放課後、部活へ行く優奈に挨拶をして、私は帰り仕度を始めた。
荷物を入れ終え、帰ろうと教室を出て昇降口へと向かった。
生徒が行き交う中、1人靴を履き替え学校を後にしようとした時だった。
ふと目に入ったのは、昇降口の出入口のところでスマホをいじっている西川くんだった。
席も離れ、今ではほとんど会話をすることが無くなってしまった。
掃除場所も一緒だというのに、話し掛けて来ようとする西川くんを、私は意図的に避けていた。
その理由は自分でも分からなくて。
そんな私に、西川くんは話し掛けて来ようとはしなくなった。
人がまばらになってきた昇降口に佇む彼はまるで誰かを待っているようで。
それが女の子だったらと考えたら、急に胸が痛くなって唇を噛み締める。
彼の前を通るのはやめようともうひとつの出入り口の方へ足を進めた。
「沢村!」
「っ!」
歩き始めたところで、西川くんに名前を呼ばれて顔をあげる。
少し気まずそうに、西川くんはこちらを見つめていた。
話し掛けられるとは思ってなくて、思わず呆然と立ち尽くしていれば、もう一度沢村?と名前を呼ばれて我に返る。
少しずつ彼に近付いて目の前で足を止めた。
見上げた彼はやっぱりどこか気まずそうで。
そんな態度をさせてしまっているのはきっと自分で、その事実に胸が痛くなった。
「あのさ…一緒に帰らない…?」
「え。」
一緒に…帰る…?
予想外の言葉に頭は混乱してついていけなかった。
「あ…用事があるとか…い、嫌なら…無理にとは言わないんだけど…。」
不安げにこちらを見つめる西川くんに、私は思わず首を横に振った。
はっとなって西川くんを見上げれば、彼は嬉しそうに笑って、良かったとため息交じりに言葉を漏らした。
「…っ…。」
そんな彼に明らかに自分の鼓動が速くなって、恥ずかしくなって目を反らす。
「じゃ…行こうか。」
西川くんの言葉に私はただ頷くことしか出来なかった。
2人でバスに乗って、特に会話もないままバスに揺られていた。
すると、彼は降りるのか途中でボタンを押した。
何故一緒に帰ろうと言われたのか。その意図は分からなくて、帰りの挨拶をしようと西川くんを見れば、彼もまた私を見つめていた。
「ごめん沢村。ちょっと付き合って。」
「え。」
バスが停車した瞬間、腕を掴まれ引かれる。
そのまま私は彼と一緒にバスを降りてしまった。
バスが通りすぎ、2人きりになったバス停で静寂な空気が流れていく。
「…ごめん。ちょっと…話がしたくて…。あの…前行った公園に行こう…。」
「前…?ああ…。」
夏休みに行った公園だろうか。
そう言おうとしたところで、彼はパッと私に背を向けて歩き出してしまった。
「え…。」
こちらの返事を待たずに行ってしまった彼の背中を、私はすぐに追いかける。
いつもとは違う。
いつもだったら、きちんとこちらの言葉を聞いてくれる。
それなのに、どこか一方的な彼に違和感を覚える。
そんな違和感を抱きながら公園に着けば、何も言わずに空いているベンチへ足を進めた。
「あ…ここで良かった…?」
「え、あ、うん…。」
先に座るようよくされベンチへ腰かけた。
「あのさ…」
言葉を漏らした西川くんの方へ目を向ければ、彼は自分の手元をただ見つめていて、そんな彼の横顔を私はただ見つめた。
「何か…あった…?」
「…え?」
ゆっくりと顔を上げた西川くんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
何かと言われて思い当たることは何もなくて、思わず首を傾げる。
「あ…お節介かもしれないんだけど…泣いてたよな…?昼休み…何かあったのかなって…。」
「え。」
その言葉に、お昼の聡美との出来事を思い出してあっと声を上げる。
「ご、ごめん…。ちょっと気になって…。あ、でも触れて欲しくないならもう聞かないから!」
