「待って。ちょっと頭が追いつかない」
「あ、そっか。驚くよね。俺、実はメイクを人に施すのが好きなんだ」
「……はい?」
「でも仕事にするのは反対されて。だから趣味でこっそりと活動してるんだけど。あ、会社の人たちには内緒ね」
趣味でこっそりと活動にも驚いたし、理解が追いつかない。
饒舌に話しながら御上千香が鞄から取り出したのは、黒いポーチだった。
「本当は今日予約が入ってたんだけど残業で無理になっちゃってさ」
「は、はあ」
「だから誰かにメイクをしたくてうずうずしてて」
この人のこんなにも感情が昂っている姿を初めて見た。コスメの商品の飲み込みが早かったのは、元々メイクに興味があったからなのかもしれない。
「加藤さん」
「……はい」
「やらせて?」
私は呆然としながら頷くことしかできなかった。
了承を得た御上千香は意気揚々とポーチを開いて、準備をし始める。
そこからは目を見張るほどの速さだった。
ご丁寧にメイク落としまで持っていて、私がしていた楽ちんシンプルメイクは落とされて、御上千香の手が顔に触れていく。
妙に緊張してしまう。
男の人の、御上千香の手が、温度が、伝わってくる。
目の前の彼は、ダサくなんてない。メイクが好きなのだと情熱を宿した瞳は綺麗だった。