「入賞したの…。」

電話口で言う優奈の声はか細くて、まるでその事実を嬉しく思っていないように思えた。

「おめでとう…。」

心からそう思うのに、今の彼女にそう伝えて良いのかが分からなかった。
ありがとうと言う彼女の声はやっぱりどこか喜んでいないように思えて。それ以上何を言って良いのかが分からないでいれば、彼女が先に沈黙を破った。

「幸乃に一番に伝えたくて、電話しちゃった。ごめんね。もう家?」

「ううん。ちょどバスを降りたところ…。」

そっか。そう言う彼女の声はいつもよりも僅かに小さいように感じた。それは電話のせいなのかそれとも。

何かを言いたそうに、けれども何も言わない優奈に違和感を覚えて、あのさと切り出すが、次の言葉を考えていなくてまた静寂な空気が流れる。
どうしたの?と優しい彼女の声が電話越しに聞こえて、何だか少し安心してしまう。

「優奈が暇なとき…遊びに行かない…?」

咄嗟に出た言葉に自分でもびっくりした。
けれど、もしかしたら彼女は悩んでいるのかもしれない。それを言える場を、どうにか設けたいと思った。そうじゃなくても、入賞したことは本当に凄いことで、お祝いしたいという気持ちもあった。
後者を伝えれば、彼女は本当に嬉しそうにありがとうと口にした。

「来週でも大丈夫?来週の日曜日なら空いてる。」

彼女には言葉に2つ返事で了承して、私たちは電話を終えた。


次の日の学校でも、彼女は嬉しそうだった。
けれど入賞したことを話題に出せばほんの僅かに彼女の顔が歪んだ。
それは本当によく見ていないと分からないくらいで。どうしたのだろうと思うが、それを口に出すことは出来なかった。

日曜日。遊びに行こうと誘ったのは私だというのに、遊ぶ場所が決められずにいれば、優奈からショッピングがしたいと言われショッピングモールに行くことが決まった。

互いの家から近いところにしようと決まり、探したところ丁度中間のところにあり、私たちは駅で待ち合わせをした。


「おはよう!幸乃。」

先に着いた私の元に、優奈は笑顔で駆け寄ってきた。

普段の制服姿とは違って、彼女はブラウンのシャツのワンピースを身に纏っており、優しい雰囲気の彼女にはとてもよく似合っていて可愛らしかった。

「おはよう。」

「私服って新鮮だね。幸乃カッコいいね。」

白のブラウスにスキニーという何とも無難な服装に、彼女は似合ってると言ってくれた。

「でも…幸乃はもっと可愛い服も似合うと思う。」

それも良いんだけどと付け加えた彼女は急に顎に手を添えてうーんとうなり始めた。

「よし、今日は幸乃の服を選ぼう!」

「え。」

思いもよらなかった言葉に思わず声を上げれば、彼女はよし行こうと言ってスタスタと行ってしまった。そんな彼女の後ろをすぐに追い掛ければ、彼女は振り返って嬉しそうに笑った。

「楽しみ。」

その言葉に胸が熱くなる。
こんな私と一緒にいて、彼女はそう言ってくれるのか。
嬉しいのに、なんだか申し訳なさが胸を支配して。
それでも楽しそうに歩く彼女の横顔に、自然と私も笑みが溢れた。


「ふふ。いっぱい買ったね。」

「そ、そうだね…。」

正確に言えば買わされたのだけど。
無事に買い物も終わり、少し遅めの昼食をとろうとカフェに入った私は項垂れた。

「いやぁ、着せ替えって楽しいね。」

すぐに服屋さんに向かった私たちはぼんやりと服を見ていたのだが、優奈から急にこの服着てみて、と言われて着たのが始まりだった。

私が着替えている間に彼女は数着の服を既に選んでおり、すぐにこれ着てとの指示が出され、私はそれにただただ従っていた。

「でも、幸乃がスカート持ってないっていうからびっくりしたよ。」

「うん…。制服ぐらいかな…着るのは…。」

注文したたらこスパゲッティを2人で頬張りながら言う。

「そうなんだ。でもデートとかだったらスカートの方が良いでしょ?」

その言葉に一瞬動きが止まる。こういう話題は少し嫌で、曖昧に返事を返す。

「…あの…西川くんとはどうなの?」

「っ…」

急に出てきた名前に思わず食べていたたらこスパゲッティを吹き出しそうになって慌てて飲み込む。
大丈夫?と慌てた様子の優奈に水を差し出されてそれを受け取って飲み干す。

