ガラッ。
少し重たい扉を開けて、ざわざわと騒がしい教室内を見渡した。

あれ…この人達…。

生徒の顔を盗み見れば、見覚えのある顔に目を見開いた。

どこか初々しさが残る元クラスメート達に、そういえば今が5月だということを思い出す。
チラッと黒板の端に書かれている日付を見れば、確かにサチが言っていた5月27日だった。

ふとあの少女の姿が脳裏に浮かぶ。

『そこに掛けてある制服を着て学校に行ってみてよ。おねーさんが見知った人達がちゃんといるから。それに、今日1日過ごせば分かるはずだよ。今が夢じゃないってこと。』

…ほんとに…過去に戻ったの…?
いや、こんなのは夢に過ぎない。あの子も、今見てるこの光景も、私が経験した過去を元に創り出した夢。
そう。これは夢なんだ。

そう自分に言い聞かせて、私は自席に着こうと足を動かそうとしてすぐに動きを止めた。

「あれ…」

私の席って…どこ…。

1年に2回しか席替えをしない学校だからと言っても、さすがに4年前のことなど思い出すことは出来なくて、どうしようと頭を悩ませる。

きょろきょろと辺りを見渡しても、クラスメート達は私のことなど気にもとめることなく話をしていた。

ここで突っ立ってても変に思われる。せめて聡美が同じクラスだったら寝ぼけてますで席を教えてもらえたのに。生憎彼女は別のクラスだ。

でも、夢ならどこに座ってもいいのではないか。
それか誰かに聞くとか。

「……。」

今までまともに人と会話をしてこなかった私には、そんなことを出来る勇気は持ち合わせていなくて。

ドクンドクンと胸が大きく脈を打ち始める。
全身が熱くなっていくのを感じて、咄嗟に俯いた。

なんで、私は何も出来ないんだろう。
なんで、私はいつもこうなのだろう。
だから私は…

「沢村、どうした?」

「っ?!」

ふと自分を呼ぶ声にパッと顔を上げれば、見覚えのある男子生徒が立っていた。

この人は確か…

「に、西川…くん…。」

記憶を辿り、彼が西川くんという名前だということをかろうじて思い出して口にする。

「大丈夫か?」

心配そうに私の顔を覗き込んでくる彼に、記憶の中で何かがカチッと繋がるような音がした。

思い出した。
確か1年生の時だけクラスが同じで、2年3年は違った。
いつも話し掛けてくれて、クラスが離れてもそれは変わらなかった。廊下ですれ違った時も。私のクラスの教室に来たときも。彼は優しく声を掛けてくれた。
誰にでも優しく接する彼は、性格も容姿も良いと女子に人気があったのを思い出す。
しかし、一部の男子からはあまり良く思われておらず、陰口を言われているのを耳にしたことがあるような気がする。

「沢村?」

昔の記憶に意識を向けていれば、西川くんの声に我に返る。顔を上げれば、あまりの顔の近さに深く息を呑んで一歩後ずさる。

「あ、ごめん!」

少し申し訳なさそうに謝る彼に、やってしまったと後悔してまた俯く。

何やってるんだ。完全に変な人と思われた。

この先何を話したらいいのかも分からずに視線を床にさ迷わせていると、目の前に立つ西川くんの足が動き出そうとしているのがわかった。

行っちゃう。でもその方がいいか…。

先程まであった緊張感はどこにいったのか。力が抜けて、まるで他人事のようにぼんやりとまぁいいかと思った。

「今日、席替えだよな。」

「え…。」

西川くんの足先は、少し斜めを向いて止まっていた。
ゆっくりと顔を上げれば、彼はどこか遠くを見つめていた。

「沢村、今窓際の後ろの席じゃん?俺、あそこ狙ってるんだ。」

「え」

パッとこちらを見た彼は、私と目が合うと優しく笑った。

「俺にとられないようにな。」

今度は悪戯っ子のような笑みを見せると、じゃあまた後で、と言って西川くんは私の横を通り過ぎて行ってしまった。

少しだけ加速した胸が、密かに熱を持ち始めるのを感じた。

なんで…こんなに胸が熱いんだろう…。

耳に残る西川くんの優しい声に、ぼんやりとそんなことを思う。

先程彼が言っていた席へと足を進めて、静かに席に着いた。
窓の外を見つめれば、雲ひとつない青空が広がっている。
あの頃と同じ景色なのに、なぜだか輝いて見えた。

ああそうかと、自分の中で答えが見つかった。

ああやって誰かに笑い掛けてもらえたのは、もう何年も前だからだ。

そっとなにかを堪えるように、私は唇を噛み締めて俯いた。