「ごめん、早く着きすぎたな…。」

「大丈夫だよ…。」

次の日。18時に迎えに行くと言ってくれた西川くんは18時前には私の家の前にいた。

「わざわざありがとう…。」

「全然。女の子1人じゃ危ないから。」

もう一度ありがとうと伝えれば、西川くんは優しく微笑んでくれた。

ここから隣町の花火大会はそう遠くはなくて。
2人でその道のりを歩いていれば、お祭りに行くであろう人達が増えて来たように思う。
その中でも浴衣姿の人は多くて、自然と目で追ってしまう。

「浴衣の人多いな。沢村は浴衣とか着ないの?」

「あ…うん…。持ってなくて…。」

「そっか…。絶対似合うのに…。」

そう言う西川くんに胸が鳴る。頬に熱が集まってくるのを感じたが、周りが薄暗いおかげてそれを西川くんに気付かれることはなくて安堵する。

西川くんは、所謂人たらしという人なのだろうか。
気さくで、笑顔が素敵で、さらっとこちらが期待してしまうのではないかと思うことを言う。

昨日の出来事で、彼に対しての壁はなくなったように思う。
こんな私に歩み寄ってくれたのは、本当に嬉しかった。
けれど…。

チラッと隣の西川くんを見つめれば、周りの人よりも端正な顔立ちに何故だか居心地が悪くなった。
彼のような素敵な人の隣に、自分が今いることが心底嫌になる。
そう思ったら周りの目が気になって、同時に恐怖を覚えた。
気づけば少しずつ息苦しくなっていって、密かに手が震えた。

「沢村?」

不意に名前を呼ばれてはっと我に返れば、西川くんは心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「あ…ごめんなさい…。」

「大丈夫か?具合悪い?」

そんな彼に大丈夫だよと返すが、彼は心配の色をそのままにそっかと呟いた。

暫く無言のまま歩いていれば、だんだんと提灯や屋台が姿を見え始めて密かに心踊る。

「懐かしいな…。」

もうお祭りなんて何年も行っていない。それもあまり記憶にはなくて、どんなだったっけと考えても、思い出せることはなかった。

「俺も久し振り…。あ、何か食べたいものとかある?」

キョロキョロと辺りを見渡して、ずらりと並ぶ屋台に目をやる。その中で私はチョコバナナに目を向けた。

「…チョコバナナ…食べようかな…。」

「よし、行こうか。」

人混みを掻き分けながら2人でチョコバナナの屋台まで行くと、威勢の良いおじさんの声が耳に入る。

「らっしゃい!」

「すみません、2つ下さい。」

西川くんの言葉で急いでお金を出そうと鞄に手をかけるが、それを制止される。

「じゃあ、150円ね。2人ともお似合いのカップルだから1本無料にしてやる。」

カップルという言葉に、胸が高鳴って咄嗟に俯く。

「あー…はは…どうも。」

西川くんをチラッと見れば、彼もまた少し照れくさそうにそう言って、150円を出して2本のチョコバナナを受け取った。

「はい。」

差し出されたチョコバナナを受け取って、慌てて謝る。

「ごめんなさい…。お金…」

「全然。俺バイトしてるし、今日は一緒に来てくれたから。」

「え…」

言われた言葉に思わず目を見開いた。
呆然とする私に、西川くんは急に私の腕を掴むと、行こうと言って歩き始めた。

ふと触れられた腕が熱くなって、頬もまた熱を持ち始める。

後ろでまた威勢の良いおじさんの声が聞こえて、振り返れば後ろに人が並んでいたことに気が付いた。

歩き始めて数分。人がまばらになってきたところで、繋がれていた手が離された。

「あそこに座ろうか。」

指差したベンチに座って、私は西川くんを見上げた。

「あの…ありがとう…。」

「いいえ。食べようか。」

そう言ってチョコバナナにかじりついた西川くんに習って、私もひとくちかじりついた。

「あ…美味しい…。」

久し振りに食べたチョコバナナは美味しくて、懐かしいその味に笑みが溢れた。

「そうだな。甘いの食べてるとしょっぱいもの食べたくなるな。」

ぱくぱくと食べる西川くんはあっという間にチョコバナナを平らげてしまって、少し焦りが出てしまう。
そんな私に気が付いた西川くんは、小さく笑ってゆっくりで良いよと口にした。

「あ、そうだ。花火、7時半頃に上がるみたい。それまでに、色々食べようか?」

「うん。」

頷いて、残りあと少しとなったチョコバナナを頬張っていく。ふと視線を感じて西川くんの方に目を向ければ、ばちっと視線が交わった。

「あ…ごめん…。」

少し慌てたように私から視線を外すと、西川くんは前を向いた。そんな彼を不思議に思いながら私は最後のひとくちを口に入れた。

「よし、次は主食でも食べようか。あ、焼きそば寄って良い?」

「うん。」

2人でまた屋台の方へ戻って、焼そばを探す。
その間にお好み焼きやたこ焼き、いか焼きなどを見つけると、西川くんは1つずつ買っていた。

「2人で分けて食べよう。」

焼そばを買い終えた西川くんはどこか楽しそうにそう口にした。

「あ!唐揚げある。」

そう言って唐揚げの方へ歩みを進める西川くんの背中を、密かに笑みをこぼしながら見つめていた。

少し広めな休憩スペースに2人で向かい合うようにして座って、買ったものを広げた。

「あの…私もお金払うよ。」

そう言ってお財布を差し出そうとしたけれど、すぐにその手を制止された。

「俺が好きでやってるから。いらない。さ、食べよう。」

割り箸を差し出されて、咄嗟に受けとる。
美味しそうと溢す西川くんにもうそれ以上何も言えなくて、ありがとうと小さく呟いた。

2人で買ったものを全て平らげて、私たちはその場を後にした。