私から視線を外した西川くんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。けれど同時に胸が熱くなって、彼が私を気にかけてくれていたという事実がただ嬉しかった。
気まずそうに視線をさ迷わせてる西川くんに、私は頭を下げた。
「ごめんなさい。」
「あ、いや!沢村が謝ることじゃ」
「じゃなくて!…あの…確かに泣いてた…。でもその…嬉し涙というか…。嫌なことがあった訳じゃないよ…。」
「え。」
目を見開く彼に、思わず笑みを溢れる。
「心配してくれてありがとう…。聡美…あ…と、友達と…嬉しいことがあって…それで…。」
聡美との出来事を思い出して、なんだか恥ずかしくなって俯く。
それ以上何も言えなくなった私に、西川くんは良かったと声を漏らした。
顔を上げれば彼はいつもの優しい笑みを溢していて、鼓動がゆっくりと速くなっていく。
「早とちりだったな…。ごめん。でも…傷付いたりして泣くことあったら言って。1人で泣くのは、辛いと思うから。」
「っ…」
どうしてこんなにも、この人は優しいのだろうか。
泣きたくなるくらいの彼の優しさに、胸が高鳴って、頬は熱くなっていく。
目の前で笑みを浮かべる彼から視線を反らすことが出来ずに呆然と見つめていれば、西川くんはあっと声を上げて顔を反らした。
「え…」
顔を背ける彼の耳は赤くなっていて、その姿に私の顔もより一層熱を持ち始める。
胸が苦しい。
今までに感じたことがないくらいの胸の苦しさに、鼓動はどんどん速くなっていく。
伝えたい。感謝の言葉を。
そう思うのに浮かぶのはありきたりな言葉で。
それでも伝えようと顔を上げる。
「あの」
「あのさ」
私が声を上げたのと同時に西川くんも声をあげた。咄嗟に先にどうぞという意味で手を差し出せば、先にいいよと彼が笑った。
「あ…の…本当に…ありがとう…。」
「え…?」
キョトンとこちらを見つめる彼は、まるでその言葉の意味が分からないという風だった。そんな彼に自然と笑みがこぼれて、私は続けた。
「西川くんの優しさが、嬉しい。気にかけてくれてありがとう。」
「え、俺何もしてないよ!相談も乗れてる訳じゃないし…。」
不安げに眉を寄せる西川くんに首を横に振る。
思い返せば、彼はいつだって気に掛けてくれていた。それは今だけじゃなくて。
『沢村。』
そう私の名前を呼ぶ彼は、いつも優しい笑みを浮かべていた。
どうして今まで、私はまともに彼の顔を見ていなかったのか。
声を掛けてきてくれた彼に対しての私の反応はきっと凄く悪いもので。
それでも3年間、彼は私を見掛ける度に声を掛けてくれた。
誰にでも優しい彼の気遣いを、今になって知るなんて。
また後悔が生まれるけれど、そんな考えをすぐに振り払う。
「いつも気に掛けてくれて…声を掛けてくれる…。私の気持ちも配慮してくれて…。嬉しい…。」
3年間の感謝を込めて。
「ありがとう。」
目を見開く彼に、私は笑った。そしてゆっくりと視線を反らして地面を見つめる。
ほんの少しだけ自分のことを言いたくて。
私はまた口を開いた。
「…私もね…西川くんと同じだった…。人と関わるのが嫌になった。」
夏祭りの日。私に全てを話してくれた彼の言葉を思い出して言う。
けれど、私と彼は違う。
唇を噛み締め、小さく口を開いて力を抜く。
「でも…西川くんとは少し違う…。私も思った。人はどうしてこんなにも黒いんだろう、汚いんだろうって…。」
過去の記憶が蘇る。
振り返れば、私は他人に振り回されていたように思う。
何を考えているか分からない他人は、本の世界のようにみんながみんな綺麗なものではない。
その現実が怖くて、同時に失望した。
だから本の世界に逃げた。
ただずっと、綺麗なものを見て浸っていたかったから。
「けど気付いた。本当に黒いのも汚いのも気持ち悪いのも全部…全部自分自身なんだって…。」
「え…」
声を漏らす彼の顔を見ることは出来なかった。