「…はぁ…。…なんで…西川くん…?」

落ち着いたところでそう返す。
何故だか体は緊張したみたいに強張って、無意識に拳に力が入る。

「だってなんか、似合うし。それに…西川くんは…そんな気がする…。」

「そんな気…?」

眉を寄せて首を傾げれば、彼女はひとくち水を飲むと咳払いをした。

「西川くん幸乃のこと好きそうっていうか…。絶対気がある。」

その言葉にかっと顔が熱くなるのを感じて俯く。
過去にも、誰かに同じようなことを言われた。その時、忌まわしい記憶が脳裏に浮かんで、先程までの熱が引いて、代わりに手のひらに冷や汗が滲む。
嬉しい。そう思うのに、心の大半を締めているのは恐怖だった。

「そんなことは…」

「なくないよ。西川くんって周りのことよく見てて気がつくし、誰に対しても優しいんだけど、幸乃に対してはもっとと言うか…。幸乃が休んだ日なんて、いつもよりも暗かったし、ずーっとスマホ見てたよ。私もだけど、連絡来ないか待ってたんじゃないかな。西川くんから連絡来たんでしょう?」

そんな事実に驚きながら、私は静かに頷いた。

あの日、西川くんから来たメッセージも朝だった。それから私が返したのは夕方で。確かに1分も経たないうちに返信か来たけれど、その間彼はずっと気にしてくれていたのだろうか。
そんな考えが過るけれど、そんなことはないとすぐに自分の中で否定した。

「それに、幸乃結構田中くんと仲良いでしょ?本の貸し借りで。2人が話してるとき、西川くん暗いっていうか…何かに絶えてる感じがする。嫉妬してるんじゃないかなって、私は思うけど。」

初めて知った事実に目を見開けば、すぐに彼女が知らなかったの?と呆れたようにため息をついた。

正直、花火大会に誘われたときにもしかしてと思った。
ただのクラスメートを誘うだろうかと考えてしまった。でもそれ以上考えるのは怖くて私は目を伏せた。

けれど無意識に考えていたから、私はあの夢を見続けていたのだろうか。

体調を崩してからはもう見なくなってしまった。考えないようにしようと、意識を別のことに集中させていた。

西川くんとも、席替えで離れたせいもあり、話す機会はほとんどなくなった。
私は元々優奈がいた席で、西川くんは壁際の一番後ろの席だった。
話す機会があるのは掃除の時間だけで、それでもあの日からうまく話せずに、あまり顔を見れなくなったように思う。

「席替えもしちゃったし、あんまり話してないよね。」

「…っ…。」

「何かあったの?」

何かあったと聞かれれば、何もないだ。西川くんは普通だ。避けているのは私で、相手のことをよく見ている彼はそんな私に気が付いて、話し掛けるのをやめただけ。

自分の勝手な感情で、彼を振り回しているだけ。
嫌われているのは目に見えている。

「もし、言いたい、言った方が楽になれるなら聞くよ。」

その声に顔をあげれば、彼女はいつもの優しい笑みを浮かべていた。そんな彼女に目を見開けば、彼女はぷっと吹き出したかと思えばすぐに優しい笑みに戻った。

「だって、友達なんだから。」

当たり前でしょと言って笑う優奈に、思わず涙が溢れそうになって俯く。
胸が熱い。目頭が熱い。ぎゅっと拳を握り締めて思う。

こうして友達と口に出して言われたのは初めてだ。

そこで、私は本来の目的を思い出して顔をあげる。

「ありがとう…。あの…優奈は…?」

「え?」

何のことかというような表情を見せる彼女は首を傾げた。そんな彼女に一言悩みと言えば、彼女の瞳が僅かに見開かれる。

「本当は、それが聞きたくて誘った…。入賞の報告してくれたとき、なんだか様子が変だなって思って…。会って入賞の話したらやっぱり変だなって…。」

さっぱりと分からないと言う風だった彼女は、“入賞”という言葉を出した途端に顔を歪ませた。そんな彼女の様子に確信を持った私は続ける。

「喜んでるように見えた…。でも、それ以上に何かに怯えてるような気がして…。何かあるのかなって…。もし何かを抱えてるなら、話聞けたらなって…。あ、でも言いたくないなら無理しないで…。」

