「じゃ、部活行ってくる。夏休み楽しんでね!バイバイ。」
「うん。優奈も。」
部活へ向かった優奈に手を振って、私は荷物をまとめ始めた。
早めに終わったからか、教室内はまだざわついていて、残っている生徒が多かった。
荷物をまとめている者もいれば、友達と楽しそうに話している者もいる。
どちらかと後者の方が多いような気がして、少し居心地が悪くなって廊下にあるロッカーへ逃げた。
早く帰ろう。
そんなことを思いながら、残っている教科書を持ってまた席に戻る。
そそくさと持ってきたトートバッグに教科書を詰めて、鞄には今日もらった夏休みの課題を詰めこむ。
全ての荷物を詰め終わったところで、そういえばと、田中くんが貸してくれた本を思い出して西川くんの方へ視線を向けた。
彼はもう支度を済ませているようでスマホをいじっていたが、すぐに私の視線に気が付くとこちらに目を向けて笑った。
不意に見せられた笑顔に不覚にも胸が高鳴って、咄嗟に視線を床に下げる。
「終わった?」
彼の言葉に、私はただ頷くだけだった。
「帰るか。」
そう言われてまた頷いて、私は荷物を肩にかける。
「大丈夫?持とうか?」
どこまでも優しい彼にまた胸が高鳴って、小さな声で大丈夫と告げた。
「無理になったら言って。」
そう言うと、西川くんは荷物を持って扉の方へ歩みを進める。
私もそれに続いて行こうとしたが、クラスメートの男子が彼に話し掛けているのを見て、何となく足が止まってしまった。
あまり、一緒にいるのを見られない方がいいか。
西川くんも、周りのクラスメートも私の事なんて眼中にもないだろうけど、万が一噂でもたてられたら大変だ。
誰にでも優しくて愛想が良い西川くん。
そんな彼を好きな女の子は、このクラスに必ずいると思う。
さぞかし告白も多いのだろう。
そんな彼をどこか遠くで見つめて、彼が話終わるのを待ってから歩みを進めた。
少し距離を置いて彼の後をついていけば、彼はこちらをチラチラ気にしながらも歩みを止めなかった。
昇降口まできたところで、ようやく彼のそばまで近付いた。
昇降口にはほとんど人はいなくて、他のクラスや恐らく先輩であろう人たちが何人かいた。
上履きから靴へと履き替えて、一度置いたトートバッグを持ち上げようとすれば、それがひょいと別の誰かに持ち上げられた。
そんなことをするのはここには一人しかいなくて、顔を上げれば西川くんが優しい笑みを浮かべていた。
「重いでしょ。持つよ。」
「あ…、それは大丈」
私の言葉を最後まで聞かずに、西川くんはスタスタ歩いていってしまった。
そんな彼を急いで追い掛けて隣に並ぶ。
「あの…、ほんとに…大丈夫だから…。」
内心で焦りながらそう言えば、彼は大丈夫だよと言った。
重いものを2つも持たせてしまった。
罪悪感にかられながらもどうしたら良いのかがわからなくて、手に汗が滲んでいく。
「ご、ごめんなさい…。」
近くのバス停まで着いたところで、地面を見つめながら私はやっとそう口にした。
周りには誰もいなくて、静寂な空気が流れていく。
「俺がしたくてしてるから、謝らないで。」
その言葉にゆっくりと顔を上げれば、西川くんは少し悲しそうに笑っていた。
その表情にふと胸が痛くなる。
やって貰って、ごめんなさいは違う…。
今言うべき言葉は、謝罪なんかじゃない。
「あ、ありがとう…。」
目を反らさずに、私は彼にそう伝えた。
一瞬見開かれた彼の瞳がすぐに細められて、西川くんはどこか照れくさそうに笑うと、どういたしましてと口にした。
その言葉に今度は胸が熱くなって俯く。
「バス、何時だっけ?」
「え、あ…12時50分かな…?」
そう口にしたのと同時に、遠くの方からバスが来るのが見えた。
スマホの時計を確認すれば、時刻はすでに12時51分だった。
目の前に停車したバスに乗り込んで、2人で一番後ろの席に座る。
バスには誰も乗っておらず、静寂な空気がまた流れ始めた。
バスに揺られること20分。
私がいつも降りているバス停で降りると、西川くんは何も言わず付いて来てくれた。
「あ…西川くんはどこで降りてるの…?」
「俺は1個前のところだよ。わりと近いから、大丈夫だよ。」
その言葉に安堵して、私はもう一度ありがとうと口にした。
