「はい。」
「ありがとう…。」
差し出されたスポーツドリンクを受け取って、それをひとくち飲み込んだ。
キャップを締めて、遠くの方で遊ぶ子供達をぼんやりと見つめた。
あの頃は、何も気にせずにただ笑って生きていたのに。
大人になればなるほど、笑顔は消えて生きづらくなっていく。
何も知らないあの頃が、なんだか輝いて思えて仕方がない。
「良いよな、子供って。」
西川くんを見れば、彼もまた子供達をどこか遠くを見るような目で見ていた。
「楽しいことも悲しいことも全部、あの頃は聞かれなくても素直に言えてたよな。」
「そう…だね…。」
「あそこまでなれとは言わないけど、沢村はもう少し肩の力抜いて話して良いんだよ。」
また、優しく西川くんは笑った。
「悩みがあるなら聞くよ。言って楽になるなら。でも、言いたくないとか、言って沢村が傷付くなら、聞き出そうとはしないから。」
「え…」
「大人になればなるほど、相手の感情を気にする。自分が言って何かを思われるのが怖い…とか。溜め込むのは駄目だけどさ、言って余計なもの増えたら、もっと辛いと思うから。」
笑みをこぼす彼は、本当に優しい人なのだと分かった。
密かに胸が熱くなった。
「だから、確認したい。俺は…沢村の力になりたい。だから、もしも沢村が抱えてるもの打ち明けて楽になるなら、話し聞きたい。でも話して辛くなるなら、何も言わなくていい。ただ、自分苦しめてまで溜め込まないでほしい。泣いたりするだけでも良いから。」
不安げな眼差しで見つめるその瞳が見ていられなくなって俯いた。
脳裏に浮かぶ忌まわしい記憶が怖くなった。
これを話して、彼に何かを思われるのが怖い。
いや、何かではない。
嫌われるのが怖い。
そう思ったらもう言葉は出なかった。
そんな私の頭に、そっと西川くんの手が添えられた。
見上げれば、彼は優しい笑顔を浮かべている。
「大丈夫。話したくなったら言って。いつでも聞くから。何度も言うようだけど…俺は沢村の力になりたいから。」
どうして、こんなにも彼は優しいのだろうか。
無償の優しさを、他人に与えられるのだろうか。
ただ嬉しくて、嬉しくて。
私はそっと口を開いた。
「ありがとう…。西川くんの優しさが、嬉しい…。」
素直にそう口にすれば、見上げた西川くんの頬が赤く染まっていくのに気が付いた。
思わず見とれてしまっていれば、不意に彼の手が離れてばっと顔を反らされる。
「え…あ…西川くん…?」
「い、いきなりその笑顔は……。」
「え。」
ぼそっと呟かれた言葉が一瞬理解できなくて、思考が停止する。
すぐに自分が笑っていたことに気が付いて、ぎこちない笑顔になってしまっていたことに恥ずかしくなった。
「あ…ご、ごめんなさい…。見苦しいものを…」
ごめんなさいともう一度口にすれば、彼は急にこちらに顔を向けた。
「可愛いよ!」
「え」
告げられた言葉の意味が分からずに、また思考が停止した。
けれど頭の中に響く西川くんの声でようやく理解した途端、頬に熱が集まって胸がこれでもかというくらいに高鳴っていく。
思わず顔を反らして俯く。
「あ…ご、ごめん!…えと…」
口ごもった彼は急にあ!と声をあげると、ポケットを漁って何かを取り出した。
「これ…マスターから…。」
「え…。」
差し出されたのは2枚の千円札と、綺麗なピンク色をした飴玉だった。
「お金いらないって。でもその代わり、また来てって。その時はお金払って貰うから、覚悟しといてって言ってた。」
「え、でも!」
そう言った私に、西川くんは私の手を取ると、無理矢理お金と飴玉を握らせた。
「また来て…。俺からもお願い…。」
真剣な眼差しの彼にもう何も言えなくなって、私は頷くことしか出来なかった。
「飴玉も…貰っちゃって…。」
「あー…“幸せの飴玉”。」