そこまで言って彼女と視線を交わす。
優奈は変わらずに唇を噛み締めて、不安げに私を見つめていた。

数分間、静寂な空気が流れた。その間、彼女は私から視線を外して空になった皿をじっと見つめていた。

「怖くなった…。絵を描くことが…。」

静かに呟かれた言葉は、騒がしいカフェのなかでは本当に小さくて。けれどそれは私の耳にちゃんと入って、私は目を見開いた。

「…入賞する前からなんだけど…。夏休み中ずっと何を描こうか悩んで悩んで悩んで…。結局何も思い付かなかった。私だけ何もまだ描いてない…。最初は自分でも気付かなかった。けど、先生からも先輩からも同級生からも、あの絵はすごいって誉められる度に怖くなってる自分に気が付いた。それで入賞してもっと誉められて…。その時先生から、次も期待してるって言われて…初めて分かった…。これだって。私、無意識に前よりも良い絵をって考えてて、期待されてるって言われたとき…これが怖いんだって…。」

今も描けてないのと言う声は、か細くて、少しだけ震えていた。
そんな彼女に、何と声を掛けて良いかが分からなかった。

何もできない。

自分の不甲斐なさに唇を噛み締める。
何かを言わなきゃと考えても何も出なくて。胃の辺りが熱くなって手に汗が滲む。

そっと顔を上げれば、ずっと俯いたままでいる彼女が密かに震えていることに気が付いてあっと声を漏らす。

そんな私に彼女は顔をあげた。
その瞳にはうっすらと涙の膜が張っていて思わず目を見開く。
そんな私に気が付いた彼女はごめんと短く言うと、また俯いてしまった。
彼女のその行動に密かに自分の胸が痛むのを感じた。

私、何もできない。

その事実が悔しくて、けど何も出来なくて。一度深く呼吸をして、先程の彼女の言葉を思い出して顔を上げる。

「ゆっくりで…良いと思う…。」

私の言葉に、優奈が顔をあげる。その瞳にはもう涙はなかった。その代わりに唇が少し赤くなっていて、彼女が必死に涙を我慢していたのが分かって胸が痛む。

「あの…私、絵ってよく分からないから、何て言ったら良いのか分からないんだけど…。前回みたいに想像して描かなくても良いんじゃない…?想像して描くって、アイデアを出すのにいっぱい考えるから、いつか頭がパンクしちゃうんじゃないかな…。それに、今の優奈は“期待”って言葉に囚われすぎてると思う…。そうじゃなくて…描きたいものを描いたら良いんじゃない…かな…?見たもの…えと、綺麗なものとか格好いいものとか可愛いものとか…。優奈が見て感動したものを描いてみるとか…。」

そこまで言ってちらっと優奈を見れば、彼女は呆然と私を見つめていた。そんな彼女から少し視線を外して続ける。

「き、期待ってさ…されちゃうと思う…。実際に私も見て、あの絵は凄いって思った。だから次はどんなだろうって…思っちゃう…。けどそれは、本当に仕方ないと思う。だってそれ位凄かったから…。だから、それを受け入れてみない…?そんな簡単に、期待されてる、怖いって気持ちは消せないと思うから…。まずは受け入れて、あと…思い出してほしい…。優奈はどうして絵を描いてるの…?誰かに期待してほしくて描いてる訳じゃないよね…?描くのが好きだから描いてるんでしょう…?」