何の会話もできずに、ただ炎天下の空の下無言で歩いていた。
何を話せば良いのだろう。
そんなことをぐるぐる考えていれば、隣を歩く西川くんに名前を呼ばれた。
「あ…沢村は、夏休みとか…予定あるの?」
気まずさに耐えきれなくなったのか、そう声を掛けてくれた西川くんに申し訳なさが生まれるが、予定など何もなく、会話を広げられないことにより一層それは増していく。
「あ…何も…。えと…西川くんは…?」
何とか会話を繋げようと聞き返せば、彼もまた特にはと口にした。
「…強いて言うならバイト…かな…。あ、あと帰省する…。」
「え、帰省…?」
帰省と言う言葉が引っ掛かってすぐに聞き返せば、彼はうんと頷いた。
「俺、今母親の実家で暮らしてるんだ。ここの高校行くのに、自分の家からじゃ通えなくて…。」
初めて聞いた事実に、私は目を見開いた。
「そうなんだ…。…何か目的があってここに来たの?」
「あー…うん…まぁ…そうだね。」
どこか歯切れの悪い返答に、これ以上聞いてはいけないと思って口を閉じた。
もしかしたら人には言えない理由があるのかもしれない。
そう思って違う話題を振ろうとしたが、何も浮かばず結局それ以上口を開くことは出来なかった。
しばらくして、自分の家が見えてきて顔をあげる。
「あ…私の家ここ…。」
「あ、そうなんだ。」
「ありがとう…運んでくれて。」
「全然。どうしようか?玄関まで運ぶ?」
その言葉に大丈夫と言おうとしたが、ここまで運んでくれたのに何もお礼をしないのは失礼だと思って、お願いしますと口にした。
玄関の鍵を開けて、どうぞと彼を中に入れる。
「ここでいい?」
「うん…。本当にありがとう…。えと…良かったら…上がって…。」
「え。」
ばっとこちらを見つめて目を見開く西川くんに、私は思わず一歩後ずさる。
何か間違ったことを言っただろうか…。
何か用事があるとか…。
もしかして、人の家に上がるのは駄目なのだろうか…。
その考えにいきついて、私はすぐにごめんなさいと口にした。
「あ、上がるのは嫌だよね…。えと、ちょっと待ってて。」
「え、ちょっ」
彼の言葉を無視して、私は家に上がるとキッチンへ向かった。
冷蔵庫にあったスポーツドリンクを手にとって、その隣にあった小さなゼリーをいくつか掴んで冷蔵庫の扉を閉めた。
未使用の袋にそれらを詰めて、ついでに近くにあったお菓子をいくつか入れた。
それを持って玄関へ戻れば、彼は何かを言いたげにしていたが、私の手元の袋を見つめて動きを止めた。
「これ…良かったら…。対した物がなくて、全然お礼にならないかもだけど…。」
「え!そんないいのに!」
「でも…。」
差し出した袋を受け取らない西川くんにどうしたら良いのか分からず、視線を下にさ迷わせながら考える。
すると、手の中から袋がスッと消えて、顔を上げれば申し訳なさそうに彼は笑って袋を掲げた。
「ありがとう。」
「ううん…。暑い中本当にありがとう。」
頭を下げて言えば、彼は優しい声でどういたしましてと言った。
「…じゃあ…気をつけて帰ってね…。」
「あ…うん…。また。」
西川くんはまた何か言いたげな顔をしていたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて出ていった。
1人取り残された玄関で、私は崩れるようにしゃがみこんだ。
どっと疲労感が全身を襲う。
自分が思っている以上に、どうやら私は緊張していたようだ。
うまく話せず、運んで貰ったのに対したお礼も出来なかった。
最後の彼の困ったような笑顔が脳裏に焼き付いていて、胃がきゅっと締め付けられるのを感じた。
やっぱり私は駄目なんだ…。
うまく会話も出来ない。気も使えない…。
そうやってまた自己嫌悪に浸り始めた時だった。
『ゆっくりでいい。少しずつでいい。』
「っ?!」
ふと聞こえた声に顔を上げたが、そこには誰もいなかった。
辺りを見渡しても誰もいない。
それでも確かに聞こえた声は、聞き覚えのある声だった。
ゆっくりでいい…。少しずつでいい…。
そう言ったのは、サチだった。
まるで頭の中に直接語りかけるように聞こえた優しい声に、心がだんだんと穏やかになっていく。
「大丈夫…。」