「え?」
彼を見上げれば、優しい笑みを浮かべて笑っていた。
「お客さんに必ず渡すんだ。少しでもここに居た時間が幸せであってほしいって。そんな思いを込めて、マスターは来てくれたお客さんに飴玉を渡してる。」
優しく、でも豪快に笑うマスターの顔を思い出した。
「“幸せ”って言葉が、マスターは大好きなんだ。だから沢村の名前も素敵だなって言ってた。俺も思う。幸乃って、良い名前だな。」
そう言って笑った西川くんに、だんだんと頬が熱くなっていくのを感じた。
何も言わない私を不思議に思ったのか、彼はこちらに視線を向けると、私の顔を見て目を見開いてからごめんと口にした。
「あ…馴れ馴れしかったよな…。ごめん…。」
「え、あ…いや…。」
それ以上互いに何も口にすることはなく、また静寂な空気が流れていく。
その間も私の鼓動は大きく鳴るばかりで、どうしていいか分からなかった。
「あの…さ…。」
暫くの沈黙のあと、西川くんの声で我に返る。
そっと隣に目を向けるが、彼は俯いたまま地面を見つめていた。
「もし…良かったら…明日の花火大会一緒に行かない…?」
「花火大会…?」
「隣町でやる…。」
そう言われ、確か新聞のチラシに花火大会のお知らせが入っていたのを思い出す。
「あー…あ!そうだ!あの2人も誘おうか。」
「あの2人…?」
「田中と長月!み、皆で行かないか…?」
何故か必死な西川くんが可笑しくて、私は少し笑みを溢して頷いた。
「じゃあ!俺田中に連絡してみる。」
西川くんがスマホを取り出したのを見て、私もスマホを取り出す。そこでふと彼の連絡先を知らないことに気が付いて、ピタリと動きを止めて西川くんを見た。
私の視線に気が付くと、彼はスマホの操作を止めてこちらに目を向けた。
「どした?」
優しく笑う彼にドキドキ高鳴る胸を抑えながら、意を決して口を開いた。
「れ、連絡先…交換しませんか…?」
「え、あ…。うん、交換しよう。そうだ…知らなかったんだ…。」
「うん…。田中くんのは知ってるんだけど…」
「え。」
急に動きを止めた西川くんに私も動きを止めて彼を見つめた。
目を見開く彼に、小首を傾げてどうしたの?と口にした。
「し、知ってるの…?田中の…。」
「あ…うん…。本の貸し借りするようになって…交換した…。」
「そ、そうなんだ…。よく連絡とってんの…?」
「いや…最近は特に…。連絡というか…ただ本の写真が送られてきて、持ってるかどうかの返事を返すくらいかな…。」
あまりまめではない田中くんとの間には殆ど会話がない。正直それくらいの方がいい。
ふとそんな彼が花火大会に行くのだろうかという疑問が生まれたところで、西川くんが声を上げた。
「あ…行かないって…。」
「…だよね…。」
優奈にも聞こうとスマホを操作しようとして、そういえば彼女の家が遠い事を思い出す。
「あ…優奈…家が遠いんだよね…。学校から2時間掛かるみたいで…。」
「…遠いな…。じゃあ…長月も駄目か…。」
また静寂な空気が流れて、2人して俯く。
これは、行かない方向で良いのだろうか。
他の人を誘うにも、一緒に行ってくれるような知り合いはいなくて落胆する。
何も言えずにただ地面を見つていれば、西川くんがそっと声を上げた。
「…じゃあ…さ…。ふ、2人で行かない…?」
ぽそっと呟かれた言葉に顔を上げる。
彼の方を見つめても、彼はこちらには視線を向けていなくて。ただ一点に地面を見つめていた。
その横顔がほんの少し赤く染まっていることに気が付いて胸が鳴った。
「夜だから家まで迎えに行くし…ちゃんと送る…。えと…息抜きにどう…?」
ゆっくりとこちらに視線を向けた西川くんと目があった。
じわじわとまた頬に熱が集まっていく。
ドキドキと高鳴る胸を確かに感じながら、私は静かに頷いた。
