もうお昼の時間も終わりに近付いているからか、購買にいる生徒は少なかった。
お菓子のコーナーを見つめながら、どれにしようかと頭を悩ませていると、沢村と声を掛けられた。声のした方へ目を向ければ、案の定そこには西川くんが立っていて軽く会釈をする。
最近は朝と帰りの挨拶は毎日していて、掃除の時間はよく話し掛けてくれる事が多くなったように思う。
それでもまだ彼の顔をまともに見れず、話すときも緊張してしまって俯いてばかりだ。
「ここで会うの初めてだな。お菓子買いに来たのか?」
「あ…うん。長月さんに…何か甘いもの差し入れしようかなって…。」
言いながら、彼から視線を外して並べられたお菓子を見つめるふりをした。
「そっか…。沢村は優しいな。」
「え…あ…そんなことはないけど…。あ、西川くんもお菓子…?」
うまく会話を繋げようとそう言ってチラッと彼の方へ視線を向ければ、彼は少し慌てた様子で返事をした。
「甘いもの食べたくなってさ。あ…」
私から視線を反らした彼は、何かを見つけると僅かに瞳を輝かせていた。
何を見付けたのかとその視線を辿ると、見覚えのあるチョコレートを手に取っていた。
「それ…」
記憶の中で、よくそのチョコレートを食べていたことを思い出す。
ブラックとミルクチョコレートが2層になっていて、中にキャラメルソースが入っていて、甘さが丁度良いチョコレートだった。
中学、高校とよく持ち歩いていたなとぼんやりと思い出す。
「あ…俺…このチョコ好きで…。」
「…そうなんだ。私も好き…。」
そう言っていくつか重ねられたそのチョコレートの箱を1つ手に取り眺める。
一人暮らしをしてからは食べることはなくなった。
この辺にしか売っていないのか。もう販売はしていないのか。
懐かしさに浸っていれば、これ下さいと言う西川くんの声に我に返ってそのチョコレートを戻す。
長月さんに渡すチョコレートだ。
ミルクチョコレートが良いかと、その中から赤いパッケージの箱を手にとって購買のおばさんへ手渡した。
会計を済ませれば、先に終えた西川くんが私を待っていてくれたようで、少し緊張しながら彼に近付く。
「ミルクチョコレートにしたんだ。」
「うん…。甘い方が良いかなって…。」
「そっか。はい、これあげる。」
そう言って彼が差し出したのは先程のチョコレートだった。
訳が分からず彼を見れば、西川くんは優しい笑みを浮かべてどうぞと口にした。
「1つあげる。」
そう言った彼のもう一方の手を見れば、そこには同じ箱があって、彼の言う1つの意味を理解して慌てて首を振る。
「え、あ、もらえないよ…。」
「好きって言ってたし、沢村のために買ったから受け取って。」
そんなことを言われてしまえばもう受けとるしか道はなく、ありがとうと小さな声で呟いて受け取った。
「…久し振りだな、このチョコ…。」
「え?そうなの?」
「あ…うん。中学…の頃はよく持ち歩いてたけど…最近は…ないかな…。」
中学、高校、と言おうとしていた自分に少し冷や汗をかきながら何とか言葉を繋げる。
「そう…なんだ…。」
少し不思議そうに私の事を見つめる西川くんに疑問を覚えたが、私はうんと頷いた。
暫く2人で教室へ向かう道のりを歩いていれば、会話のないこの空気が少しずつ気まずさを滲み出していく。
何か話さないとと緊張と焦りが出始めて、横目で西川くんを見つめれば、彼はどこか嬉しそうな顔をしているように見えた。
何か良い事でもあったのだろうか。でもそんなことを聞くには少しためらってしまって、考えた末浮かんだのはありきたりな質問だった。
「…に、西川くんは…部活とかやってるの…?」
「え?」
少し驚いたように声を上げる彼にドキッと胸が鳴ったが、部活、ともう一度震えた声で口にした。
「あ…特には。…俺、バイトしてて…。」