自分にそう言い聞かせるように呟いて、立ち上がった。
「うん。優奈も。」
部活へ向かった優奈に手を振って、私は荷物をまとめ始めた。
早めに終わったからか、教室内はまだざわついていて、残っている生徒が多かった。
荷物をまとめている者もいれば、友達と楽しそうに話している者もいる。
どちらかと後者の方が多いような気がして、少し居心地が悪くなって廊下にあるロッカーへ逃げた。
早く帰ろう。
そんなことを思いながら、残っている教科書を持ってまた席に戻る。
そそくさと持ってきたトートバッグに教科書を詰めて、鞄には今日もらった夏休みの課題を詰めこむ。
全ての荷物を詰め終わったところで、そういえばと、田中くんが貸してくれた本を思い出して西川くんの方へ視線を向けた。
彼はもう支度を済ませているようでスマホをいじっていたが、すぐに私の視線に気が付くとこちらに目を向けて笑った。
不意に見せられた笑顔に不覚にも胸が高鳴って、咄嗟に視線を床に下げる。
「終わった?」
彼の言葉に、私はただ頷くだけだった。
「帰るか。」
そう言われてまた頷いて、私は荷物を肩にかける。
「大丈夫?持とうか?」
どこまでも優しい彼にまた胸が高鳴って、小さな声で大丈夫と告げた。
「無理になったら言って。」
そう言うと、西川くんは荷物を持って扉の方へ歩みを進める。
私もそれに続いて行こうとしたが、クラスメートの男子が彼に話し掛けているのを見て、何となく足が止まってしまった。
あまり、一緒にいるのを見られない方がいいか。
西川くんも、周りのクラスメートも私の事なんて眼中にもないだろうけど、万が一噂でもたてられたら大変だ。
誰にでも優しくて愛想が良い西川くん。
そんな彼を好きな女の子は、このクラスに必ずいると思う。
さぞかし告白も多いのだろう。
そんな彼をどこか遠くで見つめて、彼が話終わるのを待ってから歩みを進めた。
少し距離を置いて彼の後をついていけば、彼はこちらをチラチラ気にしながらも歩みを止めなかった。
昇降口まできたところで、ようやく彼のそばまで近付いた。
昇降口にはほとんど人はいなくて、他のクラスや恐らく先輩であろう人たちが何人かいた。
上履きから靴へと履き替えて、一度置いたトートバッグを持ち上げようとすれば、それがひょいと別の誰かに持ち上げられた。
そんなことをするのはここには一人しかいなくて、顔を上げれば西川くんが優しい笑みを浮かべていた。
「重いでしょ。持つよ。」
「あ…、それは大丈」
私の言葉を最後まで聞かずに、西川くんはスタスタ歩いていってしまった。
そんな彼を急いで追い掛けて隣に並ぶ。
「あの…、ほんとに…大丈夫だから…。」
内心で焦りながらそう言えば、彼は大丈夫だよと言った。
重いものを2つも持たせてしまった。
罪悪感にかられながらもどうしたら良いのかがわからなくて、手に汗が滲んでいく。
「ご、ごめんなさい…。」
近くのバス停まで着いたところで、地面を見つめながら私はやっとそう口にした。
周りには誰もいなくて、静寂な空気が流れていく。
「俺がしたくてしてるから、謝らないで。」
その言葉にゆっくりと顔を上げれば、西川くんは少し悲しそうに笑っていた。
その表情にふと胸が痛くなる。
やって貰って、ごめんなさいは違う…。
今言うべき言葉は、謝罪なんかじゃない。
「あ、ありがとう…。」
目を反らさずに、私は彼にそう伝えた。
一瞬見開かれた彼の瞳がすぐに細められて、西川くんはどこか照れくさそうに笑うと、どういたしましてと口にした。
その言葉に今度は胸が熱くなって俯く。
「バス、何時だっけ?」
「え、あ…12時50分かな…?」
そう口にしたのと同時に、遠くの方からバスが来るのが見えた。
スマホの時計を確認すれば、時刻はすでに12時51分だった。
目の前に停車したバスに乗り込んで、2人で一番後ろの席に座る。
バスには誰も乗っておらず、静寂な空気がまた流れ始めた。
バスに揺られること20分。
私がいつも降りているバス停で降りると、西川くんは何も言わず付いて来てくれた。
「あ…西川くんはどこで降りてるの…?」
「俺は1個前のところだよ。わりと近いから、大丈夫だよ。」
その言葉に安堵して、私はもう一度ありがとうと口にした。
何の会話もできずに、ただ炎天下の空の下無言で歩いていた。
