あれから、私の日常はこっちでの高校生活になっていた。
あの頃と同じ時を辿っているはずなのに。
見るもの、感じるもの。全てがあの頃とは違って見えた。
それは私が周りを見ていなかったせいなのか。
それは私が人と関わらなかったせいなのか。
少しずつ、少しずつ。
人と他愛もない話をするのが日常になっていった。
朝、少し家を出るのが遅くなった私の数メートル前に歩いていたのは聡美だった。
背筋を伸ばし、しっかりと前を向いて歩く彼女は、私の知らない新井聡美だった。
中学校の時、話し掛けてくれた彼女に親近感が湧いて話すようになったはずなのに。
私と似ていると思っていた彼女は、もうそこには存在していなかった。
チクリと密かに、自分の胸が痛むのを感じた。
それでも唇を噛み締めて、私は前を向いて彼女の方へ駆け寄った。
少しでも近付きたかった。
未だに人と話すことに緊張を隠せない私は胸をドキドキと鳴らしながら、彼女の肩をそっと叩いた。
「わっ!びっくりした…幸乃か…。」
弾かれたように振り向いた聡美に、私は小さな声でおはようと口にした。
「おはよ。珍しいね。今日は遅いんだ。」
そう言う彼女に頷いて、隣に並んで歩き始めた。
中学校の頃から、朝人に会いたくなかった私は早めに学校に行っていた。だから、遅めに登校する聡美とは会う機会があまりなかったのだ。
「あ、幸乃購買行くならいつもの買っておいてくれない?」
「うん…。あ、あれは…?ショコラオレ。」
「あー…飲みたい。うん。それもよろしく!」
「分かった…。」
こういうやり取りが始まったのは、私が間違えて買った、桃のジュースを渡してからだ。
甘いものが好きという彼女に、購買ではお菓子も売っているよと教えると、聡美は次の日に私にミルクチョコレートを買ってきてほしいと頼んできた。
それと一緒に買っていったショコラオレをとても気に入り、チョコレートを頼まれたときはそれもいるかどうかを聞くようにしている。
このやり取りが日常になってきたのが嬉しくて、密かに笑みが溢れてしまっている自分を、私はいつも隠している。
でも、最近はそれを隠さなくて良いのではないかと思う。
それでも癖になってしまった俯くという癖は簡単には治せなくて、いつものように俯いてしまう。
「じゃ、よろしくね。またあとで。」
「え、あ!うん…。またあとで…。」
気が付けば1組の教室に着いていたようで、聡美は私に背を向けて行ってしまった。
そんな彼女の後ろ姿をぼんやりと見つめていれば、女子生徒2人が彼女に駆け寄ったのが見えた。
「あ…」
楽しそうに話をしている聡美の姿に、収まったはずの胸の痛みがじんわりとよみがえってきた。
彼女は、あんな感じだったのか…。
「っ…。」
すぐに視線を反らして自分の教室へと足を進める。
その間も胸の痛みは収まらなくて、唇を噛み締めながらその痛みと戦った。
教室まで辿り着いて、ピタリと歩みを止める。
教室内を見渡せば生徒達が楽しげに話しているのが目に入った。
その姿と先程の聡美の姿が重なって、咄嗟にまた俯いてしまう。
そこで気が付く。
この胸の痛みの訳が。
「……。」
楽しげな声が耳に入って、耳を塞ぎたくなった。
聡美は友達がいる。
それは当たり前のことで、自分でも分かっていたはずなのに。
「……。」
どこかで期待していたのかもしれない。
聡美も私のように1人を好んでいる。
聡美も人と関わることを拒んでいる。
聡美も、後悔している…。
どこまでも自分とは程遠い彼女からは、1人を好んでいるようにも、ましてや人と関わることを拒んでいるようにも思えなかった。
楽しげな声が耳に突き刺さる。
目の前のクラスメート達のようにも、脳裏に焼き付く聡美のようにも、私はなれない。
込み上げてくる何かを堪えるように、ぎゅっと唇を噛み締めながら足元を見つめていた。
