「おはよう沢村。大丈夫か?」

すでに席に座っていた西川くんは、私が近付けばすぐに気付いて声を掛けてくれた。

「おはよう…。大丈夫だよ。ありがとう…。」

そう告げれば、彼は嬉しそうに笑って良かったと口にした。
そんな彼に胸が熱くなって拳を握る。

席に着きながら、辺りに誰もいないことを確認して西川くんの方へ体ごと顔を向ける。
彼はすでにこちらに顔を向けていて、私の行動にどうした?と優しく言った。

「…あ…この間…花火大会…ありがとう…。楽しかった…。」

メッセージでも一応伝えてはいるが、直接会ってからも言おうと決めていた。
彼の顔を見れずに俯きながらではあるが、きちんと伝えることができて安堵する。

「こちらこそ。一緒に行けて良かった。……あの…さ…」

そこで言葉を詰まらせた西川くんを不思議に思って顔をあげれば、今度は彼が俯いていた。

何か言いづらいことでもあるのだろうか。
そう思って少しだけ顔を近付ければ、彼は急にあ!と声をあげる。

「…えと…その…また…2人でどっかに行かない…?」

「え。」

「あ、いや!深い意味はない!え、深い意味…?あ…えと…」

焦り始めた西川くんに対して、私の思考は停止していた。
そんな私に気が付いた西川くんが沢村?と私を呼ぶ。はっと我に返って、先程の西川くんの言葉を理解した途端、じわじわと頬に熱を持ち始めたのを感じて俯く。

「あ…無理だったら…無理で大丈夫だから。」

彼の弱くなった声に思わず首を横に振る。顔を上げて彼を見れば不安げな顔をしていて、逆に捉えられたと思って急いで訂正する。

「ちがっ…う…。…また…お願いします…。」

「え。」

「え?」

シーンと、私と西川くんがいるこの場所だけに静寂が流れる。
ドキドキと高鳴っていく胸の鼓動がやけに大きく聞こえて、ますます頬に熱が集まっていく。
それは西川くんも同じようで、顔が赤くなっているのが見て分かった。
けれど今の私にはその意味を理解しようという頭はなくて、ただ呆然と西川くんを見つめていた。


「お前ら何やってんの…?」

ふと聞こえた声に我に返れば、いつ来たのか田中くんが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

「あ、た、田中…おはよう…。」

「お、おはよう…。」

「うす…。」

特にそれ以上聞かれることはなくて、席に着いた田中くんを見つめていれば、そういえば本を借りていたことを思い出して鞄から数冊取り出す。

「た、田中くん…。」

既に本を読んでいた田中くんは顔を上げると私の方へ振り向き、ああと私の手元を見て呟いた。

「面白かった…。ありがとう…。残りは、ちょっとずつ持ってくるね…。」

「ん…。あ、大丈夫か?」

「え?」

聞かれた言葉の意味が分からずに首を傾げれば、体調と一言呟かれてはっとなる。

「え…あ…大丈夫…。」

「そうか。」

まさか田中くんから心配されるとは思ってなくて、思わず固まってしまっていれば、彼は急にあ、と声を上げて鞄を漁り始める。

「これ返すわ。さんきゅ。」

手には私が貸した本数冊が握られていて、それを差し出される。

「全部面白かった。」

「あ…良かった…。」

それを受けとれば、またよろしくと言って彼はすぐに本を読むのを再開させた。
そんな彼から離れ席に着いたところで、幸乃!と聞き慣れた声に顔をあげる。

「優奈…。」

そこには心配そうに眉を寄せる優奈がいて。夏休み前よりも良くなった顔色に安堵した。

「おはよう。体調大丈夫?」

「おはよう…。大丈夫だよ。連絡ありがとう…。」

「ううん。最初返信が来ないから心配しちゃった。少し顔色悪いけど、元気そうで良かった。夏休みはどうだった?」

彼女のそんな質問に胸がドキリと鳴る。
横を向きながら荷物をしまう優奈がこちらに顔を向けていないのを確認して、チラッと西川くんの方へ視線を向ければ、ばちっとその視線が合ってしまってすぐに反らす。

何だか恥ずかしくなって俯きながら、特にはと返事をする。

「そっか。幸乃と遊びたかったな。私は部活づけだったよ。」

「あ…そういえばコンクールは?」

「発表は来週。この夏休みはずっと課題頑張ってて、なんかあれ以上のものが描けなくて…。スランプなんだよね…。」

そう言って笑う彼女の顔は一瞬歪んで、大丈夫かなと心配になった。

「次の課題自由なんだよね…。」

「え、自由…?」

「そう。毎年そうみたい。夏休みに入るまでは課題を与えられるけど、そこからはもう自由。好きに描きなさいって。難しいよ…。」

ため息をこぼす彼女は、それでもどこか楽しそうに見えた。
もしかしたら、そうやって自由に描く方が彼女には合っているのかもしれない。

「頑張ってね…。」

「うん。ありがとう。文化祭で展示するんだ。」

“文化祭”

懐かしいその言葉に目を瞬きさせる。
そういえば文化祭って…

「11月だっけ…?」

「そうだよ。うちのクラスはなんだろう。」

過去の記憶を辿ってみると、確か1年生の頃は縁日をやったように思う。
けれどそれ以上は思い出すことは出来なくて。
それは2年、3年の記憶もそうだった。
そう思うと、自分がどれ程興味がなかったかを思い知らされる。

「楽しみだね。」

そう口にした彼女に、私は曖昧に笑った。