何を話せば良いのだろう。
そんなことをぐるぐる考えていれば、隣を歩く西川くんに名前を呼ばれた。
「あ…沢村は、夏休みとか…予定あるの?」
気まずさに耐えきれなくなったのか、そう声を掛けてくれた西川くんに申し訳なさが生まれるが、予定など何もなく、会話を広げられないことにより一層それは増していく。
「あ…何も…。えと…西川くんは…?」
何とか会話を繋げようと聞き返せば、彼もまた特にはと口にした。
「…強いて言うならバイト…かな…。あ、あと帰省する…。」
「え、帰省…?」
帰省と言う言葉が引っ掛かってすぐに聞き返せば、彼はうんと頷いた。
「俺、今母親の実家で暮らしてるんだ。ここの高校行くのに、自分の家からじゃ通えなくて…。」
初めて聞いた事実に、私は目を見開いた。
「そうなんだ…。…何か目的があってここに来たの?」
「あー…うん…まぁ…そうだね。」
どこか歯切れの悪い返答に、これ以上聞いてはいけないと思って口を閉じた。
もしかしたら人には言えない理由があるのかもしれない。
そう思って違う話題を振ろうとしたが、何も浮かばず結局それ以上口を開くことは出来なかった。
しばらくして、自分の家が見えてきて顔をあげる。
「あ…私の家ここ…。」
「あ、そうなんだ。」
「ありがとう…運んでくれて。」
「全然。どうしようか?玄関まで運ぶ?」
その言葉に大丈夫と言おうとしたが、ここまで運んでくれたのに何もお礼をしないのは失礼だと思って、お願いしますと口にした。
玄関の鍵を開けて、どうぞと彼を中に入れる。
「ここでいい?」
「うん…。本当にありがとう…。えと…良かったら…上がって…。」
「え。」
ばっとこちらを見つめて目を見開く西川くんに、私は思わず一歩後ずさる。
何か間違ったことを言っただろうか…。
何か用事があるとか…。
もしかして、人の家に上がるのは駄目なのだろうか…。
その考えにいきついて、私はすぐにごめんなさいと口にした。
「あ、上がるのは嫌だよね…。えと、ちょっと待ってて。」
「え、ちょっ」
彼の言葉を無視して、私は家に上がるとキッチンへ向かった。
冷蔵庫にあったスポーツドリンクを手にとって、その隣にあった小さなゼリーをいくつか掴んで冷蔵庫の扉を閉めた。
未使用の袋にそれらを詰めて、ついでに近くにあったお菓子をいくつか入れた。
それを持って玄関へ戻れば、彼は何かを言いたげにしていたが、私の手元の袋を見つめて動きを止めた。
「これ…良かったら…。対した物がなくて、全然お礼にならないかもだけど…。」
「え!そんないいのに!」
「でも…。」
差し出した袋を受け取らない西川くんにどうしたら良いのか分からず、視線を下にさ迷わせながら考える。
すると、手の中から袋がスッと消えて、顔を上げれば申し訳なさそうに彼は笑って袋を掲げた。
「ありがとう。」
「ううん…。暑い中本当にありがとう。」
頭を下げて言えば、彼は優しい声でどういたしましてと言った。
「…じゃあ…気をつけて帰ってね…。」
「あ…うん…。また。」
西川くんはまた何か言いたげな顔をしていたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべて出ていった。
1人取り残された玄関で、私は崩れるようにしゃがみこんだ。
どっと疲労感が全身を襲う。
自分が思っている以上に、どうやら私は緊張していたようだ。
うまく話せず、運んで貰ったのに対したお礼も出来なかった。
最後の彼の困ったような笑顔が脳裏に焼き付いていて、胃がきゅっと締め付けられるのを感じた。
やっぱり私は駄目なんだ…。
うまく会話も出来ない。気も使えない…。
そうやってまた自己嫌悪に浸り始めた時だった。
『ゆっくりでいい。少しずつでいい。』
「っ?!」
ふと聞こえた声に顔を上げたが、そこには誰もいなかった。
辺りを見渡しても誰もいない。
それでも確かに聞こえた声は、聞き覚えのある声だった。
ゆっくりでいい…。少しずつでいい…。
そう言ったのは、サチだった。
まるで頭の中に直接語りかけるように聞こえた優しい声に、心がだんだんと穏やかになっていく。
「大丈夫…。」
自分にそう言い聞かせるように呟いて、立ち上がった。