あの頃と同じ時を辿っているはずなのに。
見るもの、感じるもの。全てがあの頃とは違って見えた。
それは私が周りを見ていなかったせいなのか。
それは私が人と関わらなかったせいなのか。
少しずつ、少しずつ。
人と他愛もない話をするのが日常になっていった。
朝、少し家を出るのが遅くなった私の数メートル前に歩いていたのは聡美だった。
背筋を伸ばし、しっかりと前を向いて歩く彼女は、私の知らない新井聡美だった。
中学校の時、話し掛けてくれた彼女に親近感が湧いて話すようになったはずなのに。
私と似ていると思っていた彼女は、もうそこには存在していなかった。
チクリと密かに、自分の胸が痛むのを感じた。
それでも唇を噛み締めて、私は前を向いて彼女の方へ駆け寄った。
少しでも近付きたかった。
未だに人と話すことに緊張を隠せない私は胸をドキドキと鳴らしながら、彼女の肩をそっと叩いた。
「わっ!びっくりした…幸乃か…。」
弾かれたように振り向いた聡美に、私は小さな声でおはようと口にした。
「おはよ。珍しいね。今日は遅いんだ。」
そう言う彼女に頷いて、隣に並んで歩き始めた。
中学校の頃から、朝人に会いたくなかった私は早めに学校に行っていた。だから、遅めに登校する聡美とは会う機会があまりなかったのだ。
「あ、幸乃購買行くならいつもの買っておいてくれない?」
「うん…。あ、あれは…?ショコラオレ。」
「あー…飲みたい。うん。それもよろしく!」
「分かった…。」
こういうやり取りが始まったのは、私が間違えて買った、桃のジュースを渡してからだ。
甘いものが好きという彼女に、購買ではお菓子も売っているよと教えると、聡美は次の日に私にミルクチョコレートを買ってきてほしいと頼んできた。
それと一緒に買っていったショコラオレをとても気に入り、チョコレートを頼まれたときはそれもいるかどうかを聞くようにしている。
このやり取りが日常になってきたのが嬉しくて、密かに笑みが溢れてしまっている自分を、私はいつも隠している。
でも、最近はそれを隠さなくて良いのではないかと思う。
それでも癖になってしまった俯くという癖は簡単には治せなくて、いつものように俯いてしまう。
「じゃ、よろしくね。またあとで。」
「え、あ!うん…。またあとで…。」
気が付けば1組の教室に着いていたようで、聡美は私に背を向けて行ってしまった。
そんな彼女の後ろ姿をぼんやりと見つめていれば、女子生徒2人が彼女に駆け寄ったのが見えた。
「あ…」
楽しそうに話をしている聡美の姿に、収まったはずの胸の痛みがじんわりとよみがえってきた。
彼女は、あんな感じだったのか…。
「っ…。」
すぐに視線を反らして自分の教室へと足を進める。
その間も胸の痛みは収まらなくて、唇を噛み締めながらその痛みと戦った。
教室まで辿り着いて、ピタリと歩みを止める。
教室内を見渡せば生徒達が楽しげに話しているのが目に入った。
その姿と先程の聡美の姿が重なって、咄嗟にまた俯いてしまう。
そこで気が付く。
この胸の痛みの訳が。
「……。」
楽しげな声が耳に入って、耳を塞ぎたくなった。
聡美は友達がいる。
それは当たり前のことで、自分でも分かっていたはずなのに。
「……。」
どこかで期待していたのかもしれない。
聡美も私のように1人を好んでいる。
聡美も人と関わることを拒んでいる。
聡美も、後悔している…。
どこまでも自分とは程遠い彼女からは、1人を好んでいるようにも、ましてや人と関わることを拒んでいるようにも思えなかった。
楽しげな声が耳に突き刺さる。
目の前のクラスメート達のようにも、脳裏に焼き付く聡美のようにも、私はなれない。
込み上げてくる何かを堪えるように、ぎゅっと唇を噛み締めながら足元を見つめていた。