は知っていた。
黒崎さん。
西川くんと同じ班で、西川くんと仲の良い女の子。今日だって2人が笑い合っていたのを、私は見てしまっていた。
「私絶対無理だよ…。」
「そんなことないよ。西川くん、あすなに対しては特別だと思うよ。絶対あすなのこと好きだって。」
その言葉に、胸がドクンと嫌な音を立てる。
確かに、そうなのかもしれない。
彼が向ける笑顔は、彼女に対しては特に優しいように思えてしょうがなかった。
その笑顔を、私は向けられていたのだろうか。
『西川くん幸乃のこと好きそうっていうか…。絶対気がある。』
優奈に言われた言葉が蘇って、泣きたくなるくらい胸が痛み始める。
違う。違うよ優奈。
私はあの笑顔、向けられたことない。
自惚れていた自分が恥ずかしくなって、同時に気持ち悪さがわいてくる。
どれ程私は図々しい人間だったのだろう。
彼が私なんかを好きになるはずがない。
涙はもうすぐそこまで来ていて、思い切り唇を噛み締める。
「だって、結構あすなのこと気に掛けてるじゃん。あすながやってた作業も手伝うって言ってやってくれたりさ。絶対あすなのこと好きだよ。」
そこまで聞いて、私は走り出した。
靴に履き替えていないのもお構いなしで、走って走って。
疎らにいる生徒は私のことなんて気にもとめていない。
そんな生徒達を通りすぎて、私はそのままバスにも乗らずに駆け出す。
近くにあった公園にたどり着いて、誰もいない公園で1人うずくまる。
ただ恥ずかしかった。自惚れていたことが。
ただ嫉妬した。優しい笑顔を彼女に向けていることが。優しさを見せていたことが。
ふと思う。
彼は高校の時、誰かと付き合っていたのだろうか。
記憶を巡ったって、それが自分ではないことは一目瞭然で。
彼女だったのか。
西川くんと笑い合う黒崎さんを思い出す。
お似合いの2人。
彼女じゃなくても、きっと彼にはそれ相応の女の子がいたはずだ。
自分ではない。そんな誰かが。
無意識に唇を噛み締めた。
流れてくる涙はまるで止まることを知らずに、ただただ流れ続けていた。
はっと我に返ればまた唇を噛み締めていて。
気付けば教室へ着いていた。
「あ…絵、楽しみにしてる。」
笑顔を作って、隣にいる優奈にそう告げれば、彼女はどこかぎこちなく笑った。
そんな彼女を見てみぬふりをして席につこうとすれば、私は無意識に彼を目で追っていたのか、西川くんが視界に入る。
自席に座る彼の周りには同じ班の男子もいれば、彼のすぐ近くには黒崎さんもいた。
ズキン。
痛む胸に気付かないふりをして、私は俯きながら席に着くと、静かに顔を伏せた。