先程よりも声のボリュームが下がった西川くんを不思議に思いながら、そうなんだと返す。
「…近所のカフェなんだ。」
「カフェ…。すごいね…。西川くんに合ってる…。」
社交的な彼には接客業など苦ではないのだろうと思う。
自分には出来ないな。
そう思えばなぜだか心が沈んで、気が付けばまた足元を見つめていた。
誰にでも笑顔を向けて、誰にでも優しく話しかける彼に、密かに憧れが生まれた。
でもすぐにまた、自分には到底出来ないと思った。
「そうかな…。人に慣れたくて…接客やってるんだ…。」
「え…?」
意外な言葉に、私は思わず足を止めてしまった。それに気が付いた西川くんも足を止めこちらを振り返った。
人のいなくなった渡り廊下で、西川くんは少し不安そうな顔で笑っていた。
それは初めて見る顔で。私の記憶に残る彼はいつも優しい笑みを浮かべて、気さくに話し掛けてくれる、そんな印象だったのに。
「人と話すのが苦手で、克服したいなって…。」
そう言う彼からはそんなイメージなど全くなくて。でももしかしたら高校生の頃、彼はそれを克服したくて気さくに話し掛けていたのではないか。そう悟った。
そこで、ふと彼のある行動を思い出して気が付いた。
私から話し掛けると、彼は決まって驚く。
どこか焦ったような声で返してくれる。
もしかしたら、話し掛ける努力はしていても、話し掛けられた時の態勢はあまりなっていないのかもしれない。
そう思えば、今まで遠い存在だと思っていた彼が自分と少しだけ近いような気がしてふっと肩の力が抜けた。
「すごく…意外だった…。」
そう言えば、そうかなと少し困ったように彼は笑う。
「西川くんなら…変われるよ…。」
その言葉に、確かな保証があった。
彼は変われていた。
誰にでも気さくに話し掛けて、男女問わず人気になる。少し陰口を言う輩も出てくると思うけど、きっと彼なら大丈夫だろうと思う。
そんな意味も込めて、目を見開いて呆然と立ち尽くす彼に、私は少し笑みをこぼした。
お菓子のコーナーを見つめながら、どれにしようかと頭を悩ませていると、沢村と声を掛けられた。声のした方へ目を向ければ、案の定そこには西川くんが立っていて軽く会釈をする。
最近は朝と帰りの挨拶は毎日していて、掃除の時間はよく話し掛けてくれる事が多くなったように思う。
それでもまだ彼の顔をまともに見れず、話すときも緊張してしまって俯いてばかりだ。
「ここで会うの初めてだな。お菓子買いに来たのか?」
「あ…うん。長月さんに…何か甘いもの差し入れしようかなって…。」
言いながら、彼から視線を外して並べられたお菓子を見つめるふりをした。
「そっか…。沢村は優しいな。」
「え…あ…そんなことはないけど…。あ、西川くんもお菓子…?」
うまく会話を繋げようとそう言ってチラッと彼の方へ視線を向ければ、彼は少し慌てた様子で返事をした。
「甘いもの食べたくなってさ。あ…」
私から視線を反らした彼は、何かを見つけると僅かに瞳を輝かせていた。
何を見付けたのかとその視線を辿ると、見覚えのあるチョコレートを手に取っていた。
「それ…」
記憶の中で、よくそのチョコレートを食べていたことを思い出す。
ブラックとミルクチョコレートが2層になっていて、中にキャラメルソースが入っていて、甘さが丁度良いチョコレートだった。
中学、高校とよく持ち歩いていたなとぼんやりと思い出す。
「あ…俺…このチョコ好きで…。」
「…そうなんだ。私も好き…。」
そう言っていくつか重ねられたそのチョコレートの箱を1つ手に取り眺める。
一人暮らしをしてからは食べることはなくなった。
この辺にしか売っていないのか。もう販売はしていないのか。
懐かしさに浸っていれば、これ下さいと言う西川くんの声に我に返ってそのチョコレートを戻す。
長月さんに渡すチョコレートだ。
