あれから、西川くんはまた私に話し掛けてくれるようになった。
そんな彼に、私は前と同じようにどこかぎこちない返答しか返せなくなった。
それでも西川くんはいつも通りで。それが嬉しくもあった。


季節は10月へ入り、だんだんと肌寒くなってきた秋。
文化祭準備が始まった矢先、私はまた西川くんを避け始めた。
西川くんもまた私に話し掛けることは無くなって。
私たちは前と同じ、ただのクラスメートに戻ったように思う。

「沢村聞いてるか?」

「え?」

目の前で不満そうな顔をする委員長の河村くんの声に我に返る。

今は授業中だ。

文化祭の出し物、釣りゲームの景品を考えているなか、ふと自分の世界に入ってしまっていた。

「なんか大丈夫か?顔色悪いけど。」

今度は心配そうに私の顔を覗き込んでくる河村くんに大丈夫と言葉を返す。

こうして河村くんと話すようになったのは1週間前。
文化祭の出し物で同じ班になり、2人組で何を景品にするかを考えようと言った河村くんの言葉で、まさかのその本人とペアになってしまったのが始まりだ。

うちの班は女子3人の男子5人のグループで。
田中くん以外との面識がない私にとっては地獄だと思っていたが、こうして誰にでも分け隔てない河村くんがペアのお陰で、少しずつだか緊張せずに話せるようになった。

しかし、少し引っ掛かることがあった。

「なー河村。これってこれでいいと思う?」

「河村くんうちの班のも見て。」

こうして彼のもとへ訪れるクラスメートは少なくなくて。
それは同じ班のメンバーが大半だが、それに混じって違う班の人も来ていることがあった。

それらを彼はしょうがないなぁと言いながら聞いているが、どこか疲れているように思う。

「河村くん。私たち景品お菓子に決めたんだけど、外れって10円位のお菓子で良いかな?」

「お!いいんじゃね?」

「これってどこで買えば良いかな?というかお金とかって一旦私たち負担なの?河村くん出してくれないの?」

「……。」

あ、まずい。

目の前でどこか刺々しい言い方をしている女の子は同じ班の立花さんで。
その後ろで何故かその立花さんに引っ付いてる鈴木さんは一言も言葉を発しない。

同じ班になって、2人が仲が良いことは一目でわかった。
だからこそペアにはなりたくなかったのだけれど。

そんな2人を、河村くんは恐らくよく思っていないようで。
笑顔で話しているけれど、ほんの少し顔を歪ませる彼が怒っていることを、私はいつも見逃せずにいた。

「悪いけど、それは出して貰っても良いか?他の班もそうしてるからさ。」

申し訳なさそうな表情をする彼はやっぱりどこか怒りを抑えているようで。

「ごめんなー。俺が金出してやりたいのも山々なんだけどさ。こっちやんないとだから。だから悪い!一旦負担しといてくれ!」

手を合わせる河村くんに、2人はあからさまにため息を溢す。

「…そっか。」

それだけ言うと、2人は自分の席に戻ってしまった。

「いやー俺が金持ちだったらなぁ。あ、ここのはちゃんと出すからよ!」

ニカッと笑う河村くんに私は思わず顔を歪ませる。

「あ…の…」

「どした?」

優しく笑う彼に、少し胸が痛くなる。

我慢している。
それは分かっているのに何て声を掛けて良いかが分からなかった。

黙ったままの私に、河村くんはまた具合悪いのか?と心配そうな眼差しを向けてくる。

「大丈夫…じゃないよね…?河村くん…。」

「は…」

私の言葉に、彼は目を見開いてキョトンとした顔をした。

「…ずっと…思ってたんだけど…そんなに背負わなくても…。あ…私も負担掛けてるかもしれないけど…。その…さっきのは…河村くんが謝る必要ないと思う…。」

お金は自分たちで一度負担するということは担任の山本先生も、河村くんだって始めに言っていた。
もし文句があるならその時に言うべきだ。

それに、すべてを河村くんに負担させようとしている彼女たちの神経に、正直私自信腹立たしかった。

彼は委員長だから、このクラスの誰よりも頑張っているというのに。

「景品づくり…そんなに頑張らなくて大丈夫だから…。」

私と河村くんは紙粘土やフェルト、ビーズを使用しての景品を作ることに決めた。
他のメンバーの景品とは被らないようにと考えた末、出た案が景品を作ることで。
他のメンバーには釣りゲームで使用する道具作りと買い出しを頼んである。主に立花さんと鈴木さん以外の男子にだけど。
それでも景品作りの負担は割りと重くて、彼の負担になっていることは一目両全だった。

