次の日、いつも通りに学校へ行くと、すでに田中くんが自席で本を読んでいるのが目に入った。
少しドキドキしながら自分の席に着くと、それに気が付いた田中くんがこちらに振り返る。

「あ…」

昨日のように目が合って、私はそんな声を漏らしながらすぐにおはようと口にした。

「…おはよ。」

そう言うと、田中くんは引き出しから1冊の本を取り出して立ち上がる。

「これ…。」

差し出されたのは昨日言っていた本だった。
“光”と力強く文字が書かれた背景には、まるで太陽のように眩しい光が描かれている。

「綺麗…。」

思わずこぼれてしまった言葉にはっとなって彼を見れば、田中くんは表情を変えないままそうだなと口にした。

「内容も感動するよ。」

顔を上げれば、田中くんはほんの少しだけ笑みをこぼしていた。
その姿があまりにも意外で、思わず目を見開いて彼を見つめたが、すぐに私も少しぎこちない笑みをこぼしながらありがとうと口にした。

「返すのいつでもいいからさ。」

それだけ言うと、田中くんは私に背を向けて自席へ着いた。

受け取った本の表紙を暫く眺めて、私はそっと本を開いた。


「何読んでるの?」

本の世界に没頭していた私は、長月さんの声でふと我に返る。

「あ、おはよう。」

「おはよう。沢村さんよく本読んでるよね?今は何読んでるの?」

そう聞かれて表紙を見せると、彼女は綺麗!と声を上げた。

「絵がすごく綺麗だね。」

「うん…。あ、田中くんに借りたんだけど、すごく面白い。」

「そうなんだ!私本は読まないんだよね…。漢字が苦手で…。ずっと絵を見てきたからかな…。」

少し困ったように笑う彼女に、そうなんだと言葉を返す。
そこでまた彼女の目の下の隈が気になってしまって、思わずじっと見つめてしまっていれば、それに気がついた彼女がどうしたの?と口にした。

「え、あ…なんか、隈出来てたから…。寝れてないのかな…って…。」

「え!あ!…そうなんだよね…。絵の課題が全然浮かばなくて…。なんか無意識に考えちゃって眠れなくてさ…。」

私から視線を反らした彼女は少し気まずそうにそう言った。

確か課題は“自然”だったと思い出す。

「普通に自然の絵を描けばいいんだろうけど…、なんか納得いかなくて…。ただ見たものを描くだけだと面白くないなって。良い案ないかなって考えちゃうんだよね。」

あははと乾いた笑い声を長月さんは漏らした。

「なんか、自然がテーマとかの本あったりしないかな?」

「自然がテーマ…。」

そんな小説あっただろうかと暫く考えていると、そういえばと鞄を漁る。
その中から今日読もうと思っていた本を1冊取り出して彼女に差し出した。

「えん…ぶ…?」

「うん、炎舞。炎を身に纏いながら舞を踊るんだけど、それで除霊を行っていく話かな…。」

もう何年も前に読んだ本の内容を思い出してざっくりと説明すれば、彼女は興味深そうに本を眺めていた。

「…良いかも。」

「え?」

「すっごくいい!ねぇ、これの水とか、雷とかで変えて絵描いてみても良いかな?あ、でもパクリみたいになるのかな…。」

先程まで目を輝かせていた彼女は、急に眉を寄せて顔を歪ませた。
そんな長月さんを横目に、私は本に視線を向けてページを捲る。

「パクリには…ならないんじゃないかな…?この本、挿し絵があるわけでもないし、映像化もされてないから…。あ、ここのページ…文章だけど炎舞を使うシーンだから読んでみるといいかも…。あと、自然がテーマなら…全部を混ぜちゃえば…?」

「全部…?」

「うん…。炎もそうだし、水、雷、風…あと草花とか…?全部の自然を盛り込む…感じで…。」

言いながらチラッと長月さんの方を見れば、彼女は時が止まったかのように固まっていた。
何かまずいことを言ってしまったかと少しずつ不安が押し寄せてきたところで、魔法が解けたかのように急に彼女が、良い!と叫んだ。
幸い彼女の叫び声もそこまででもなく、周りもガヤガヤうるさかったので響くことはなかった。

「それすごく良い!あ、この本って借りても良い?参考にしたいんだけど…。」

チラッとこちらを伺うような彼女に、私は頷いて本を差し出した。

「ありがとう!絵、頑張ってみる!」

楽しそうに笑う彼女に私も自然と笑みがこぼれて、応援してるねと小さな声で呟いた。

それと同時に鳴り響いたチャイムがHRの始まりを示していた。じゃあと言って前を向いた長月さんに小さく頷いて窓の外を眺めていれば、隣から私を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
私を呼んだのは西川くんで、彼は優しい笑みを浮かべてこちらを見つめていた。そんな彼の姿に密かに胸が高鳴るのを感じていれば、西川くんはおはようと口にした。

「あ…おはよう…。」

まだざわついている教室内で呟いた私の声は彼に届いたようで、西川くんは小さく頷くと前を向いてしまった。
同時に入ってきた先生の声に、我に返った私もまた前を向いた。