花火を見終えた私たちは特に会話をしないまま、自然と会場を出ようと足を進めていた。
未だに賑わう屋台をぼんやりと見つめていれば、不意に西川くんがあ!と声を上げて立ち止まる。

「どうかしたの?」

「あ…いや、ちょっとあそこ見てもいい?」

そう言って指差したのはアクセサリーなどが並ぶ屋台だった。

私が頷けば、彼はありがとうと言って屋台の方へ足を進めた。私もその後ろをついていって屋台へ入った。

そこにはアクセサリーやストラップ、置物などが並んでいた。隣の西川くんを見れば、彼はぶら下がっているストラップを一つ一つ眺めていた。
ストラップが欲しいのかなと思いながら、私は机に並ぶストラップを眺めた。
ふと、端の一番奥に置いてあったストラップに目が止まった。

袋に入ったそのストラップは、風鈴のストラップのようで、ピンクとブルーの2色が同じ袋に入れられていた。
じっとそのストラップを見つめていれば、目の前に立つ屋台のおじさんに声を掛けられた。

「良いのあったかい?」

「え?あ…えと…」

急に話し掛けられたことに緊張感が胸を押し寄せてきて、咄嗟に見ていた風鈴のストラップを指差す。

「お!おねーちゃん良いのに目つけたね。」

言いながら、おじさんはそれを私に差しだしてくれた。

「綺麗…。」

袋に入った2つのストラップはまるでシャボン玉のように透き通っていて、1つは暖色系を基調としたグラデーションがされていて、もう1つはそれと対になっているのか寒色系を基調としてグラデーションされていた。
そして暖色系の風鈴にはピンク色の短冊が、寒色系にはブルーの短冊がついていた。

「それはね、縁を結ぶ風鈴ストラップなんだよ。」

眺めていた私に、おじさんはそう言った。

「これペアなんだけど、カップルで持つともしも離れ離れになったときに、この風鈴の音で2人を引き寄せてくれるんだよ。どうだい?彼氏に買ってもらいなよ?」

ニカッと笑うおじさんに、断って返そうとしたけれど、横からスッとそのストラップを取り上げられた。
横を見ればいつから居たのか、西川くんが立っていて思わず目を見開く。
そして彼は私から取り上げたストラップをおじさんに差しだして言った。

「これください。」

「え?!」

戸惑う私などお構い無しで、彼は手短に会計を済ませると軽くおじさんに会釈をしてその場を離れた。

「良かったな!ねーちゃん。」

おじさんのそんな言葉に曖昧に返事をして、私は西川くんの背中を追いかけた。

「西川くん…?」

すたすたと歩く西川くんに声を掛けるが返事はない。
何か怒らせることをしてしまったのだろうか。
そんなことを思っていれば、もう屋台は少なくなってきた通りまで来ていた。

暫く会話のないまま歩いていれば、人が少なくなってきたところでふと西川くんが動きを止めた。
彼の少し後ろを歩いていた私は、歩みを止めて彼の後ろ姿を見つめる。すると、西川くんはゆっくりとこちらを向いた。
その顔は怒っている訳ではなく、どこか気まずそうな顔をしていた。

「西川くん…?」

もう一度彼の名前を呼べば、彼は持っていたストラップの袋を開け始めた。
その動作をぼんやりと見つめていると、彼は袋の中からピンク色の短冊がついた風鈴を取り出して、私の方へ差し出した。

「え…?」

「あ…綺麗って言ってたから…その…。」

そう言って俯く彼は、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。
気まずい空気が流れて、生ぬるい風が頬を掠めた。

チリンッ。

風で鳴り響く風鈴の音に、何故だか懐かしい感じがした。

「貰っても…良い…?」

気が付けばそう口にしていて、私の言葉に西川くんがゆっくりと顔をあげる。

交わる視線から反らすことができずに見つめていれば、不意に西川くんが笑った。
その笑みにまた胸が高鳴って、視線を西川くんから風鈴へと写した。

「もちろん。」

告げられた言葉に、私は手を出して風鈴を受け取った。

鮮やかな色の風鈴はやっぱりシャボン玉のように綺麗で。チリンッと鳴る音に密かに胸が鳴った。

「ありがとう…。大切にするね…。」

そう言って笑みを溢せば、彼もまた笑みを溢して頷いた。

「…じゃあ…そろそろ帰ろうか…。」

「うん…。」

歩みを進めた西川くんの横に並んで、私たちは帰路を歩き始めた。
また私たちの間に沈黙が流れたけれど、それがどこか心地よく感じられた。

暫くしてチラッと盗み見た西川くんが空を見上げていることに気が付いて、私も空を見上げた。

「…綺麗…。」

満天の星空に思わずそう呟けば、彼はそうだなと言葉を漏らした。

「今日はありがとう…。」

不意に立ち止まった西川くんに私も立ち止まれば、彼は私の方に向き直ってそう呟いた。

「色々…話し聞いて貰えたし…。何よりすごい楽しかった。」

笑みを浮かべる西川くんに、私も自然と笑みを溢した。

お母さんのことを思うと、本当に胸が苦しくなった。
彼がどれくらいの悲しみを背負い、後悔と怒りにのまれてきたのかは、私には到底分からない。
けれど立ち上がって前に進む西川くんは、誰よりも強くて格好いいのだと感じた。

ぐっと唇を噛み締めて私は密かに思う。
彼のような強い人になりたい。彼のように人に寄り添える優しい人になりたい。
もう考えるだけでは駄目なんだ。行動に移していかなければ。

俯いていた顔を上げて、私は西川くんを見上げる。

「…私も…変わりたい…。西川くんのように、強い人になりたい…。」

ゆっくりと見開かれていく彼の瞳を、私はじっと見つめていた。それから彼の瞳は細められて、照れくさそうに西川くんは笑った。

「沢村なら、変われるよ。」

確かに聞こえた声は力強かった。そんな彼に、私は涙を堪えながら大きく頷いた。