「っ…。」

息を呑んだ彼女の瞳には涙が溜まっていた。その姿にはっと我に返って口をつぐむ。
もう少しで溢れそうな涙が気になって、そっと鞄からハンカチを出して差し出す。
一瞬目を見開いた彼女はすぐにそれを受け取って目元を拭った。

夢を追い掛けて来た彼女の背中に突如乗っかってきた期待は、きっと恐怖なだけではなかったはずだ。
少なからずそこには喜びもあったはず。それでも彼女の中で恐怖が勝って、気付けば期待に応えようとしていた。

「駄目なことは考えなくて…良いんだよ…。その時になってみないと分からないから…。それはその時考えよう…。私もその時は一緒に考える。」

ふと、夏休みに出会ったカフェのマスターと西川くんを思い出した。

乗り越える力を、自分1人でつくってはいけない。

マスターに言われた言葉が蘇る。私では何の役にも立てないかもしれない。
でも、それでも…。

「と、友達だから…。」

「……。」

ポロっと、優奈の瞳から涙がこぼれ落ちた。彼女はそれを拭うことなくそのままポロポロ溢していく。
そんな彼女に私は目を見開く。はっと気が付いて彼女の名を呼べば、我に返った彼女は急いで目元を拭った。

「ご、ごめ…止まんない…。」

目元を押さえる彼女に、良いんだよと口にする。

「止めなくて良いんだよ…。我慢は良くないから…。」

そう言えば、ピタッと優奈は動きを止めるとすぐに大きく頷いた。
そんな彼女の肩の力が少し抜けたように見えて、私は安堵のため息をこぼした。

「ありがとう…。」

暫くして落ち着いた優奈は優しく笑ってそう言った。

「なんか…1人で悩んでたのが馬鹿みたいに思えてきた…。」

「え。」

「ふふ。でも本当は電話したとき、幸乃なら聞いてくれるかなって思ってた…。でも言えなくて…。まさか気付かれてたとは思ってなかった…。」

照れくさそうに笑う彼女に、私も笑みが溢れた。

「そうだね…。私見失ってた…。好きだから描いてるのに。自分が描きたいと思ったものを描いてたのに…。期待に応えようと必死に頭巡らせてた…。」

ため息をつく優奈からは、もう迷いも不安も見えなかった。

「少し歩いてみる。色んなもの見て、感じる。きっと日常の中で見落としてるものって沢山あると思うから。」

「うん…。」

「それにしても、幸乃に友達って言われたことが、正直一番胸に響いた。」

嬉しそうに言う優奈に、え?と声をあげる。

「…だって…一線引かれてる感じがしてたから…。でも話すようになって違うって思った。きちんと見ててくれて、話聞いてくれて、意見くれて…。心配かけちゃったけど…嬉しかった。最初は私のことどう思ってるのかなって考えてたときもあったけど、ちゃんと向き合ってくれて…悩んでるのも気付いてくれて…友達って言ってくれた…。本当に…本当に嬉しかった。」

笑う彼女は本当に嬉しそうで。恥ずかしくなって私は彼女から視線を外した。

本当は怖かった。自分から友達と言うのは。
ふと浮かんだのは聡美の顔で。

あの頃の私だったらきっと言えなかった。
いや、そもそも言う相手なんていなかった。

こうして過去を今だと受け入れて、言葉を交わして。少しずつでいい。ゆっくりでいい。
それでもきちんと縁はつくられていくから。

ぱっと顔を上げて優奈の顔を見る。偽りのないその笑顔に私の不安は拭われていった。

「私、人が苦手だった…。」

私の言葉に、優奈の顔から笑顔が消えた。

「…きっかけは…仲間はずれにされたとき…。小学校のときだった。3人で遊んでて…。1人がこの子と遊ぶからって言って、その子を連れて行っちゃった。私、悲しくて…。でもその時思ったの…。その子みたいになれば、仲間はずれにされないんじゃないかって…。」

蘇る記憶に胸が苦しくなった。けれど誰にも言ったことのない思いを、どこかに吐きたかった。

「でも結局同じようなことがまたあった。怖くて…悲しくて…。そしたらまた、その人を真似すれば同じことにならないんじゃないかって思った。気が付いたら色んな人を観察して色んな人を真似して…。そんなことしてたらふと気が付いた。本当の自分ってなんだろうって…。そしたら…笑えなくなった…。ポーカーフェイスを持つようになった。自分は強いんだ。1人でも平気なんだって…。自分から独りになった。」