「沢村って…優しいな…。」

「え。」

ふと呟いた彼の言葉に目を見開く。

「…正直さ…すげーイライラする。あの2人なんなんだよ。それぐらいの金出せって感じ。」

急に悪態をつき始めた河村くんに面食らったが、それほどに彼がストレスを溜めていることに気が付いて、私は黙って彼の話を聞いた。

「2人組作ったのもさ…あの2人離したかったってのもあるんだけど、まさかのペアになるし。決まった途端どっか行っちまうし。ずっと引っ付いてるし、ああ言う言い方するし。女のああいうとこが」

そこまで言って、あっと声を上げたかと思えばすぐにごめんと彼は眉を下げた。

「全部同じ括りにしちまって…悪い…。」

申し訳なさそうに俯く河村くんに、大丈夫だよと口にする。

「女の子って…仲間意識が強いっていうか…一緒じゃないと何も出来ないって言うか…。そうじゃない人もいるけど、そういうの女の子が多いと思う…。」

「え…」

「私も…あの2人は苦手…だな…。正直あの2人のどっちかとペアにならなくて良かったって思ってる…。」

「そっか…。結果的には…良かったか。まぁ…あの2人はちょっと異常…だよな…。結構男子の中でも話題になってて。あの2人、同中でその時から一緒にいるみたいで。で、最初の席も前後で基本的な班も一緒。まさかの文化祭の班も一緒、ペアも一緒…。ちょっと怖いよな…。」

河村くんの言葉に、確かにと頷いて彼女たちの方へ視線を向けた。

楽しそうに話す彼女たちは、まるで自分たちの世界に入っているようで。他人は一切入れないような気がした。

「あんなに一緒にいて…嫌にならないのかな…。」

思わず漏れた声に、河村くんがだよな!と声を上げる。

「さすがにあんだけ一緒だとキツいよな。いくら仲良くても俺は絶対無理だな。割りと1人になりたいとき多いし…。」

最後の方の言葉は、聞こえるか聞こえないかの声で彼は呟いた。

正直意外だった。
河村くんの印象はムードメーカーで、1人でいる印象はあまりない。
けれど今までの彼を見れば、人と関わっているとき、どこか疲れたような顔を滲ませていたように思う。

「…河村くんは、人との関わりを大切にしてるんだね…。」

「え?」

「あ…いや…1人でいる印象がないからそうなのかなって…。」

1人でいたいと思っても、1人でいないのはそういう事なのかと思った。

うーんと唸ってから、彼は私の言葉を理解したのか、そうかもしれないと口にした。

「ここで関わっておけば、いつか困ってる時に助けてくれるかもしれないとか、考えてるかも…。まぁ、今ふとそう思ったんだけど…。」

そんな考え、浮かんだことなかった。
人と関わることを避けてきた私には、到底思い浮かばないことなのだろう。
そんな彼の考えを、純粋に凄いと思った。

「そんな考え…なかったな…。」

「まぁ、あんまり考えてる奴いないだろ。もっと気楽で良いんだよ。こいつといたら楽しい、面白い、楽だとかで。無理して嫌な奴と関わって自分の感情抑えつけるのはやっぱり違うからな。自分にプラスになる人と居なきゃ、自分も駄目になる。」

その言葉が、ストンと胸に落ちてきた。

ふと思い出したのは職場の人たちだった。
絶対に合わない。そう思っても関わることを避けるのは不可能で、愛想笑いで話して。けれど話題にもついていけずに、結局変にストレスを溜めていた。

でも、関わらなくて良いのか…。
自分が一緒にいて、楽しいと思える人だけで良いのか。

そう思ったら、少し体が軽くなったように思えた。
そうだねと、少し笑みを溢して彼に伝えれば、河村くんはあからさまに目を見開いてこちらを見ていた。

「沢村って…笑うんだな。」

「え」

「あ…いや…。あんまし笑ってるとこ見たことないから…なんか…あれだな…えと……良いな!」

親指を立てて笑う河村くんを、私は呆然と見つめる。

自分が周りからそう思われていた事実に少し胸が痛んだが、彼の言葉に気恥ずかしさが生まれて俯く。

「あ、悪い…。俺失礼なこと言った…よな…。」

弱々しく呟かれた彼の声に顔を上げれば、河村くんは先程とは打って変わってしおらしくなっていた。

「え、あ…いや!…河村くんの言う通り…あんまり笑わないから…。指摘されると…なんか恥ずかしくなっただけで…。」

素直にそう言えば、彼はまたぱっと明るい顔に戻って笑った。

「なんだ恥ずかしがってんのか。笑いたい時に笑っとけよ。笑うともっと可愛いんだからさ。」

「え…」

「人間、暗い顔ばっかしてたらそっちの方向にしか進まないよ。ま、そうじゃないときもあるけどさ。でも、どっちかって言ったら笑ってる方が良いだろ。」

あははと笑う彼がいつも笑ってるのは、そういう理由からなのだろうか。

「ま、しんどい時に無理して笑えとは言わないけど。」

そう言って優しく笑う彼に、私は自然と笑みを溢した。

「よーし!じゃあやるか!」

河村くんの声に、私たちはまた景品作りを再開させた。