怖かった。黒いのだと、汚いのだと、気持ちが悪いのだと。彼が思った他人の中の1人だと思ったから。
それでも今私が伝えたかったのはそんな私ではない。
パッと顔を上げて、彼の方へ視線を向けた。
案の定、意味が分からないという顔をしていて。そんな彼などお構いなしで続ける。
「中学生の時、本当の自分を知った。それを見ているのが嫌になって、人に何かを思われるのが怖くなって…人と関わることをやめた…。それだけじゃない…。他人の悪いところもよく見えるようになって…それをすぐに見つけてしまう自分がまた嫌になった…。塞ぎ込んで、自分から独りを望んで、ポーカーフェイスで表情も隠して…。そうしてたら…気付いたら周りには誰もいなくて、本当に独りになってた…。またこんな自分が嫌になって、こんなんじゃ駄目だって、変わろうって決意しても結局変われなくて…。変わることを恐れてた…。私が変わっても他人は変わらないってどこかで思ってた部分もある…。でも…」
私はずっと、結局他人が悪いと思っていたんだ…。
でもそうじゃない。そうじゃなかった。
「そうじゃないって…西川くんが教えてくれた。」
そう言えば、西川くんの瞳がゆっくりと見開かれていく。
「本当は…1人で生きていける術が欲しかった…。他人には頼らずに、1人で生きていける強さがあれば、寂しい思いもしないんだって…。でも…それじゃいけない…。人は1人では生きていけない…。私はやっぱり…その優しさがほしいって思った…。」
どんな些細なことだっていい。
話し掛けてくれただけで、笑顔を向けてくれただけで。自分を見てくれたことが嬉しかった。
「みんながみんな同じじゃない…。黒くて…汚い訳じゃない…。西川くんに出会って、そう思った…。」
きっと誰にでも優しさはあって、黒い部分もあるのだろう。
その優しさを、私は見ていなかった。見ようとしていなかった。
目の前で目を見開いたままでいる西川くんを私は見据えた。
「ありがとう…。西川くんに出会えて…良かった…。」
私の言葉に、西川くんはどこか泣きそうな顔で、それでも優しく笑った。
その笑顔にまた胸が熱くなる。
「…諦めないで良かった…。」
「え?」
ぼそっと呟いた彼の声は小さくて、聞き返せば何でもないと彼は笑った。
「俺も…沢村に会えて良かった…。沢村が笑ってくれるのが、俺は何よりも嬉しいよ。」
「…っ…。」
その言葉に、笑顔に、もう何度目かも分からない胸の高鳴りが襲ってくる。
目の前で嬉しそうに笑う西川くんに、ずっと目を伏せていた事実が明確になっていく。
彼のことが、西川くんのことが好きだという事実が。
荷物を入れ終え、帰ろうと教室を出て昇降口へと向かった。
生徒が行き交う中、1人靴を履き替え学校を後にしようとした時だった。
ふと目に入ったのは、昇降口の出入口のところでスマホをいじっている西川くんだった。
席も離れ、今ではほとんど会話をすることが無くなってしまった。
掃除場所も一緒だというのに、話し掛けて来ようとする西川くんを、私は意図的に避けていた。
その理由は自分でも分からなくて。
そんな私に、西川くんは話し掛けて来ようとはしなくなった。
人がまばらになってきた昇降口に佇む彼はまるで誰かを待っているようで。
それが女の子だったらと考えたら、急に胸が痛くなって唇を噛み締める。
彼の前を通るのはやめようともうひとつの出入り口の方へ足を進めた。
「沢村!」
「っ!」
歩き始めたところで、西川くんに名前を呼ばれて顔をあげる。
少し気まずそうに、西川くんはこちらを見つめていた。
話し掛けられるとは思ってなくて、思わず呆然と立ち尽くしていれば、もう一度沢村?と名前を呼ばれて我に返る。
少しずつ彼に近付いて目の前で足を止めた。
見上げた彼はやっぱりどこか気まずそうで。
そんな態度をさせてしまっているのはきっと自分で、その事実に胸が痛くなった。
「あのさ…一緒に帰らない…?」
「え。」
一緒に…帰る…?