「ありがとう…。」
差し出されたスポーツドリンクを受け取って、それをひとくち飲み込んだ。
キャップを締めて、遠くの方で遊ぶ子供達をぼんやりと見つめた。
あの頃は、何も気にせずにただ笑って生きていたのに。
大人になればなるほど、笑顔は消えて生きづらくなっていく。
何も知らないあの頃が、なんだか輝いて思えて仕方がない。
「良いよな、子供って。」
西川くんを見れば、彼もまた子供達をどこか遠くを見るような目で見ていた。
「楽しいことも悲しいことも全部、あの頃は聞かれなくても素直に言えてたよな。」
「そう…だね…。」
「あそこまでなれとは言わないけど、沢村はもう少し肩の力抜いて話して良いんだよ。」
また、優しく西川くんは笑った。
「悩みがあるなら聞くよ。言って楽になるなら。でも、言いたくないとか、言って沢村が傷付くなら、聞き出そうとはしないから。」
「え…」
「大人になればなるほど、相手の感情を気にする。自分が言って何かを思われるのが怖い…とか。溜め込むのは駄目だけどさ、言って余計なもの増えたら、もっと辛いと思うから。」
笑みをこぼす彼は、本当に優しい人なのだと分かった。
密かに胸が熱くなった。
「だから、確認したい。俺は…沢村の力になりたい。だから、もしも沢村が抱えてるもの打ち明けて楽になるなら、話し聞きたい。でも話して辛くなるなら、何も言わなくていい。ただ、自分苦しめてまで溜め込まないでほしい。泣いたりするだけでも良いから。」
不安げな眼差しで見つめるその瞳が見ていられなくなって俯いた。
脳裏に浮かぶ忌まわしい記憶が怖くなった。
これを話して、彼に何かを思われるのが怖い。
いや、何かではない。
嫌われるのが怖い。
そう思ったらもう言葉は出なかった。
そんな私の頭に、そっと西川くんの手が添えられた。
見上げれば、彼は優しい笑顔を浮かべている。
「大丈夫。話したくなったら言って。いつでも聞くから。何度も言うようだけど…俺は沢村の力になりたいから。」
どうして、こんなにも彼は優しいのだろうか。
無償の優しさを、他人に与えられるのだろうか。
ただ嬉しくて、嬉しくて。
私はそっと口を開いた。
「ありがとう…。西川くんの優しさが、嬉しい…。」
素直にそう口にすれば、見上げた西川くんの頬が赤く染まっていくのに気が付いた。
思わず見とれてしまっていれば、不意に彼の手が離れてばっと顔を反らされる。
「え…あ…西川くん…?」
「い、いきなりその笑顔は……。」
「え。」
ぼそっと呟かれた言葉が一瞬理解できなくて、思考が停止する。
すぐに自分が笑っていたことに気が付いて、ぎこちない笑顔になってしまっていたことに恥ずかしくなった。
「あ…ご、ごめんなさい…。見苦しいものを…」
ごめんなさいともう一度口にすれば、彼は急にこちらに顔を向けた。
「可愛いよ!」
「え」
告げられた言葉の意味が分からずに、また思考が停止した。
けれど頭の中に響く西川くんの声でようやく理解した途端、頬に熱が集まって胸がこれでもかというくらいに高鳴っていく。
思わず顔を反らして俯く。
「あ…ご、ごめん!…えと…」
口ごもった彼は急にあ!と声をあげると、ポケットを漁って何かを取り出した。
「これ…マスターから…。」
「え…。」
差し出されたのは2枚の千円札と、綺麗なピンク色をした飴玉だった。
「お金いらないって。でもその代わり、また来てって。その時はお金払って貰うから、覚悟しといてって言ってた。」
「え、でも!」
そう言った私に、西川くんは私の手を取ると、無理矢理お金と飴玉を握らせた。
「また来て…。俺からもお願い…。」
真剣な眼差しの彼にもう何も言えなくなって、私は頷くことしか出来なかった。
「飴玉も…貰っちゃって…。」
「あー…“幸せの飴玉”。」
