「ん…。」

ゆっくりと目を開ければ、見慣れた天井がそこにあった。呼吸をしようと息を吸い込んだところで喉の奥が急激にむず痒くなって咳き込む。

「ゴホッ…ゴホッ…。」

近くにあったスポーツドリンクを手に取りそれを飲み込んだ。

「あれ…」

息をついて体を起こせば、体はあまり重たくなくて朝よりもスッキリしたように思う。

ベッドサイドに置いてある時計に目をやれば、時刻は16時を過ぎていた。

結構寝てたな。

そんなことを考えて、そういえば夢を見ていないことに気が付いた。
それとも思い出せないのか。どっちにしろもうその事は考えたくなくて違うことに意識を向ける。

「お腹…空いたな…。」

朝から食べ物を入れていない私のお腹は密かに音を鳴らしていた。

何かを食べようと部屋を出て下に降りる。
少しふらつく体を壁で支えながらキッチンへ向かえば、テーブルに紙が1枚置いてあった。

“お腹空いたらお粥食べなさい。”

パッとコンロの方へ目を向ければ、鍋が1つ置いてあった。蓋を開ければ冷えきったお粥があって、とりあえず火をつける。
ぐつぐつ煮えたところで火を止め、スプーンを取り出してひとくち口に入れた。

薄い…。

もう一度火をつけて冷蔵庫から醤油を取り出して少し入れ、ついでに塩と味の素も少々足す。
良い具合の味付けになったら火を止めて、私はそのままお粥を口に入れた。

立ったまま1人お粥を食べていれば、玄関の方から音が聞こえ、母の帰りを知らせた。

「なにしてんの?」

振り返れば、案の定呆れた顔の母が立っていて、そのまま母を一瞥するとお粥を食べるのを再開させた。

「今食べてるの?しかも立ち食い。座って食べなさい。」

母の言葉にチラッとお粥を見ればもう残りは少なくて。そのまま残り僅かのお粥を口に入れた。

「洗い物はやるわよ。どう?調子は。」

持っていた鞄を置いて、長い髪をひとまとめにすると、母は私の横で手を洗い始めた。

「もう大丈夫…。」

「そう。夕飯は?少なめにしとこうか?入らないでしょう?」

その問い掛けに頷いて、鍋を流しに置けば母はそれを洗い始めた。

「何時まで寝てたの?」

「4時かな…。」

「相当疲れてたのね…。明日も無理そうなら休みなさい。あんた具合悪くなったら続くんだから。無理しちゃ駄目よ。」

そんな母の言葉に懐かしさが蘇る。

こうして心配されたのは久し振りだった。
一人暮らしを始めてから、私は両親の連絡にさえもあまり応答していなかった。
父と母が引っ越した家にも、お正月に一度行っただけだ。
気が付けば連絡など殆どなくなって、寂しさを覚え始めた頃、その優しさに今さらになって気が付いた。

「ありがとう…。」

無意識にそんな言葉を口にしていて、はっと我に返ったときには母は目を丸くして驚いていた。

「…どういたしまして。」

どこか照れくさそうに笑う母に、何故だか泣きそうになった。

「ゆっくり休みなさい。ご飯になったら呼ぶから。」

「うん…。」

返事をして、私はまた自室へと戻った。
ふとベッドサイドに置かれたスマホが点滅していることに気が付いて手に取る。

「あ…。」

画面を開けば、何件かのメッセージが届いていた。その送り主は優奈と聡美、そして西川くんからのものだった。

皆朝に連絡が来ており、どれも体調を心配する内容だった。
急いで3人に返事をすれば、すぐにその返事がまた返ってきた。

心が熱くなった。
嬉しくて、また泣きそうになって堪える。

皆の優しさが、ただただあたたかかった。

それにしても、聡美から連絡が来たのは意外だった。
今日は午前中授業でお昼は食べないため、違うクラスの彼女と関わることがないはずなのに。

もしかして何か用事があったのか。

そう思って彼女とのトーク画面を開くが、特に何か用があったという内容は書かれていなくて、“お大事に”としか書かれていなかった。

もしかして純粋に心配してくたのかと思ったが、何だか恥ずかしくなって考えるのをやめた。

明日一応聞いてみよう。

そう思いありがとうとだけメッセージを送って、聡美とのトーク画面を閉じた。