予想外の言葉に頭は混乱してついていけなかった。
「あ…用事があるとか…い、嫌なら…無理にとは言わないんだけど…。」
不安げにこちらを見つめる西川くんに、私は思わず首を横に振った。
はっとなって西川くんを見上げれば、彼は嬉しそうに笑って、良かったとため息交じりに言葉を漏らした。
「…っ…。」
そんな彼に明らかに自分の鼓動が速くなって、恥ずかしくなって目を反らす。
「じゃ…行こうか。」
西川くんの言葉に私はただ頷くことしか出来なかった。
2人でバスに乗って、特に会話もないままバスに揺られていた。
すると、彼は降りるのか途中でボタンを押した。
何故一緒に帰ろうと言われたのか。その意図は分からなくて、帰りの挨拶をしようと西川くんを見れば、彼もまた私を見つめていた。
「ごめん沢村。ちょっと付き合って。」
「え。」
バスが停車した瞬間、腕を掴まれ引かれる。
そのまま私は彼と一緒にバスを降りてしまった。
バスが通りすぎ、2人きりになったバス停で静寂な空気が流れていく。
「…ごめん。ちょっと…話がしたくて…。あの…前行った公園に行こう…。」
「前…?ああ…。」
夏休みに行った公園だろうか。
そう言おうとしたところで、彼はパッと私に背を向けて歩き出してしまった。
「え…。」
こちらの返事を待たずに行ってしまった彼の背中を、私はすぐに追いかける。
いつもとは違う。
いつもだったら、きちんとこちらの言葉を聞いてくれる。
それなのに、どこか一方的な彼に違和感を覚える。
そんな違和感を抱きながら公園に着けば、何も言わずに空いているベンチへ足を進めた。
「あ…ここで良かった…?」
「え、あ、うん…。」
先に座るようよくされベンチへ腰かけた。
「あのさ…」
言葉を漏らした西川くんの方へ目を向ければ、彼は自分の手元をただ見つめていて、そんな彼の横顔を私はただ見つめた。
「何か…あった…?」
「…え?」
ゆっくりと顔を上げた西川くんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
何かと言われて思い当たることは何もなくて、思わず首を傾げる。
「あ…お節介かもしれないんだけど…泣いてたよな…?昼休み…何かあったのかなって…。」
「え。」
その言葉に、お昼の聡美との出来事を思い出してあっと声を上げる。
「ご、ごめん…。ちょっと気になって…。あ、でも触れて欲しくないならもう聞かないから!」
私から視線を外した西川くんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。けれど同時に胸が熱くなって、彼が私を気にかけてくれていたという事実がただ嬉しかった。
気まずそうに視線をさ迷わせてる西川くんに、私は頭を下げた。
「ごめんなさい。」
「あ、いや!沢村が謝ることじゃ」
「じゃなくて!…あの…確かに泣いてた…。でもその…嬉し涙というか…。嫌なことがあった訳じゃないよ…。」
「え。」
目を見開く彼に、思わず笑みを溢れる。
「心配してくれてありがとう…。聡美…あ…と、友達と…嬉しいことがあって…それで…。」
聡美との出来事を思い出して、なんだか恥ずかしくなって俯く。
それ以上何も言えなくなった私に、西川くんは良かったと声を漏らした。
顔を上げれば彼はいつもの優しい笑みを溢していて、鼓動がゆっくりと速くなっていく。
「早とちりだったな…。ごめん。でも…傷付いたりして泣くことあったら言って。1人で泣くのは、辛いと思うから。」
「っ…」
どうしてこんなにも、この人は優しいのだろうか。
泣きたくなるくらいの彼の優しさに、胸が高鳴って、頬は熱くなっていく。
目の前で笑みを浮かべる彼から視線を反らすことが出来ずに呆然と見つめていれば、西川くんはあっと声を上げて顔を反らした。
「え…」
顔を背ける彼の耳は赤くなっていて、その姿に私の顔もより一層熱を持ち始める。
胸が苦しい。
今までに感じたことがないくらいの胸の苦しさに、鼓動はどんどん速くなっていく。
伝えたい。感謝の言葉を。
そう思うのに浮かぶのはありきたりな言葉で。
それでも伝えようと顔を上げる。
「あの」
「あのさ」
私が声を上げたのと同時に西川くんも声をあげた。咄嗟に先にどうぞという意味で手を差し出せば、先にいいよと彼が笑った。
「あ…の…本当に…ありがとう…。」
「え…?」
キョトンとこちらを見つめる彼は、まるでその言葉の意味が分からないという風だった。そんな彼に自然と笑みがこぼれて、私は続けた。