ミルクチョコレートが良いかと、その中から赤いパッケージの箱を手にとって購買のおばさんへ手渡した。
会計を済ませれば、先に終えた西川くんが私を待っていてくれたようで、少し緊張しながら彼に近付く。
「ミルクチョコレートにしたんだ。」
「うん…。甘い方が良いかなって…。」
「そっか。はい、これあげる。」
そう言って彼が差し出したのは先程のチョコレートだった。
訳が分からず彼を見れば、西川くんは優しい笑みを浮かべてどうぞと口にした。
「1つあげる。」
そう言った彼のもう一方の手を見れば、そこには同じ箱があって、彼の言う1つの意味を理解して慌てて首を振る。
「え、あ、もらえないよ…。」
「好きって言ってたし、沢村のために買ったから受け取って。」
そんなことを言われてしまえばもう受けとるしか道はなく、ありがとうと小さな声で呟いて受け取った。
「…久し振りだな、このチョコ…。」
「え?そうなの?」
「あ…うん。中学…の頃はよく持ち歩いてたけど…最近は…ないかな…。」
中学、高校、と言おうとしていた自分に少し冷や汗をかきながら何とか言葉を繋げる。
「そう…なんだ…。」
少し不思議そうに私の事を見つめる西川くんに疑問を覚えたが、私はうんと頷いた。
暫く2人で教室へ向かう道のりを歩いていれば、会話のないこの空気が少しずつ気まずさを滲み出していく。
何か話さないとと緊張と焦りが出始めて、横目で西川くんを見つめれば、彼はどこか嬉しそうな顔をしているように見えた。
何か良い事でもあったのだろうか。でもそんなことを聞くには少しためらってしまって、考えた末浮かんだのはありきたりな質問だった。
「…に、西川くんは…部活とかやってるの…?」
「え?」
少し驚いたように声を上げる彼にドキッと胸が鳴ったが、部活、ともう一度震えた声で口にした。
「あ…特には。…俺、バイトしてて…。」
先程よりも声のボリュームが下がった西川くんを不思議に思いながら、そうなんだと返す。
「…近所のカフェなんだ。」
「カフェ…。すごいね…。西川くんに合ってる…。」
社交的な彼には接客業など苦ではないのだろうと思う。
自分には出来ないな。
そう思えばなぜだか心が沈んで、気が付けばまた足元を見つめていた。
誰にでも笑顔を向けて、誰にでも優しく話しかける彼に、密かに憧れが生まれた。
でもすぐにまた、自分には到底出来ないと思った。
「そうかな…。人に慣れたくて…接客やってるんだ…。」
「え…?」
意外な言葉に、私は思わず足を止めてしまった。それに気が付いた西川くんも足を止めこちらを振り返った。
人のいなくなった渡り廊下で、西川くんは少し不安そうな顔で笑っていた。
それは初めて見る顔で。私の記憶に残る彼はいつも優しい笑みを浮かべて、気さくに話し掛けてくれる、そんな印象だったのに。
「人と話すのが苦手で、克服したいなって…。」
そう言う彼からはそんなイメージなど全くなくて。でももしかしたら高校生の頃、彼はそれを克服したくて気さくに話し掛けていたのではないか。そう悟った。
そこで、ふと彼のある行動を思い出して気が付いた。
私から話し掛けると、彼は決まって驚く。
どこか焦ったような声で返してくれる。
もしかしたら、話し掛ける努力はしていても、話し掛けられた時の態勢はあまりなっていないのかもしれない。
そう思えば、今まで遠い存在だと思っていた彼が自分と少しだけ近いような気がしてふっと肩の力が抜けた。
「すごく…意外だった…。」
そう言えば、そうかなと少し困ったように彼は笑う。
「西川くんなら…変われるよ…。」
その言葉に、確かな保証があった。
彼は変われていた。
誰にでも気さくに話し掛けて、男女問わず人気になる。少し陰口を言う輩も出てくると思うけど、きっと彼なら大丈夫だろうと思う。
そんな意味も込めて、目を見開いて呆然と立ち尽くす彼に、私は少し笑みをこぼした。