それでも、結局私は存在していた。
何にも、誰にも染まることなく、真っ黒いままだった。

「でもその後…色々あって…。その時…本当の自分を知った…。醜くて、気持ち悪くて、真っ黒で…。自分自身に失望した…。鏡を見るのも嫌になるときもあった…。自分の存在そのものが気持ち悪くて…けどそう思ってるのに自分を許してるところにまた嫌気がさして…。塞ぎ込んだ…。こんな自分を見せたくなくて、何かを思われるのが怖くて、その人たちを嫌いになる自分を見たくなくて…。そうしてる内に、独りぼっちになってた…。そこで気付いた。私なにやってるんだろうって…。」

行動を改めてみようと思っても、結局変えることが出来なかった。
こうして過去に戻ることができて、やらなければいけないと追い込まれなきゃできなくて。
できた試しはないのだけれど。

けど、今の私は変われたんだと思う。少し。ほんの少しなのかもしれないけれど。
その一歩は自分からではない。変われる勇気をくれたのは、紛れもなく自分が恐れていた“人”で。
それをくれたのは…

「優奈に出会って、私少しだけど変われた。優奈だけじゃない…。西川くん、田中くん、聡美。皆が、臆病だった私の背中を押してくれた…。友達っていう存在がかけがえのない大切なものだって教えてくれた…。」

誰も信じられなくなった。自分さえも。
けれど皆の笑顔が、優しさが、言葉が。私を変えてくれたんだ。

「…出会ってくれて…ありがとう…。」

顔を上げれば優奈はまた瞳に涙を溜めていた。その姿に私は目を見開いた。

「ご、ごめんね…。また泣いて…。でも嬉しくて…。こちらこそありがとう…。私も幸乃に支えられてる。今回のことだけじゃない。ずっと前から。幸乃の言葉に、笑顔に、優しさに。ありがとう…。本当に、幸乃が友達で良かった…。」

泣きながら笑顔を浮かべる彼女の言葉にまた目頭が熱くなった。

『友達で良かった。』

その言葉が木霊するように頭に響いて、胸が熱くなって、もう我慢出来なかった。

「え…幸乃?!う、嘘?!えと…はい、これ!」

慌てる彼女を見ればぼやけていて、自分が泣いてることを理解した。
差し出されたハンカチを受け取りながら、ありがとうの言葉の代わりに何度も頷いた。

「ふふ…。私たち、面白いね。こんなカフェで号泣しちゃって。」

目元を拭いながら辺りを見渡せば、特に誰もこちらを気にしている人はいなかった。
ガヤガヤとした店内は笑い声や話し声で溢れていて、そんな中で泣いている自分達に笑みがこぼれる。

「そうだね…。」

恥ずかしいはずなのに、何故だか心は穏やかであたたかかった。



帰り道。駅へ向かった私たちはあの後何時間もカフェで話をしていた。
優奈の絵の話、彼氏の話、中学校の友達の話。
私から話せる話題は何もなくて。それを伝えれば、彼女は自分は話が好きだからと色んな話をしてくれた。

そんな彼女の気遣いにまた心があったかくなった。

「今日はありがとう。」

「こちらこそ。幸乃のこと知れて良かった。もし、吐き出したいときがあったら言って。いつでも聞くから。でもその代わり、私の話も聞いてね。」

「うん。ありがとう。私もいつでも聞くから。」

「ふふ。ありがとう。今日は本当に、ありがとね。また明日、学校で。」

手をあげる優奈に、私も軽く手をあげる。

「こちらこそ…。暗いから気を付けてね…。また明日。」

笑顔で別れた私の足取りは軽かった。

優奈に選んでもらった服の袋を見つめながら、密かに笑みをこぼす。

今度遊ぶときはこれを着てみよう。

そんなことを考えながら、丁度目の前で停車した電車へと乗り込んだ。