「え?」
彼を見上げれば、優しい笑みを浮かべて笑っていた。
「お客さんに必ず渡すんだ。少しでもここに居た時間が幸せであってほしいって。そんな思いを込めて、マスターは来てくれたお客さんに飴玉を渡してる。」
優しく、でも豪快に笑うマスターの顔を思い出した。
「“幸せ”って言葉が、マスターは大好きなんだ。だから沢村の名前も素敵だなって言ってた。俺も思う。幸乃って、良い名前だな。」
そう言って笑った西川くんに、だんだんと頬が熱くなっていくのを感じた。
何も言わない私を不思議に思ったのか、彼はこちらに視線を向けると、私の顔を見て目を見開いてからごめんと口にした。
「あ…馴れ馴れしかったよな…。ごめん…。」
「え、あ…いや…。」
それ以上互いに何も口にすることはなく、また静寂な空気が流れていく。
その間も私の鼓動は大きく鳴るばかりで、どうしていいか分からなかった。
「あの…さ…。」
暫くの沈黙のあと、西川くんの声で我に返る。
そっと隣に目を向けるが、彼は俯いたまま地面を見つめていた。
「もし…良かったら…明日の花火大会一緒に行かない…?」
「花火大会…?」
「隣町でやる…。」
そう言われ、確か新聞のチラシに花火大会のお知らせが入っていたのを思い出す。
「あー…あ!そうだ!あの2人も誘おうか。」
「あの2人…?」
「田中と長月!み、皆で行かないか…?」
何故か必死な西川くんが可笑しくて、私は少し笑みを溢して頷いた。
「じゃあ!俺田中に連絡してみる。」
西川くんがスマホを取り出したのを見て、私もスマホを取り出す。そこでふと彼の連絡先を知らないことに気が付いて、ピタリと動きを止めて西川くんを見た。
私の視線に気が付くと、彼はスマホの操作を止めてこちらに目を向けた。
「どした?」
優しく笑う彼にドキドキ高鳴る胸を抑えながら、意を決して口を開いた。
「れ、連絡先…交換しませんか…?」
「え、あ…。うん、交換しよう。そうだ…知らなかったんだ…。」
「うん…。田中くんのは知ってるんだけど…」
「え。」
急に動きを止めた西川くんに私も動きを止めて彼を見つめた。
目を見開く彼に、小首を傾げてどうしたの?と口にした。
「し、知ってるの…?田中の…。」
「あ…うん…。本の貸し借りするようになって…交換した…。」
「そ、そうなんだ…。よく連絡とってんの…?」
「いや…最近は特に…。連絡というか…ただ本の写真が送られてきて、持ってるかどうかの返事を返すくらいかな…。」
あまりまめではない田中くんとの間には殆ど会話がない。正直それくらいの方がいい。
ふとそんな彼が花火大会に行くのだろうかという疑問が生まれたところで、西川くんが声を上げた。
「あ…行かないって…。」
「…だよね…。」
優奈にも聞こうとスマホを操作しようとして、そういえば彼女の家が遠い事を思い出す。
「あ…優奈…家が遠いんだよね…。学校から2時間掛かるみたいで…。」
「…遠いな…。じゃあ…長月も駄目か…。」
また静寂な空気が流れて、2人して俯く。
これは、行かない方向で良いのだろうか。
他の人を誘うにも、一緒に行ってくれるような知り合いはいなくて落胆する。
何も言えずにただ地面を見つていれば、西川くんがそっと声を上げた。
「…じゃあ…さ…。ふ、2人で行かない…?」
ぽそっと呟かれた言葉に顔を上げる。
彼の方を見つめても、彼はこちらには視線を向けていなくて。ただ一点に地面を見つめていた。
その横顔がほんの少し赤く染まっていることに気が付いて胸が鳴った。
「夜だから家まで迎えに行くし…ちゃんと送る…。えと…息抜きにどう…?」
ゆっくりとこちらに視線を向けた西川くんと目があった。
じわじわとまた頬に熱が集まっていく。
ドキドキと高鳴る胸を確かに感じながら、私は静かに頷いた。