「沢村さん?」

ぼんやりと廊下を歩いていた私に声を掛けてくれたのは、国語担当の宮本先生だった。

「大丈夫?ぼんやりしてるみたいだけど…。」

まるで母親のような包容力がある先生は、心配そうな眼差しで私を見つめていた。

「あ…大丈夫です…。」

小さな声でそう告げて、先生の横を通り過ぎたところで、沢村さんとまた呼ばれて立ち止まる。
振り返って先生を見つめれば、先生は優しい笑みを浮かべて笑っていた。

「沢村さん。もっと、顔を上げてみるといいよ。」

「え…」

言われてる意味が分からず聞き返せば、先生は私に近付くとそっと私の肩に手を添えた。

「力を抜いて、顔をあげるだけで、少しでも変われるから。」

「……。」

大丈夫よ。
それだけ言うと、先生は行ってしまった。

顔を上げる…。

ゆっくりと顔を上げて、そっと力を抜いた。

これで何が変わるの?
ふとそんなことが浮かんだけれど、去っていく先生の背中が視界に入って、背筋を伸ばしたその後ろ姿が凛々しくて素敵だと思った。