「西川くんの優しさが、嬉しい。気にかけてくれてありがとう。」
「え、俺何もしてないよ!相談も乗れてる訳じゃないし…。」
不安げに眉を寄せる西川くんに首を横に振る。
思い返せば、彼はいつだって気に掛けてくれていた。それは今だけじゃなくて。
『沢村。』
そう私の名前を呼ぶ彼は、いつも優しい笑みを浮かべていた。
どうして今まで、私はまともに彼の顔を見ていなかったのか。
声を掛けてきてくれた彼に対しての私の反応はきっと凄く悪いもので。
それでも3年間、彼は私を見掛ける度に声を掛けてくれた。
誰にでも優しい彼の気遣いを、今になって知るなんて。
また後悔が生まれるけれど、そんな考えをすぐに振り払う。
「いつも気に掛けてくれて…声を掛けてくれる…。私の気持ちも配慮してくれて…。嬉しい…。」
3年間の感謝を込めて。
「ありがとう。」
目を見開く彼に、私は笑った。そしてゆっくりと視線を反らして地面を見つめる。
ほんの少しだけ自分のことを言いたくて。
私はまた口を開いた。
「…私もね…西川くんと同じだった…。人と関わるのが嫌になった。」
夏祭りの日。私に全てを話してくれた彼の言葉を思い出して言う。
けれど、私と彼は違う。
唇を噛み締め、小さく口を開いて力を抜く。
「でも…西川くんとは少し違う…。私も思った。人はどうしてこんなにも黒いんだろう、汚いんだろうって…。」
過去の記憶が蘇る。
振り返れば、私は他人に振り回されていたように思う。
何を考えているか分からない他人は、本の世界のようにみんながみんな綺麗なものではない。
その現実が怖くて、同時に失望した。
だから本の世界に逃げた。
ただずっと、綺麗なものを見て浸っていたかったから。
「けど気付いた。本当に黒いのも汚いのも気持ち悪いのも全部…全部自分自身なんだって…。」
「え…」
声を漏らす彼の顔を見ることは出来なかった。
怖かった。黒いのだと、汚いのだと、気持ちが悪いのだと。彼が思った他人の中の1人だと思ったから。
それでも今私が伝えたかったのはそんな私ではない。
パッと顔を上げて、彼の方へ視線を向けた。
案の定、意味が分からないという顔をしていて。そんな彼などお構いなしで続ける。
「中学生の時、本当の自分を知った。それを見ているのが嫌になって、人に何かを思われるのが怖くなって…人と関わることをやめた…。それだけじゃない…。他人の悪いところもよく見えるようになって…それをすぐに見つけてしまう自分がまた嫌になった…。塞ぎ込んで、自分から独りを望んで、ポーカーフェイスで表情も隠して…。そうしてたら…気付いたら周りには誰もいなくて、本当に独りになってた…。またこんな自分が嫌になって、こんなんじゃ駄目だって、変わろうって決意しても結局変われなくて…。変わることを恐れてた…。私が変わっても他人は変わらないってどこかで思ってた部分もある…。でも…」
私はずっと、結局他人が悪いと思っていたんだ…。
でもそうじゃない。そうじゃなかった。
「そうじゃないって…西川くんが教えてくれた。」
そう言えば、西川くんの瞳がゆっくりと見開かれていく。
「本当は…1人で生きていける術が欲しかった…。他人には頼らずに、1人で生きていける強さがあれば、寂しい思いもしないんだって…。でも…それじゃいけない…。人は1人では生きていけない…。私はやっぱり…その優しさがほしいって思った…。」
どんな些細なことだっていい。
話し掛けてくれただけで、笑顔を向けてくれただけで。自分を見てくれたことが嬉しかった。
「みんながみんな同じじゃない…。黒くて…汚い訳じゃない…。西川くんに出会って、そう思った…。」
きっと誰にでも優しさはあって、黒い部分もあるのだろう。
その優しさを、私は見ていなかった。見ようとしていなかった。
目の前で目を見開いたままでいる西川くんを私は見据えた。
「ありがとう…。西川くんに出会えて…良かった…。」
私の言葉に、西川くんはどこか泣きそうな顔で、それでも優しく笑った。
その笑顔にまた胸が熱くなる。
「…諦めないで良かった…。」
「え?」
ぼそっと呟いた彼の声は小さくて、聞き返せば何でもないと彼は笑った。
「俺も…沢村に会えて良かった…。沢村が笑ってくれるのが、俺は何よりも嬉しいよ。」
「…っ…。」
その言葉に、笑顔に、もう何度目かも分からない胸の高鳴りが襲ってくる。
目の前で嬉しそうに笑う西川くんに、ずっと目を伏せていた事実が明確になっていく。
彼のことが、西川くんのことが好きだという事実が。